第50話 元S級ハンター、疑われる
はあ! 俺がゼレット・ヴィンターではない?
何を言っているんだ、この女は???
ありふれた名前かもしれないが、自分で言うのもなんだが、俺ほど有名な「ゼレット・ヴィンター」はいないはずである。
それとも、ゼレットが他にいるのか?
カルネリア王国の騎士団員が言う言葉だしな。
きっと他にゼレット・ヴィンターがいるに違いない。
それも相当ダサい恰好をした……。
俺はしばしアネットと名乗った騎士団副長と睨み合う。
その間に入ったのは、パメラだった。
「まあまあ、ゼレット。ありふれた名前というわけじゃないけど、他にもあんたみたいに有名な『ゼレット・ヴィンター』がいるんじゃないの?」
「まあ、一理あるな。おい、女副長……。その『ゼレット・ヴィンター』なる者の特徴を教えろ。出身は? 職業は? 恰好は?」
「ふん。いいだろう。特別に教えてやろう。耳をかっぽじってよく聞け」
アネットはまるで自分のことのように自信ありげに説明した。
「ゼレット・ヴィンター殿は、珍しいことに黒髪黒目のエルフらしい。出身はカルネリアだが、今はヴァナハイア王国に住んでおられる。ハンターギルドに所属し、称号S級。さらに『戦技』と『魔法』どちらも使いこなす『魔法剣使い』。黒いコートと、砲剣という特殊な魔法武器を操り、Sランクの魔物を討伐してきた。……私の憧れの存在だ!」
俺じゃねぇか!!
黒髪黒目のエルフ。
出身地も、今住んでいる国も同じ。
今は料理ギルド所属だが、つい先日までハンターギルドに所属していた。
称号はS級で、『戦技』と『魔法』を使いこなす。
黒コートと、砲剣って、どこからどう見ても、俺のことだろう。
こいつの目は節穴か?
それとも、俺をからかっているのか?
目の前に、その憧れと豪語する人間がいるというのに、よく堂々と間違えられるな。
「もう1度、よく見ろ! 俺がそのゼレット・ヴィンターだ。ほら、黒髪に黒目。S級の称号はギルドに返却したから持っていないが、黒コートも着ているぞ」
「何度も言わせるな。ゼレット殿がそんなダサい恰好をしてるわけがないだろ」
またダサいって言いやがった。
いや、別にこの女がゼレット・ヴィンターを見間違うのはいい。
そもそも名声なんて煩わしいだけだし、付きまとわれたら厄介だ。
しかし、俺が1番許せないのは、この女が俺のお洒落を認めないどころか、それをダサいと言い切っているところだろう。
許せぬ。それだけは断じて許せぬ。
俺は下ろした砲剣を持ち上げようとしたが、それを止めたのはパメラだった。
「まあまあ……。ゼレット。ここは堪えて。今は、何故カルネリア王国の騎士団が、森の中にいるのかを質問することの方が先決でしょ」
……まあ、そうだな。
ここは、今回が初陣のパメラに免じて許してやるか。
俺はいいが、抵抗してパメラが捕まるようなことがあったら、パメラのおじさんとおばさんに顔向けできないからな。
しかし、覚えておけよ、アネット。
いつか俺のファッションセンスが、まだ本気を出していなかったことを思い知らせてやる。
「あの……。カルネリア王国騎士団の方が、どうしてエトワフの森に?」
俺の代わりにパメラが尋ねる。
宿屋をやっているだけあって、初めて会った人間でも物怖じしない。その笑顔を見て、気を悪くする人間はなかなかいない。
警戒気味だった騎士団の雰囲気が、少し緩んだのを感じた。
「エトワフの森は、ヴァナハイア王国と共同管理すると取り決めてある。我々、騎士団が何をしようと勝手であろう? それにはお前たちは見たところ民間人。軍務をおいそれと教えるわけにはいかない」
どうやらアネットには、パメラの笑顔は通じなかったようだ。同性だからだろうか。
口を結び、頑として目的を告げようとはしない。
当然の対応といえば、当然だ。
変な副長殿だと思ったが、意外と騎士としてはまともらし。
「まして、我々がスターダストオークスの確認、捕獲しにきたなんて誰が言うものか」
「え? スターダストオークスを探しに来たんですか?」
シャンッ!!
瞬間、アネットは再び細剣を抜いた。
パメラの鼻先に、その剣の切っ先を向ける。
「貴様! 何故、我々がスターダストオークスを狙っていることを知っている!?」
今、お前が言ったんだよ!
記憶力ゼロか、こいつ。
俺をゼレット・ヴィンターと頑なに認識しないところといい。やはり何か抜けているようだ。
本当にカルネリア騎士団の副長なのか。あっちが偽物という可能性の方が高くないだろうか?
「アネットさん、落ち着いて下さい」
「落ち着いてなどいられるか。こっちの大事な軍務が知られたなど、王子殿下に知れたら、どれほどお怒りになるか!」
「え? カルネリア王国の王子様が、魔物に興味を持っているの?」
「貴様! 何故、カルネリア王国の王子殿下がスターダストオークスに興味を持っていると、知っている!!」
見事な焼き増しだな。
後で、ラフィナに照会してもらうか。同じ魔物に興味がある人物だ。あいつなら、何らかのパイプを持っているだろう。
「貴様、まさか私の心を、『魔法』で読んだな!」
自分が口を滑らせたことを棚に上げて、アネットはますます殺意を漲らせる。
こいつに率いられている騎士たちは、一体この副長のことをどう思っているのだろうか。是非、率直な意見を聞きたいものだな。
とはいえ、出会ってしまったからには、この口の軽い副長を使わない手はないだろう。
「お前たちもスターダストオークスの『星屑ミルク』が目的か!?」
「その通りだ。その口ぶりからして、お前たちも『星屑ミルク』を狙ってるのだな」
「彼は料理ギルドの食材提供者なんです。依頼でエトワフの森に……」
「なるほど。我々のライバルというわけだ。俄然逃がすわけにはいかん」
ついにアネット以外の騎士も動く。
鞘から剣を抜き、あるいは弓を構えた。
おいおい。競争相手とはいえ、善良なハンターに刃を見せるのか。一国の騎士団の対応としては、ちょっと大人げない。
とはいえ、向こうからすれば『ゼレット・ヴィンター』を騙る不審な食材提供者という認識しかないのだろう。俺からすれば、それを認識できない騎士団の方が、怪しいがな。
やれやれ……。長話のおかげで、すっかり取り囲まれている。包囲を抜けるのは容易ではない。
まあ、凡人であればな。
俺はそっとパメラに耳打ちする。
「合図が鳴ったら、リルの背に乗れ」
「え?」
「心配するな。俺を信じろ、パメラ」
「うん! わかった」
良い返事だ。
徐々にカルネリア王国の囲みが狭くなってくる。俺は囲みが完成する前に、コートの下に火の点いた丸い玉を落とした。
それを足で蹴ると、点々と森の地面に転がる。
直後、弾が小さく爆発し、白い煙が周囲に広がった。
「パメラ!」
瞬間、白煙の中でリルが現れる。
俺はその背に乗ると、パメラの手を取って、そのまま釣り上げた。
背に乗せると同時に、リルの腹を蹴る。
「プリムさんは?」
背に乗っていないプリムの存在に気付く。
「呼んだ?」
横を見ると、たくさんの荷物を担いだプリムが、足場の悪い森の中を軽々と走っていた。
その脚力に脱帽したのか、それとも呆れたのか。パメラは半ば諦めながら首を振る。
白煙を抜けて、俺たちは一旦来た道を戻る。ヴァナハイア王国の方にだ。一旦仕切り直した方がいいと、俺は判断した。
「待て!!」
後ろからアネットの声が聞こえる。
ん? 思いの外、対応が速すぎる?
馬を隠していたのか。それらしい気配はなかったが……。
いや、それよりも問題は何故こっちを追ってこれる? 白煙の中で何も見えなかったのに、いくらなんでも切り返しが速すぎる。
こっちのヴァナハイア方面へ逃げるのを読んだのか?
だとしたらあの女副長、結構有能だぞ。
仕方がない。経費がかさむが……。
俺はコートの中から、煙幕弾を取り出し、その場に落とした。
再び白煙が複数上がる。
俺はリルに指示して、方向を転換させた。
「今度はわからないはず」
だが――――。
「逃がすか!!」
突然、白煙の中からアネットが現れる。
その怒りの形相に俺は驚いたが、さらに俺の心臓を揺さぶったのは、アネットが乗っていたものだ。
「グレイハウンド……!」
先ほど俺たちが襲ったグレイハウンドに、乗っていたのだ。
それを視認した時、俺はあることに気付く。
「パメラ! 霊視を頼む! おそらくヤツがいる」
「ヤツって、スターダストオークス?」
パメラは霊視する。揺れるリルの背の上で、どこかにいるスターダストオークスを探した。
「いた! 北の小高いところにいるよ」
「やっぱりか!」
「どういうことよ、ゼレット?」
俺としたことが、すっかりその可能性を考えていなかった。
「操作されているのは、魔物だけじゃない」
この騎士団も、スターダストオークスに操られているんだ!!
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