第53話 元S級ハンター、『幻の魔物』の前に立つ
◆◇◆◇ パメラ 視点 ◇◆◇◆
リルが立ち止まった。
ここに来るまで、停止することはあったけど、今度はなんか違う。
目的地に辿り着いたのか、リルは顔を上げた。
目の前にあったのは、ひと一人が入るのもやっとな、洞穴だ。
周りを見渡しても何もない。「何の変哲もない」――如何にもそんな修辞が似合いそうな洞穴にしか、私には見えなかった。
その時、魔物と騎士団の皆さんが遅れてやってくる。ここまでずっと走り詰めだったのだ。みんな、息が上がっている。
でも、殺意がないわけじゃない。むしろ一層膨れているように見えた。
その先頭に現れたのは、プリムさんだ。
「肉ぅぅぅうぅうぅぅ……」
眼光を光らせ、変な唸りを上げている。
私たちはすっかり囲まれていた。
スターダストオークスに操られた魔物たちが、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況にあった。
「あれ??」
魔物たちは動かない。
操られている騎士団の皆さんや、プリムさんも同様だった。
洞穴の中に何かあるのか。なかなか近づこうとしない。一定距離を保って、じっとこちらを見ていた。
「リル、パメラ、ご苦労だったな」
私はゼレットの声に反応する。魔物たちの後ろに立っていた。
騎士団と魔物はゼレットに殺意を向けて威嚇する。一触即発の状況になるけど、ゼレットが砲剣を抜くことはなく、魔物たちが爪を立てて襲いかかることもなかった。
「なるほど。読み通りだな。ここで暴れることはできないようだ」
ゼレットは魔物と魔物の間を通り、アネットさんに睨まれつつ、すんなり私たちと合流した。
まるで手品――いや、ゼレットが彼らを操っているように私には見える。
「ゼレット、無事で良かった」
「お前もな、パメラ。すまんな。リルの動きを見て、不審がらせたようだ」
「いいの。私こそごめん。……ゼレット、信じるっていったのに」
私の頭にゼレットの手が置かれる。
軽く撫でられると、ちょっとだけくすぐったかった。
「気にしていない。ここまでよく頑張ったな」
「うん。ありがと。キュールも褒めて上げて」
『きゅるるる!』
ボン、とキュールは出現すると、可愛い声を上げる。
それにポンポンとゼレットは撫でた。
「ところで、どうして急に魔物たちや、騎士団の皆さんが動かなくなったの?」
「その答えはこの中にある。行こう、パメラ」
洞穴の前にリルを番犬ならぬ番狼として立たせ、私とゼレットは洞穴の中に入っていく。
中は思った以上に暗い。
星の瞬きを消した夜ように暗かった。ゼレットの魔法で松明を作り上げる。その光を頼りに、前へと進む。
「ひゃっ!」
私は感心していると、足を滑らせた。
尻餅を付く前に、ゼレットが私の腕を引く。そのままポスッと軽い音を立てて、私の頭は幼馴染みの胸に収まった。
久しぶりに感じたゼレットの感触は、昔と違って硬い。触ったことはないけど、まるで竜の鱗のようだ。
――――って!
「ごごごごごご、ごめん。ゼレット!!」
目をグルグルにしながら、ゼレットに謝る。耳が充血していくのがわかったが、もはや隠す間もなかった。
「こ、これは不可抗力だから。その――」
「しー……」
ゼレットは特に慌てた様子はない。
それはそれで寂しかったのだが、とても真剣な顔で、人差し指を唇に当てていた。
「パメラ、ここからは大きな震動は御法度だ。できれば、大きな声で喋らない方がいい」
「え? どういうこと?」
私は自然と声を潜めて、尋ねる。
ゼレットは私を離して、先に行く。その反応はとても素っ気なかったけど、心配してくれているのか、それともこの奥にいる存在に配慮してか。
ゼレットは私の手を握り続けていた。
しかし、その蜜月はほんの5分と続かない。
私たちの前に現れたのは、広い空間だ。
奇妙な空間だった。天井には穴があって、外の光が差し込んでいる。こう言えば、空間内に光が満ち満ちているかと思えばそうではない。
この空間に入った瞬間、眩い陽光は青に変わる。そのため空間内は青に満たされ、海の底にいるかのようだった。
「何、この不思議な空間は?」
「光を食べているのさ」
「光を食べる?」
「別におかしいことじゃないだろ? 前に討伐した三つ首ワイバーンだって、雷の中にある魔力を摂取していた。ならば、光の中にある魔力を摂取する魔物がいても、おかしくないはずだ」
言われれば、その通りだ。どうも自分の思考は、人間と動物の生態の方へと寄ってしまう。
いや、それが普通だろう。
ゼレットのように魔物側に立って思考することの方が珍しい。
でも、問題は一体誰が光を食べているかだ。
私には何となくわかっていた。ゼレットがここまで私を連れてきた理由は1つしかない。
いるのだ、スターダストオークスが……。
私は霊視した。
思ったよりも、それはすぐに見つかった。
「いたわ、ゼレット。スターダストオークスよ」
もっと魔物のように大きく、異形の姿をしているかと思えばそうではない。
形としては、水牛に近い。偉そうな髭にも見える角に、むっくりとした広い背中。目はあるけど、虹彩はなく、身体の輪郭は青白く光っていた。
どこか強い生気があるわけでもなく、うすぼんやりとして儚い。
脱皮した蝉の抜け殻でも見ているようだ。
ゼレットは笑っていた。
自分の勘が当たったことが嬉しいのか、それとも単純に『幻の魔物』スターダストオークスを見つけることができたのが嬉しいのかは、幼馴染みの私でもわからない。
でも、子どものようだと、私が思ったことは確かだ。
「ゼレット、どうしてここにスターダストオークスがいるってわかったの?」
「光だ……」
「光?」
「さっきも言ったが、スターダストオークスの栄養源は魔力だ。それを光の中から摂取している。そのために、この森の中で光が集まりやすい、もっと言えば一番光っているところを探した」
「それがここだったと……」
ゼレットの非凡さに息を飲む。
私じゃとても思い付かない発想だ。
「そのためなら、スターダストオークスは、自分の子どもを使って、魔物を操り、ここに光が集まりやすいように、森を改良していたのだ」
そう言えば、この森に入った時、ゼレットが不思議がっていたっけ。「この森は明るすぎる」って。
「子どもって……。もしかして、あのもどきの……」
「ああ。あれはおそらくスターダストオークスの子どもだ。親が動けないぶん、生まれた子どもが親の世話をする仕組みになっているんだろう」
「親が動けない? このスターダストオークス、動けないの?」
「俺の推測が正しければ、1歩も動けないはずだ」
そしてゼレットは説明を続けた。
◆◇◆◇ ゼレット 視点 ◇◆◇◆
スターダストオークスの最大の特性は、可視ができないことだ。
そして俺の推測に間違いがなければ、その特性は歳をとればとるほど、強まっていくのだと考えられる。
スターダストオークスの最期は、きっと夜空を横切る帚星のように消えてなくなるのだろう。
「だが、本来肉体から霊体へと変化したスターダストオークスと、元々霊体である精霊が可視できないのは、定義自体が違う」
「どういうこと?」
「質量の有無だ」
精霊には質量がないが、肉体を持って生まれたスターダストオークスには質量がある。
質量があるということは、重力の影響を受けるとともに、自分の自重を支えなければならない。
霊視ができない俺でも、今かろうじて目を凝らし見える部分が存在する。
足だ。
スターダストオークスの足だけが、俺にも薄らとだが見えていた。そこに魔物がいるということをわからなければ、見えないほど希薄にである。
当然、それは脆く、少しの震動にも敏感になって崩れてしまう。すでにスターダストオークスは1歩も動けないだろう。外の魔物たちが、中まで入ってこないのは、暴れて親のスターダストオークスが崩れ、消滅することを恐れているからだろう。
動いた瞬間、自分が崩壊してしまう。
本来であれば、日差しが燦々と差す草原にでも出て、陽光を浴びることが何よりもスターダストオークスの栄養になる。
しかし、それができないのは、もはや外敵と戦う力がないからだ。こうして森の中にひっそりと潜み、子どもを使って、より光を浴びる環境を作るしかなかったのである。
説明を終えると、パメラが急に鼻を啜り始める。
振り返ると、幼馴染みは鼻と耳の先を赤くして、泣いていた。いつも元気に伸びてるアホ毛も、力なく垂れている。
「ぱ、パメラ……。何故、泣いてる?」
「だ、だって……。なんか可哀想じゃない。最期は消えてなくなるなんて」
「それは人間も一緒だろ」
「そうだけど……。で、でもさ。ひっく……。いいのかなあ、私たち。ひっく……。ミルクをもらって」
「良い悪いなんて関係ない。スターダストオークスの『星屑ミルク』は、依頼された食材だろ」
「むぅ……。ゼレット、なんか冷たいわ」
「それにだ」
「え?」
「最期だからこそ、こいつのミルクの味を覚えておいてやろうとは思わないか?」
俺の言葉は、ヘンデローネ風に言えばエゴだと思われるかもしれない。あくまで俺が一方的に思っているだけなのだから、実際はその通りなのだろう。
でも、それは魔物が賢いもの、愛しいものと持ち上げるヘンデローネも一緒だ。
結局、俺たちは人間以外とはわかり合えない。わかり合えたと思うのは、それもまた人間のエゴなのだ。
パメラはようやく泣き止んだ。
俺の言葉に納得してくれたのかわからない。ともかく目元を何度も拭うと、パメラらしい笑顔が浮かんだ。
「うん。そうだね」
「じゃあ、早速頼む」
パメラは頷く。
そしてパメラは側にいたキュールの手をとり、『星屑ミルク』用の受け皿を渡す。
「キュール、お願いできるかな?」
『キュルルル!』
任せろ、とばかりにキュールは胸を叩いた。
とんとんとん、というリズムでスターダストオークスに近づいていく。
一方、スターダストオークスは身じろぎもしない。鼻息を荒くして威嚇することもなかった。
ほんの身じろぎもできないほど、その肉体は脆くなっているのだろう。偶然にも俺たちにとっては、非常に都合のいいシチュエーションが揃ったわけだ。
キュールは手を伸ばす。
俺には見えていないが、スターダストオークスの足下に入り、乳首を摘まんでいるのだろう。
『キュゥゥゥウウウウウウ!』
そしてキュールは力を込めた。
カクヨムで『転生王子は暗躍する~自由に生きたいので、王位継承戦を影から操ることにします~』という作品が、本日最終回となりました。
ラストでみんなが騙される作品です。
文庫1冊分、サクッと読める文量なのでよろしくお願いします。