第81話 S級ハンター、魔剣を取り出す
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ラクエルさんの悲鳴が響く中、神獣は崩れるように倒れた。
指輪が壊れたことによって、一時的に【使役】の効果が切れたんだ。
すると、神獣のお尻の方から水のようなものが流れ出ている。
僕が驚いていると、シェリルが呟いた。
「破水だ……」
「破水って?」
子どもの僕でもそれぐらいのことは知っている。
赤ちゃんが生まれる兆候だ。
「どうしよう、シェリル!?」
「まずいなあ。あんな状態でまともに出産できるのかよ。そもそも神獣のお産なんて立ち合ったことな…………い……」
同時にシェリルも崩れ落ちた。
忘れていたけど大怪我をしてるんだった。
加えてさっき『魔法』を使った時のいきみで、傷口がさらに開いたんだ。
「シェリル……」
「くそ! 目がかすんできた。さすがのシェリルさんでもやばいかね……」
ど、どうしよう……。
神獣も心配だけど、シェリルのことも心配だよ。
「落ち着け、お前たち」
慌てふためく中で、怒鳴ったのはガンゲルだった。
僕が右往左往してる中で、ガンゲル1人だけが落ち着きを払っている。
こほんと咳払いまでしてみせた。
「神獣のことは任せろ。これでも我が家では犬を2匹も飼っている。お産にも何度か立ち合ったことがあるぞ」
「…………」
この落ち着きと自信はどこから来るんだろう。
思わず絶句してしまった。
神獣と家犬を一緒にするなんて……。
前から思ってたけど、この人が運営するハンターギルドって本当に大丈夫なんだろうか。
「じゃあ、ガンゲル。お前に任せた」
「い、いいの? シェリル??」
「良いも悪いも……。今はそいつしかいないだろう」
シェリルはコートの中から吸血リーフを取り出す。
緊急の止血用に使う魔草だ。血を吸い込むと、そのままかさぶたのように凝固する特性がある。
けれど、血は止められても、さすがに出血が多すぎたらしい。
シェリルの顔は真っ青だ。
仕方ない。ここがガンゲルさんにかけるしか。
「まずは産箱の設置だな」
「産箱?」
「犬というのは本能的に外敵から見つかりにくい遮蔽された空間を求めるものなのだ」
だから、犬じゃなくて、神獣だってば。
この人、落ち着いているように見えて、実はテンパってるんじゃないか。
とはいえ、僕にも手立てはない。
熱いお湯を用意するとか。
いや、それは人間のやり方だ。
神獣のお産なんて、きっと誰にもわからない。
僕には母子ともに健康体で生まれてくることを祈ることだけだ。
まごまごしていると、神獣の方に変化が現れた。
激しく息を繰り返しながら、何度もいきみを繰り返す。
「なあ、なんだか寒くないか?」
今は中秋を過ぎた辺りだ。
確かに夜は冷えるけど、それでも寒い。
気が付けば、二の腕に鳥肌が立っていた。
「アイスドウルフだ。……おそらく出産時に極端に体温が低くなるんだろう」
「おお。確かに犬の出産の時もそうだ」
シェリルの推理に、ガンゲルが頷く。
さらに気温が下がっていく。辺りが霜に覆われ、薄く霧のようなものまで立ちこめ始めた。
「あっ……」
思わず声を上げてしまった。
神獣の周りが凍り始める。それは次第に大きく積み上がるようにして、神獣を包んでいく。
やがて全身を覆ってしまった。
「これが……」
「ああ。アイスドウルフの産箱という訳か」
出産の兆候が本格的になってきた。
僕はシェリルの回復を手伝い、ガンゲルさんは蹲っているラクエルさんに縄を掛けていた。
でも、なかなか赤ちゃんが生まれない。
エルフの村に住んでいた時、羊のお産を見たことがあったけど、こんなに時間がかかるものだっけ?
神獣は何度もいきっているけど、赤ん坊と思われる姿はなかなか現さない。
むしろ神獣の体力がどんどん減っているように見える。
「まずいな。もしかして難産かもしれんぞ」
ガンゲルは興味深く見守る。
その意見にシェリルも同意した。
「身体がまだ未熟だからだ。うまく子宮が収縮できないのかもしれない」
「そうなると、どうなるの?」
「切るしかないな」
「切るって……」
僕が言う前に、シェリルは再び立ち上がった。
止血はできているけど、顔色は悪いままだ。単純に血が足りていないのだろう。
「でも、シェリル……。神獣は氷の向こうだよ」
「それも切るさ。問題ない」
それも切るって。
あんな分厚く硬そうな氷を切るって相当大変なことじゃ。
それもただの氷じゃない。神の獣アイスドウルフが自分の身を守るために張った結界だ。簡単に切れるとは思えない。
がらり……。
音が鳴ると、シェリルのコートの下から一振りの剣が現れる。
片刃の直剣で、美しいエメラルド色をしていた。
「シェリル、お前……それを持ってきたのか?」
ガンゲルは何か知っているらしい。
シェリルが剣を握るのを見て、驚いていた。
「相手は神獣だからな。……とはいえ、あたしも使うとは思ってもみなかった」
僕はシェリルが剣も使えることを知らなかった。
そもそも持っていることすら知らなかったんだ。
しかし、剣を構えたシェリルの姿は堂に入っている。
もう何十年と剣を振り続けている達人のような趣があって、かつ綺麗だった。
そもそもあの剣は見るからに魔剣だ。
魔剣を使えるのは、『戦技使い』だけだと僕は聞いている。
『魔法使い』のシェリルが、その力を解放することなんて不可能なはずだ。
ゆっくりとシェリルは神獣に向かって行く。
「小僧、よく見ておけよ」
ガンゲルが呟いた。
「お前の保護者は、あの魔剣で当時誰も討伐できなかった魔竜王ブリガルドを叩き切ったんだ」
やっぱりあれは魔剣だったのか。
「でも、シェリルは魔剣が使えないんじゃ?」
「なんだ、知らんのか? あの女は『魔法』と『戦技』、どっちも使えるんだ。故についた渾名が『魔剣使い』」
「魔剣…………使い………………」
剣と魔法の世界『オールドブル』。
『戦技』か『魔法』か。
生物はその2つに大別される。
その中でも、稀に人間や人間以外の生物の中にも、2つの性質を持って生まれる者がいると聞く。
まさかシェリルがその1人だなんて。
そのシェリルは大きな氷塊の前に立った。
剣を掲げる。
「行くぞ――――」
『疾風怒濤』……。
書籍版が無事発売されました。
ここまで来れたのは、読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
実は書籍版と今回の話が、一部リンクするように作っております。
今から買って読もうと思っている方は、その部分も合わせて楽しんでいただければ幸いです。
1点注意点です。
過去に「書店に行ったら、もうありませんでした。すごく売れてるんですね。続刊楽しみにしています」という旨のDMをいただいたんですが、それは売れているのではなく、
書店様から注文をいただけなかった、本当に少部数だったという可能性が大いにあります。
その場合、お手数ですが書店員さんに必ずご確認下さい。
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下記の数字をメモして書店員さんに見せると、すぐに対応いただけると思います。
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ISBN-13 : 978-4891997144