第67話 元S級ハンター、問いただす
「そこまでだ!」
男の声がアジトに響き渡ると、鬨の声が周囲から聞こえた。
カルネリア王国が示す想像上の魔物が描かれた旗が上がる。
その旗が意味に気付いた信者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
だが、すでに遅い。
アジトはカルネリア王国軍に囲まれていた。
『遅いぞ、ヴァナレン』
伝声石からゼレットの声が響いてくる。
リルの頭を軽く撫でると、カルネリア王国騎士団団長にして、王子のヴァナレンは、パメラが持っていた伝声石に囁く。
「そいつは悪かった。……けど、クレームなら君が案内役に寄越した姉弟子に言ってくれ。姉弟子が悉くトラップに引っかかるものだから、思いの外時間がかかってしまった。まあ、姉弟子が引っかかってくれたおかげで、オレたちは無事にここまでやってくることができたんだけどね」
『……なるほどな』
「目に浮かぶようだろ。弟弟子の前で張り切って、トラップに突っ込んでいく姿が……」
『………………ああ』
「ひどい……」
横で聞いていたパメラが、顔を引きつらせる。
『その姉弟子は?』
「最後のトラップに引っかかって、目を回しているよ。助けるのも面倒なんで、放置してきた」
『ナイス判断だ』
「それにしても、これは一体……」
ヴァナレンは美しい金髪を掻き上げると、目の前の物を見て眉間に深く皺を刻んだ。
「ひゃあああああああああ!!」
「やめろ! くるな! くるな!!」
「お願いだ! 食べないで!!」
「ぎゃあああああああ!!」
悲鳴を上げながら、のたうち回っている。
その周りを魔導具によって呼び寄せられたケリュネアが囲っているという形だ。その中には大主教も含まれていた。
顔面に脂汗を浮かび、口から泡を吹いている。
頻りに右手をさすり、「腕が! 腕がぁ!!」と悲鳴を上げている者もいた。
前衛芸術のようなシュールさな光景に、ヴァナレンは肩を竦める。
『ベイト草の葉を粉状にしたものを弾丸に詰めて発射した。恐怖心を増幅させる効果がある』
「なんだって、そんなものを持ってるんだよ」
『接近してきた雑魚の魔物を追い散らすのに便利だ。聖水よりも100倍役に立つ』
「なるほど。さすがは師匠だ」
ヴァナレンは軽く頭を下げた。
「ヴァナレン様、この人たちはどうなりますか?」
パメラはリルから降りて質問する。
「責任者は極刑を免れないだろう。この状況でかばう人間もいないしね」
ヴァナレンの視線を神殿があった方に向ける。
すでに例の地下室は、カルネリア王国騎士団副長アネットによって押さえられていた。
中でケリュネアの解体作業を従事していた男たちが、次々と地下室へと連行されていく。
『ヴァナレン……』
「わかってます。こっちの議会の話でしょ? 予想はしてましたけど、ケリュネアの保護を訴えていた連中がどうやって金をばらまいていたか、これで絡繰りが判明しました。それもこれも、師匠のおかげです」
『わかっているならいい。そいつらにも厳罰を頼むぞ』
「ふふ……」
ヴァナレンは鼻を鳴らす。
『俺が言った言葉のどこに、お前の腹部を刺激するようなところがあったんだ?』
「いやいや。ここは笑うところでしょ、師匠。昔なら問答無用で死刑にしろって怒鳴っていたでしょ?」
『俺を勝手にキラーマシンにするな』
「それに、師匠のそれって魔物を弄んだ人間に対する怒りも混じってるんでしょ? 魔物に同情してるってことだ。昔の師匠なら――――」
『そんなことはない。今も昔も魔物に対する感情は変わらない』
「そうかなあ……。俺は師匠を変えた人間がいるような気がするんだがな」
ヴァナレンはパメラの方を振り返ると、口角を上げた。
パメラは何のことかわからず、頭のアホ毛と一緒に首を傾げる。
ドゥッ!!
ヴァナレンの近くの地面がえぐれた。泥が王子の美しい顔にかかる。
「ちょっ! 師匠! 当たったらどうするんだよ! 国際問題だぞ」
『すまん。つい力が入ってしまって、引き金を引いてしまった』
ゼレットの素っ気ない答えが、伝声石を通じて返ってくる。
ヴァナレンはしばし仕返しの方法を探ったが、ゼレットがどっちの方向にいるのかすら、彼もパメラも知らなかった。
そのパメラが口を開く。
「ところで、ヴァナレン王子。彼女は……」
緑色の瞳が向いた先にいたのは、紫の髪染めが剥がれた淑女だった。
ヘンデローネはまだ40前半の元侯爵夫人だが、パメラにはすでに70を過ぎた老婆にしか見えなかった。
「一先ず、ヴァナハイア女王にお知らせするつもりだ。彼女が北に送られたことは聞いている。流刑地からの脱走は重罪だ。仮にヴァナハイア女王が引き渡しを求めれば、我々は応じる形になるだろう」
「その場合、どうなりますか?」
「極刑よ……。決まってるでしょ」
ぽつりと呟いたのは、ヘンデローネだった。
話を聞いていたらしい。
「女王の温情に背き、そしてあたしはまた罪を犯した。こんな下衆どものもとで這いつくばって生きてきたなんて屈辱だわ。いっそ死んだ方がマシよ」
「後悔してるんですか?」
パメラはヘンデローネに尋ねる。
ついにヘンデローネは顔を上げた。
「当たり前でしょ。あたしは――――」
おーい!
遠くから声が聞こえる。
騎士団の案内でやってきたのは、老人や女子どもばかりのエルフの集団だった。
その顔ぶれを見て、アジトで働いていた男たちは顔を輝かせる。
持っていた鍬や笊を捨てて、一目散に走って行った。
「あれは?」
「あなたが破壊した村の住人よ」
「――――ッ!」
「ケリュネア教の中に、ヴァナレン王子のスパイがいて、あなたが襲撃する前にあらかじめ騎士団が用意していた洞窟に隠れていたのよ」
「……そう」
「あなたもあなたよ、ヘンデローネ夫人。村人の死体が1つもないことに気付かなかったの?」
「あたしが与えた罰じゃないから。あれはケリュネアの怒りよ」
ヘンデローネの顔が険しくなる。
出会った頃の彼女に戻っていた。
元侯爵夫人に待ち受けているのは、死という罪科しかない。
それでも、考えを改めないのはやはりヘンデローネに強い信念があるからなのだろう。
「私、あなたのその――――魔物も命って考え、嫌いじゃないわ」
「何を今さら……。あんたも迷惑だと思ってるんでしょ」
ヘンデローネはギロリと睨むと、パメラは首を振った。
「今回ゼレットのハントに帯同して初めてわかったの。あなたの言いたいこと……。魔物も1つの命なんだって」
「…………」
「あなたがやったことは許されないわ。でも、その信念は受け継いであげてもいい。……だって、誰かが魔物の味方になってあげないと、不公平だと思うし、ケリュネア教みたいに魔物を食い物にしか見えていない人から守ってあげることもできないと思うから」
「小娘……」
そして、ついにヘンデローネの番がやってきた。
騎士に両腕を掴まれ、引っ立てられる。
しばし歩いたところで、ヘンデローネはぴたりと止まった。
「必要ないわ。自分で歩くから」
騎士の手を振り払い、歩き出す。
その背中には、貴族としての誇りが滲み出ていた。
6月15日に書籍が発売されます。
詳細については、またご連絡いたします。
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