第66話 元S級ハンター、誘発する
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「見たか、ヘンデローネ。これがお前が信頼してきたものの姿だ」
俺は耳飾りについた伝声石越しに話しかけるも、答えは返ってこなかった。
予想はしていたが、ヘンデローネのような者にとって、その真実は重くのしかかったことだろう。
なんてことはない。よくある話だ。
密猟者から動物を守る組織の実体が、本当は密猟組織だったなんてことは……。
ケリュネアが狩ることができなくて、1番困るのは何も農業に従事するものだけではない。密猟ができなくなった密猟者だ。
そして往々にして、犯罪とわかって犯罪を犯す者は、如何にうまく犯罪を犯すか考えるものだ。つまり悪知恵が働く。
その結果がこれだ。
おそらくケリュネア教ができたのは、ケリュネアの保護政策が生まれた時だろう。表ではケリュネアへの信奉を訴え、保護し、自分たちで頭数を調整しつつ、闇市場で角と蹄を売りさばいていたのだろう。
「――――とまあ、ここまでが俺の予測だが、あながち間違ってはいまい、大主教殿」
『おのれ!!』
瞬間、俺は銃把を引いた。
大主教が指に嵌めていた指輪の宝石が吹き飛ぶ。粉々に砕け散り、辺りに飛散した。
『がががががががああああああ!!』
大主教の悲鳴が伝声石越しに聞こえた。
遠眼鏡で見ると、手を押さえて蹲っている。きっちり宝石を狙ったが、指の骨か、あるいは指そのものが吹っ飛んでいてもおかしくない衝撃があったはずだ。
「痛いか、大主教。だが、その痛みの何千倍もの苦痛をお前は、この国と、その民、さらに信者にも与えてきた。ヘンデローネのように本気で魔物を保護しようと考えた人間の心まで弄んだのだ」
『――――っざけるな、ハンター風情が正義の使者気取りか!! お前たち! 何をぼうと突っ立っておる。早く狙撃手の居所を探し当てろ! 一体、どれだけ時間がかかっておるのだ? やれ! 奴を殺せ!!』
悪鬼のように大主教は豹変する。
すぐに信者が動き、その周りを囲い、大主教を守護する壁となった。
化けの皮が剥がれても、人望があるらしい。しかし、全員というわけではない。信者の一部には従わない者もいる。ヘンデローネもその1人だ。俯いたまま静かに佇んでいる。
ここに強制的に連れてこられた者たちは、趨勢を眺めていた。
『やれ!! お前たち!! 神の裁きを……』
信者たちの嵌めていた指輪が光る。
ケリュネアを操る魔導具が一斉に起動を始めたのだ。
『ぶははははははは!! 見ろ! これが我らの力だ。国ですら、この力に恐怖し、我々に手を出すことができなかった。見よ、偉大なる神の裁きを!!』
伝声石越しに大主教の高笑いが聞こえてくる。
俺は再び銃把を引いた。
弾丸は軽い衝撃を持って、信者の肉壁を越えて大主教の胸に当たる。
再びスッ転ぶはめになった大主教に、更なる受難が襲う。
当たった弾が炸裂し、現れたのは大量の煙だった。
『ご、ごほ!! ごほ! ごほ!! なんだ、この煙は? むせる! 臭い!!』
奇妙な紫色の煙を吸い込み大主教は涙目になる。周囲で肉壁になっていた信者も巻き込まれ、むせていた。
『この匂い?! もしかして……』
『ワッシュ!!』
パメラの声が聞こえる。側でリルがくしゃみをしていた。
「パメラ、リルから離れるなよ」
『え? うん……』
『ゼレット・ヴィンター、貴様何をした!?』
「先ほど俺は言ったな、大主教。お前は国と民と、そして信者を惑わせた。だが、もっともお前から被害を受けた者がいる」
『な、なにぃ?』
「それは、そいつの仕返しだ」
コツッ……。
伝声石越しに、硬い蹄の音が聞こえる。
1つや2つではない。それも無数にだ。
「来たな」
俺はスコープを少し動かす。
それはすでにアジトの周りを包囲していた。
『ケリュネア!!』
巨大な鹿の魔物がゆっくりとアジトの中心へと迫ってくる。雄は黄金色の角を振り、雌は赤黒い瞳を光らせていた。
誘われるように大主教の下へと集っていく。鼻息を荒くし、口から泡と涎を垂らして、頻りに舌を出していた。
『な、なんだ? 何かおかしくないか?』
「大主教、その煙はな。グバガラの樹の匂いを凝縮し、粉にしたものだ」
『なんだとぉ!!』
「元密猟者なら、グバガラの樹がどんな効力を持っているか知っているな。人間にはわからないが、魔物にとっては魔薬のようなものだ。花の蜜に群がる蜂だよ」
ケリュネアは大主教たちの意に反して近づいてくる。
ふん、と鼻息を荒くすると、大主教や信者たちは、ぶるりと震え、過剰に怯えた。
『き、貴様!!』
「ケリュネアの怨念はさぞ積もっていることだろう。人間にいいように使役され、利用され、最後は解体されて、自分の一部を薄汚い金に換えられた。俺なら間違いなく、呪い殺している」
『ひぃ!!』
大主教の引きつった悲鳴が聞こえる。
『言うことを聞け、ケリュネア!!』
「無駄だ、大主教……。どうやってケリュネアの意志を操っているのかは知らないが、魔物にも人間にも抗いがたい欲望というものがある』
『そ、それは――――』
「食欲だ……。ケリュネアにとって、今のお前達はおいしそうな匂いをさせた――――」
ご飯なんだよ……。
『やめろ!! お、お前! こんなことをして良いと思っているのか。こんなもの私刑だ! 許されるはずが……』
「別に……。ケリュネアを呼び込んだのは、お前だ。そしてケリュネアの恨みを買ったのもお前たちだ」
その怨念にまみれながら、地獄で後悔するんだな……。
ケリュネアが大きく口を開けるのが見えた。
『ひぃ……』
ひぃぃいいいいいいいいいいいいい!!
大主教の声が響き渡るのだった。
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