第65話 元S級ハンター、秘密を暴く
「森よ! 森の中にいるわ! 捜して! 捜すのよ!!」
ヘンデローネが喚き散らす。
パメラを狙った信者が意識を失うのを見て、竦み上がっていた信者たちはまず大主教の方を見た。
大主教は顎を動かすと、信者たちは散開して、ゼレットを追った。
この時、ヘンデローネも、ケリュネア教の信者たちも、ゼレット・ヴィンターが近くにいて、狙っていると考えていた。
だが、アジトから見える範囲に、その姿はない。
当然、熱反応を探知する炎属性の『魔法』を使ったが、隠れている様子はなかった。
各地から聞こえる「いない」という報告に、ヘンデローネはキレる。
「だったら、森の中を探すのよ!! 意地でも見つけ出しなさい!!」
ヘンデローネは怒髪天を衝かんばかりに猛る。その迫力に負けて、信者たちは大主教の命令を待つ前に森の中に入っていった。
側にはケリュネアを引き連れている。
姿を見せれば、けしかける算段だった。
「ぐあああああああああああ!!」
「ひあああああああああああ!!」
「ぐっはあああああああああ!!」
森に信者が踏み入れた瞬間、あちこちから悲鳴が起こる。
ゼレットの狙撃にまたやられたのか、とも思ったが、全く違った。
信者たちは自分たちが仕掛けた罠に引っかかり、吊し上げられ、落とし穴にはまり、腹を空かせた毒蛇に囲まれて動けなくなった。
それもアジトから見えるような距離でだ。
「ちょっと! あんたたち、何をやってるのよ!!」
再びヘンデローネは叫ぶ。
信者たちは森のトラップについて、当然熟知している。自分たちが仕掛けたというのもあるが、捕まれば自分の命が危ういからだ。
故に、信者たちは安全な道を覚えているはず。1人ぐらいならまだしも、全員が引っかかるなんてあり得ないことだった。
「おかしいです……」
「え?」
ヘンデローネの側にいた信者が呟く。
「森の様子がおかしい……」
「どういうことよ」
「説明できませんが、いつも見る森とは違うんです。その……あり得ないことですが、茂みの位置が少し変わっていたり、木が動いているような……」
「なに馬鹿なことを言ってるのよ! 酔ってるの、あんた!!」
ヘンデローネは叱責する。
『くくく……』
低い笑い声が、パメラの持つ伝声石から聞こえてきた。
勿論、ゼレットの声である。
『森に入る事はオススメしないぞ』
「あんた、まさか罠を……」
『罠の位置を変えたとでも言いたいのか? そんな面倒なことをしなくても、お前たちを罠にかけることはできる。キュール、頼む』
『きゅっきゅるるる……』
伝声石の向こうから可愛い声が聞こえたかと思えば、急に周囲の森がざわめき始める。
ただの梢が鳴る音ではあるが、どこか異様だ。
まるで見えない生物が、大きく声を上げているような圧迫感があった。
「あんた、まさか……」
『精霊たちに手伝ってもらい、森の木や茂みの位置を変えてもらった。もはやその森は、お前らが知るセレネールの森ではない』
「せ、精霊ですって!! あんた、精霊を操ることができるの?」
「『精霊使い』は私です」
リルに乗ったパメラは宣言する。
「あ、あんたが……」
ヘンデローネは絶句するのみだった。
そして彼女の絶望は続く。
『もう1つ、お前とケリュネア教の信者に告げる。俺が森の中にいると思ったら大間違いだ』
「な、なんですって! 森の中にいない!!」
『俺がいるのは、セレネールの森の外周だ。そこからお前たちを狙っている』
「あははははは!」
ヘンデローネは笑い始める。
「嘘を衝くなら、もう少しマシな嘘を言うのね。ジョークにしても笑えないわ。あははは――――」
突如、ヘンデローネの側の地面が捲れ上がる。
土がヘンデローネの薄紫色の頭にかかると、遅れて砲声が聞こえてきた。
着弾後の砲声――――。
ヘンデローネは元侯爵夫人である。
社交界で生きるには、ある程度の教養も求められるのは当然のことだ。
ダンスパーティーとなれば、武勲を上げ要職に就く将軍クラスがやってくることもあるから、話を合わせるために戦争や兵器の知識も頭の中に入れている。
故にヘンデローネはすぐにわかった。
着弾後に遅れてくる砲声の意味を――――。
これは加速させた魔法弾によくある現象だ。
つまり弾速が、音速を超えたのである。
そしてこの現象は距離が遠ければ遠いほど顕著に起こることも、ヘンデローネは知っていた。
着弾から砲声の音まで、かなりの時差があった。
それはつまり、ゼレットが非常に遠くから狙撃していることに他ならない。
ようやくヘンデローネは理解した。
ゼレット・ヴィンターが、魔物よりも遥かに恐ろしい化け物であることを……。
「ど、どうやって……。この森には、数千本以上の木が立っているのよ。その間を全部抜くなんて」
『出来るさ。俺たちには森の精霊の加護があるからな』
「あ……」
ヘンデローネは気付く。
そう。ゼレットはキュールを使って、森を動かしたのは、単純に信者たちを罠に嵌めるためではない。
狙撃のための道を作るためだった。
『そろそろ理解してくれた頃だろう。俺を殺すためには、森の外にまで出てこなければならない。だが、森自体の形が変わった状態で、ここまで来るのに、俺は何度もお前らの身体に風穴を開けることができる』
「ひぃ!!」
ヘンデローネは土を掻いて、逃げようとする。
だが、後ろを振り向いた瞬間、再び側で魔法弾が着弾した。
ほんのちょっと横にずらしただけで、おそらく小指が吹っ飛んでいただろう。
ヘンデローネは竦み上がる。彫刻のように動かなくなってしまった。
『残念ながら逃がすつもりはない、ヘンデローネ。さっきも言ったろ? お前の覚悟を見せろと。どうだ、命を狙われる立場になった気分は??』
「ふ、ふ、ふざけないでよ! あんた! 人の命を弄んでそんなに楽しいの?」
『その言葉、そっくりそのままお前に返そう。……人を恐怖によって支配し、逆らう者は容赦なく殺す。わかるか、ヘンデローネ? これがお前がやっていることだ』
「違う! あの村の者たちは、尊い命を殺したのよ。あたしはその罰を与えただけ!」
『誰にだって間違いはある。お前とて、そうだったはずだ。間違った行いをしたからこそ、侯爵の地位を剥奪された。……それでも生きている。だが、お前は許されたのに、お前は人を許さなかった。罪のない人間も全員根こそぎ殺してしまった』
「あなた、何が言いたいのよ! あたしに何をさせたいの? 詫びろ? ふざけないで! 誰が頭を下げるか。あたしはデリサ・ボニス・ヘンデローネ侯爵夫人よ! あたしはね。ただ魔物の命が尊いことを示したかっただけ! 知ってほしかっただけ!! なのに! 何故――――――」
ヘンデローネは蹲る。そこに涙が落ちてきた。ゼレットのスコープ越しに、常に命を狙われているというのに、ヘンデローネは決して変節しない。
自分の信念を貫き通す。
常人から見れば、歪んでいると言わざるえないが、その覚悟は見事というしかなかった。
『ふう……』
伝声石から聞こえてきたのは、長い溜息だった。
『お前の覚悟を見せてもらった。では、何故お前はケリュネア教の中にいるのだ?』
「決まってるわ! ここの人たちはケリュネアを『神の使い』と崇めているの。魔物を命として捉えて、保護してるからよ。あたしはそれに賛同して……」
『そうか。ならば、これを見てそれが言えるのか?』
「え?」
ヘンデローネの目に映ったのは、空に打ち上がった1発の砲弾だった。
それは森の外から撃ち出され、ゆっくりと孤を描きつつアジトの方へと向かっていく。
「こっちに来るぞ」
「逃げろ!」
「大主教様、こちらへ」
「むぅう……」
たちまち悲鳴が上がり、信者やアジトの中の農園で働いていた男たちは、一旦森とアジトの境へと逃げる。
一方ヘンデローネは呆然と放物線を描きながら、飛来する砲弾の行方を目で追いかけていた。
ドォン!
腹にまで響く炸裂音がヘンデローネの後方から聞こえた。
着弾したのは、アジトの中にある木の神殿だ。
建物は完全に吹き飛び、大きな丸太が森の外まで吹っ飛んでいた。
ほぼ原形は留めておらず、屋内が剥き出しになり、あちこちで火が燻っていた。
「あれは?」
最初に異変に気付いたのは、パメラだった。
リルと共に爆心地に近づいていく。
そこに大きな穴が開いていることに気付いた。
「神殿に地下? あたしは何も聞いてないわよ」
自分の知らない秘密の地下室を見つけて、ヘンデローネは息を飲む。
中を覗き込んだ時、ヘンデローネの顔はさらに青くなった
そこには村から連れてきた数人の男たちと、同じくローブを着た信者たちが集まって、突然の爆発に怯えている。
そして地下の真ん中にある石の寝台に寝かされたものを見て、ヘンデローネは短く悲鳴を上げて、仰け反った。
「ケリュネア……!」
地下にあったのは、ケリュネアの死体だ。
それも雄。ただし黄金の角と、青銅の蹄はそれぞれはぎ取られていた。
1個や2個だけではない。
部屋の隅っこには、無数のケリュネアの角と蹄、さらに死体が放置されていた。
『見たか、ヘンデローネ。これが、お前が同志として信じていたケリュネア教の真の姿だ。哀れだな。お前が信じた人間たちが、もっとも多くのケリュネアを食い物にしていたのだから』
「あ、あ、あ……ああ、あああああ……」
あああああああああああああああ!!
それは悲鳴なのか、それとも苦悶の声なのかわからない。
だが、誰が見てもその瞬間ヘンデローネが壊れたと思った。
大地を叩き、涙を流し、子どものように暴れ回り、そしてヘンデローネは魔力が切れた魔導具のように止まった。
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