第5話 元S級ハンター、遠慮なし
初日で1000pt近く取ることができました。
面白いと思って評価を付けてくれた方、「ゼロスキル」から延野の飯テロ作品を楽しみにされていた方、
本当にありがとうございます!
感謝を込めて、今日もう1作!
一瞬ポカンとしてしまった。
さぞかし俺の顔は、パメラからすれば間抜けに見えただろう。
俺が料理ギルド?
ハンターから料理人に転職しろってことか?
自慢ではないが、生まれてこの方、まともに料理などしたことがない。
解体は師匠に教えてもらったが、あまり得意じゃないし、「焼く」「煮る」以外のことはしてこなかった。
パメラも、それは重々承知しているはずである。
そう言えば、パメラも料理ギルドに所属しているんだったな。
一体、何を考えているんだ?
「料理ギルドって言っても、ただ単に料理人が集まっているところじゃないのよ」
パメラが言うには、料理ギルドには大きく分けて4種類の人間がいるらしい。
1つ目は料理人だ。
大衆食堂の料理人から、貴族のみを相手するような高級料理店のシェフまで、料理ギルドに属している。ギルドには仕事以外にも、食材などの情報も入るからだ。
宿屋の主人であるパメラが、料理ギルドに登録しているのもそのためだ。
2つ目は食材提供者だ。
これは農家、畜産農家、漁師、猟師など、食材を提供してくれる人間たちを総合した呼称らしい。
実は農家には農業ギルド、漁師には漁師ギルドがあるが、たいていの人間が料理ギルドと兼務している。
3つ目の仲買人は、食材の価値を決める人間だ。
料理人がいる店舗と食材提供者の間に入って、食材の価値を決める。
中には直接取り引きする料理人もいるそうだが、その場で価値が決まる故に、何よりも信頼が求められる職業である。
4つ目は味見役。
ほとんどお目にかからない特殊な人間だ。
今まで食べたことがない食材に毒がないか確認する。
初めて食べる食材に対する勇気と、鉄の胃袋が必須の職業だ。
以上が、料理ギルドの構成である。
そしてパメラが俺に薦めるのは――――。
「勿論、食材提供者よ」
パメラはエルフ特有の緑眼を閃かせた。
「ゼレットは知らないと思うけど、今料理界には革命が起きているわ」
「革命?」
「魔物食よ」
「魔物を食材にするのか?」
俺は先ほど食べたスカイサーモンを思い出し、皿の上にかすかにこびり付く脂の痕を見つめた。
「そう。最近になって魔物を食材とする見直しが始まっているの。それで最近、魔物を食材として提供してくれる人を、料理ギルドが募集してるのよ。ゼレットに、ぴったりと思わない?」
「ふーん……。気が乗らんな」
俺は背もたれに寄りかかり、墨色がかった天井を仰ぐ。
百歩譲って、大手を振って魔物を討伐できるのはいい。
しかし、これまで害獣として排除してきた魔物を、今度は食材として提供することに、どうも納得できない。
そもそも魔物を討伐することを生き甲斐にするなら、ハンターギルドに残っていても問題なかったわけだしな。
そもそも俺は――――。
「場合によっては、Sランクの魔物を討伐できるかもしれないわよ」
「何??」
俺は思わず椅子を蹴って立ち上がった。
獲物がかかった、とばかりにパメラの口角が釣り上がる。
「料理ギルドにも、ハンターギルドと同様にパトロン――つまり貴族が後ろ盾になっているわ。それも、あんたが嫌いな魔物保護団体の息がかかっていない貴族がね」
「待て。Sランクの魔物を討伐してはいけないんじゃ」
「それって、ハンターギルドが決めたことでしょ。魔物保護法案が王国議会で通らない限り、ハンターギルド以外のギルドなら討伐しても、問題ないはずよ」
静寂が流れる。
ぴくりとリルが耳を逆立て、こちらを向いた。
バカ弟子は相変わらずバカ弟子で、どこからか迷い込んだ蝶と戯れている。
そして俺はパメラの手を握っていた。
強くだ。
「ちょっと! ゼレット、痛い!」
「やる!」
「え?」
料理ギルドを紹介してくれ。
◆◇◆◇◆
善は急げという。
俺たちはその日の内に、料理ギルドに行くことにした。皿にお玉と包丁がクロスした木の看板を目指す。
そこが料理ギルドだ。
「実は、すでにギルドマスターには話を通してるの。後は手続きだけよ」
「お前、最初から俺を料理ギルドに引き込むつもりだったな」
スカイサーモンは、そのきっかけに使われたわけだ。
「別に最初からじゃないわ。あんたを護衛ギルドに紹介した後に、ギルドマスターにゼレットの話をしたら、『護衛ギルドに落ちたら、うちにいらっしゃい』って言われてただけよ」
パメラは猫のように笑う。
頭からピンと伸びたアホ毛は、らんらんと横に振れていた。
「仕事が見つかって、良かったね! 師匠!!」
プリムはナチュラルに俺に引っ付いてくる。
張りのある胸が当たるが、顔色1つ変えない。
残念ながら、慎みという感情は、バカ弟子の頭からとっくの昔に抜け落ちていた。
「ああ。これでまた仕事が……」
「いっぱいご飯が食べられるね」
そっちか。
俺は涎を垂らしたプリムの眉間に、デコピンをお見舞いする。
なにげに横を歩くリルも、舌で牙を舐めていた。
食いしん坊どもめ。
弟子も飼い狼も、師匠と飼い主に似るものではないのか?
「それよりもゼレット……。もっとましな恰好はなかったの? 見てるこっちの方が暑苦しいんだけど」
パメラは俺の服装をチェックし、不平を漏らす。
見てると暑いなら、俺の方を見なければいい。
俺も幼馴染みの熱烈な視線など望んでいない。
ちなみに俺は身体をスッポリと覆うような黒のローブを身に纏っていた。
特殊な素材で出来ていて、何より軽い。
襟をピンと立つところが渋く、気に入っている。
「これはお洒落だ」
パメラは眉間に皺を寄せるが、女にはこの渋さがわからんらしい。
あと、指ぬきグローブとかな。
俺たちは料理ギルドの看板を発見する。
側の工事現場でせっせと男たちが、土を掻きだしているのを見ながら、ギルドの扉を押した。
中は、ハンターギルドとそう変わらない。
受付があって、待合室があって、その後ろでは職員が働いている。奥にある金庫の位置も一緒だ。おそらくあそこに預かっている依頼料が保管されているのだろう。
味気のない待合室の椅子に座った人間は、内装とは違って、なかなかバラエティ豊かだ。やはりハンターギルドとは客層が違う。
特に気になるのは匂いだ。
魚の匂いをさせた漁師がいる隣には、お菓子の匂いをさせた料理人が汗を拭いている。
取れたてと思われる果物の箱を並べた農家のおばちゃんたちが、大声で談笑していた。
そして、異質な空気な男が1人。
そいつからは血の匂いがする。おそらく魔獣の匂いだ。
体格からして、元ハンターだろう。ひどくイライラした様子で、頻りに靴底で床を叩いていた。
「やな感じ……。ああいう風に、貧乏揺すりする人を見ると、こっちまでイライラしちゃうのよね」
パメラは待合室にいる元ハンターの方を見て、眉間に皺を寄せた。
「パメラにはあれが、貧乏揺すりに見えるのか?」
「え?」
「なんでもない。しかし、随分と賑やかだな」
「そう? 料理ギルドっていつもこんなものよ。でも、今日はちょっと人が多いかしら。それに最近、料理ギルドが魔物討伐のできる人間を募集してるって聞いて、料理ギルドに鞍替えしようっていうハンターが多いからじゃない?」
なるほど。気持ちはわかる。どうやら、ライバルは意外と多そうだ。
しばらく待っていると、受付に呼ばれた。
「オリヴィアさん、こんにちは」
パメラは気さくに受付嬢に手を振った。
「おや、パメラさんじゃないですか。ん? もしかして、後ろにいるのは、彼氏さんですか?」
名札にオリヴィアという名前が刻まれた受付嬢は、ニヤリと笑った。
「ち、ちがいます~。こ、この前話したじゃないですか。私の幼馴染みの~」
「そんなに顔を赤くしないで下さいよ、パメラさん。少しからかってみただけですから」
「オリヴィアさ~~ん!」
パメラは耳まで赤くしながら、その場で地団駄を踏んだ。
一方オリヴィアは、透き通った水色の瞳を俺に向ける。
珍しい青い髪。
夏の砂浜を思わせるような白い肌。
手足は細くと説明すれば、絶世の美人を想起するかもしれないが、現実とはかくも残酷だ。
何故なら、目の前の少女は椅子の上に立たないと、カウンターから顔も出せないほど、背丈が低かったからである
「なんだ? このちっこいのは? 料理ギルドは小人族を受付嬢にするのか? どう考えても、適材適所とは思えないんだが……。羞恥プレイにしては、マニアックだし、あんたも転職した方がいい」
「ち、ちーがーいーまーす! オリヴィアは小人族じゃありません。歴とした人族です。祖母が人魚族なので、ちょっと人魚族の血が混じってますけど」
「ああ……。なるほど。小人族の呪いがかかった人間か」
「なんで頑なに小人族にするんですか! いや、わたしも時々なんかの呪いかなって思ったりして、落ち込んだりしますけど! 今は立派な自分のアイデンティティだと思ってるんですから!!」
オリヴィアは喝破する。
なかなか頑固だ。折角、小人族の呪いが解ける方法があるというのに。
まさかその運命を受け入れるとは、なかなか心が強い娘だ。
「もう……。パメラさんの彼氏さんは、ちょっと変わってますね。なんか凄い分厚いローブ着てるし。今、初夏ですけど、結構暑いですよ、今日」
「ごめんなさい。前者はともかくとして、後者に関しては否定できないわ」
幼馴染みとして、そこはどっちも否定するところだろう。
やれやれ……、このお洒落がわからないとは。これでギルドの受付嬢とは、聞いて呆れるな。
「ゼレット・ヴィンターさん、お話は伺っていますよ。改めましてこんにちは。オリヴィア・ポックランと申します。料理ギルドの受付嬢をしております」
オリヴィアは頭を下げた。
「ゼレットだ。料理ギルドに登録しにきた。よろしく頼む」
「では、早速ですが、試験を受けていただきますね」
そう言うとオリヴィアは、カウンターの上に大きな木の実を載せた。
おそらくグバガラの種実だ。
魔樹の一種で、成熟すると城の尖塔よりも高くなるまで成熟する。他にも魔物をおびき寄せる匂いを発して虜にし、餓死させるまで魔物の魔力を吸い上げるなど、恐ろしい特徴を持っている。
人間ではその匂いを判別できないが、グバガラの周りには強力な魔物が出現するため、ハンターギルドの教則によれば、獲物がいる以外迂回推奨と書かれている。
「試験? ギルマスには話を通してあったんじゃないのか?」
俺はパメラの方を向く。
「そのはずなんだけど……」
パメラも困った様子で、再びオリヴィアの方を向いた。
こほん、とオリヴィアは少し胸を張りつつ、咳払いをする。
「パメラさんを疑っているわけじゃありません。ですが、力量を確認せず登録するのは、管理者として無責任な行為になりますので。真贋を誤って依頼を出せば、ギルドの責任問題にもなりますし。紹介してもらったパメラさんを、悲しませるわけにもいきませんので」
「そんなことをしている場合じゃないと思うがな」
俺はため息を吐く。
「あれれ? もしかして自信がないんですか?」
オリヴィアは少し挑発的に鼻を鳴らす。
先ほど、身長をいじった件についての意趣返しのつもりか。どうやら受付嬢は背丈だけではなく、心も小さいようだ。
「いいだろう。で、試験とこのグバガラの種が、どう関係するんだ?」
「簡単です。この種に魔力を通して、芽を出させて下さい」
「芽?」
「ご存じと思いますが、グバガラは魔力を吸って大きくなります。その性質を利用して、この実から芽を出させて下さい。ただしある一定以上の魔力がなければ、芽は出ません。これが料理ギルドの試験です」
「ええ……。グバガラの実に魔力を注ぎ込むって。それって、めちゃくちゃ大変なんじゃないの?」
パメラは頭を抱える。
「ある文献によれば、小型の魔物でも100匹以上、大型でも20匹ほどの魔力が必要とされているそうです」
「それって結構ハードル高くない?」
パメラは甲高い声を上げる。
一方、オリヴィアは少し困ったような顔をした。
「実は、採用希望者が増えてしまって。これぐらいハードルを上げないと、他とのバランスが取れないんですよ」
なるほど。食材提供者が増えても、肝心の料理人や仲買人がいなければ食材は捌けないし、市場の需要に関わる。
そのための狭き門というわけだ。
「なるほど。理解した」
「やるの、ゼレット」
「料理ギルドの試験だから、料理でも振る舞えとでも言われるかと思ったが、これなら問題はないだろう。ところで、オリヴィア」
「ちびっこ言わないでください! わたしの名前はオリヴィアですぅ!!」
「試験はこの場でやるのか?」
「この場でなければ、どこでやるんですか?」
「そうか。いや、何……。この実が成熟したら、ギルドの屋根に穴が開くなと思ってな」
俺は天井を見上げる。
オリヴィアもまた天井を仰ぎ、ピクピクと口端を引きつらせた。
「そんなことを言って、外に持ち出そうとしてもダメです。これ、結構高価なんですから。大丈夫です。そんなことになったら、わたしが私費を以てギルドの天井を直しますから安心して下さい」
「そうか。わかった」
俺はグバガラの実に手を置く。
そして一気に全身の魔力を増大させた。
別に芽を出す程度でもいいのだが、ちびっこに舐められているような気もする。
所詮S級ハンターというのは、ハンターギルドが定めたクラス。
ギルドが変われば、扱いも変わるのは必然か。
ならば、早くSランクの魔物を狩るためにも、ここは俺の実力を見せておく必要がある。
とはいえ、片鱗程度だがな。
ギルドに俺の魔力が満ちていくと、真っ白になった。
白く染め上げられた室内で、俺の漆黒の髪が靡き、黒の瞳が塗りつぶされることなく、はっきりとグバガラの実を捉える。
「ちょ、ちょ! どういうことですか!!」
「ゼレット! これ! 大丈夫なの???」
「わははははは! ししょー、すごーい!」
あちこちから驚きや戸惑い、あるいは抗議じみた声が聞こえる。
さらに俺は魔力を増幅させ、グバガラの実に注ぎ込んだ。
すると、ポンと実から新芽が、次々と出てくる。
成長は当然そこで止まらない。
スルスル、と天から引っ張り上げられるかのように、芽が大きく伸びていく。
太い幹は縦に加えて横にも広がり、根が板張りの床を突き破って、ギルドの床下にまで根を下ろした。
カウンター周りはすっかり根に支配される一方で、幹は天井に向かって突き進んでいく。
ドンッ!!
音が聞こえる。
「え? 今のなんの音?」
「まさか!? 本当に天井を?」
「にゃっはっはっはっ!」
やがて光は止む。
次第にギルドの惨状が浮かび上がってきた。
木の根が料理ギルドのあちこちに張り巡らされ、枝から葉が生い茂っている。
まるで大きな木の洞にでも包まれたかのように、先ほどまで役所然とした光景が一変していた。
「ぎゃあああああああ!!」
絵本にでも出てきそうなメルヘンチックな光景ではあったが、大惨事であることは間違いあるまい。
オリヴィアは、その小さな身体から漏らしたとは思えないほどの絶叫を上げる。
水色の髪をくしゃくしゃにして、涙目を浮かべた。
一方で呆然とする人間と天を仰いでいる者たちがいる。
パメラもその1人だ。
「すごい……。ちょっと綺麗かも」
「にゃっは~~。絶景かな絶景かな」
プリムも手をひさしにして、その光景を見つめる。
オリヴィアも、最初こそ突き破った天井を「私の給料が……」と半泣きになっていたが、その先にあるグバガラの葉を見て、息を飲んだ。
「緑と、赤……」
グバガラの葉には2つの種類がある。
青葉のような緑に、紅葉の赤。
まるで春と秋が一緒くたになった光景に、一同は言葉を失う。
「聞いたことがあります。グバガラは吸った魔力性質によって、その葉の色を変えると……。つまり、これって――――」
オリヴィアは俺の方を振り返る。
「ゼレットさん、あなたは2つの属性の『ルーン』を持っているんじゃないですか?」
オリヴィアは2度息を呑むのだった。
初日1000ptをとったので、この勢いに乗ってランキングを駆け上がりたいと思ってます。
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