第49話 元S級ハンター、ショックを受ける
戦闘を終えた俺は、スターダストオークスとおぼしき魔物がいた場所の周囲を探索していた。
やはり足跡や爪跡、糞などもない。
せめて臭いぐらいはと思うのだが、リルも首を振るだけだ。
どうやら無臭というのも当たっているようだな。
しかも、対象がスターダストオークスであるという確証は全くない。
なかなか厄介な相手だな。
「ゼレット、楽しそう」
「ん? 別に楽しくないが……」
「だって、今笑っていたわよ、あなた」
俺が笑ってる?
「ししょー、Sランクの魔物と相手すると、いつもたのしそう」
『ワァウ!』
プリムやリルまで同意する。
そうか。俺は楽しんでいるのか。
まあ、あり得るな。ランクは“A”でも、相手は幻と言われた魔物だ。
そして、俺たちはその術中にある。
しかし、俺は魔物が強ければ強いほど、厄介なら厄介であるほど、その上を超えたいと思うタイプの人間だ。
1匹、1匹倒す度に自分が強くなっていくのがわかる。
だから、Sランクの魔物を討伐するのはやめられない――そういう欲があることを、俺は自覚していた。
「パメラ、さっきの魔物の何か痕跡を、霊視で発見できないか?」
「さっきからやってるんだけど……。ゼレット、精霊たちがめちゃくちゃ怒ってるんだけど」
パメラは苦笑いを浮かべる。
心なしかエトワフの森が騒がしく感じるのはそういうことか。
静かだった森に突如として、魔物が大挙して押し寄せてきたのだ。精霊も驚いたことだろう。
加えて、グバガラの樹である。
こいつが1本あるだけでも、森の生態系が崩しかねない。そういう意味もかねて、精霊たちが怒っているのだ。
目を凝らしても見ることは適わないが、プラカードを持って抗議する精霊が目に浮かぶようである。
『きゅるるる~!』
「キュールも、グバガラの樹をなんとかしてだって」
「そうしたいのは山々だが、こいつを駆除するのは、スターダストオークスを見つけてからでもいいか?」
「どういうこと、ゼレット?」
グバガラの樹が森に根を張ったことを発端にして、スターダストオークスとおぼしき魔物はやってきた。
最初グバガラの樹の匂いに反応したのかと思ったが、あいつは傀儡となった魔物に、俺たちではなくグバガラの樹を襲うように指令を出していた。
「つまり、このグバガラの樹によってスターダストオークスもどきが、何らかの影響を受けているということ?」
「嫌がらせの類い程度だろうがな」
例えば、ヤツが得意とする光属性魔法による幻覚の効果が鈍るといったところか。
いずれにしろ、今このグバガラの樹を伐採するのは、早い。精霊たちには悪いが、討伐までこのままにさせてもらおう。
とりあえず手がかりは、今のところなさそうだ。
わかったことは、スターダストオークスもどきが、幻覚操作系の光属性魔法を使えるということと、物理が全く効かないというわけではないといったところか。
『……』
リルが顔を上げて、耳を動かす。
プリムも辺りを警戒する。
「ゼレット、精霊たちが……」
「わかってる。パメラは頭を伏せていろ」
「う。うん……」
その瞬間、鋭い弓音を聞く。
大きく孤を描きながら、地面に刺さったのは1本の矢だ。
手先が器用なゴブリンが作るような粗雑な矢ではない。
矢の先は磨かれた鉄で作られ、矢羽も鷲の羽根が用いられている。おそらく人間が作ったもの。かなり上品に作られているところを見ると、官給品の可能性が高い。
「手慣れているな……」
距離を置きながら、半円形に囲みを作ろうとしている。
野盗の動きじゃない。おそらく軍隊だ。
一難去って、また一難か。囲みができる前に、こちらの力を見せつけ、ビビらせてやるか。
「リル、頼む。殺さない程度にな」
『ワァウ!』
俺はリルのモフモフの腹を叩く。
その瞬間、神獣アイスドウルフは飛び出した。深い茂みを飛び越え、飛んできた矢を噛みちぎり、ただ一直線に森の奥へと疾駆する。
「ぎゃあああああああ!!」
悲鳴が上がる。
茂みに偽装していた兵がひっくり返った。
リルに組み敷かれると、半狂乱になって脱出を試みようとする。
リルは兵から弓を取り上げると、身を翻して側の茂みに走った。隠れていた兵に襲いかかり、同じく無力化する。
それを繰り返すうち、あっという間にリルは鎧を着た兵士数人を組み伏せてしまう。
一瞬にして兵士を倒してしまったリルの方にヘイトと矢の先が向いた。
頃合いを見て、俺は声を荒らげる。
「そこまでだ!」
エトワフの森の中に響き渡る。
「兵士は死んでいない。だが、俺が一言命令すれば、一瞬にしてあの世行きだ。これ以上抵抗しないというならば、解放してやる」
語りかけるが、返事はない。
「勇敢なカルネリア王国の兵士を失ってもいいのか!?」
さらに声を大きく響かせ、俺は相手に迫った。
命の尊さを説くなんて、我ながらそういうキャラではないと思ったが、どうやら通じたらしい。
囲みが割れ、1人の騎士が近づいてきた。
「貴様、何者だ?」
フルフェイスの兜を脱ぐ。
すると、赤い髪があふれ出る。この辺りでは珍しい、褐色の肌に鋭利なナイフを思わせる黄緑色の瞳。そして顔の横には、特徴的なとんがり耳が左右に向かって伸びていた。
ダークエルフか……。
カルネリア王国の国民の大半はエルフだが、ダークエルフも他国と比べて多数住んでいる。この女もその1人だろう。
「やはりカルネリアの騎士団か。こんな森に何の用だ?」
俺は女騎士の胸当ての紋章を見る。鷲に蛇の尾がついた想像上の獣が描かれていた。
「質問しているのは、こっちだ? 貴様こそ何者だ?」
「俺の名前はゼレット・ヴィンターだ」
「ゼレット……。ゼレット・ヴィンターだと……」
目の前の女騎士の顔がさらに曇る。心なしか先ほどよりも顔が赤くなったような気がした。
どうやら、俺のことを知っているらしい。
他国の人間にまで知られているのは、こそばゆい限りだが、反応からして悪名の類いに近いようだ。
「落ち着け、女騎士殿。何をそんなに怒っているんだ?」
「怒る? ああ。私は怒っている。私の前で、その名前を出すとはな」
はっ? どういうことだ?
まさか俺の関係者? というよりは、先ほどから親の仇とばかりに睨まれているのだが……。一体どういうことだ、これは。
「ちょっと! ゼレット、どういうこと? この人、なんかすっごく怒ってるんだけど」
空気を読んで、パメラは俺に囁く。
「あんた、まさか……。昔捨てた恋人とか……」
「「はあ!! そんなわけないだろ!!」」
俺が声を荒らげると、何故か女の方まで声を上げた。
息ピッタリな反応に、ますますパメラの目が疑念に深まっていく。
違う違う! あり得ない! 俺は今日ここで初めて出会ったんだぞ。
恋人なんてあり得ないだろ。
「そもそも俺は、今まで恋人なんていたことはない!!」
俺が宣言すると、反応に困ったのは、パメラだった。
「そ、そう……。そうなんだ」
指を組み、顔を赤くする。
身体を振って、どこか嬉しそうだった。
なんだ、その反応は!
パメラだって知ってるだろ。俺がずっと魔物を捕っていたことを。忙しくて、それどころじゃなかったんだよ。
「そもそもお前、名前は?」
俺は無理矢理話を転じる。
女騎士は憤然とした様子で、俺を睨んだ。
「私の名前はアネット・ブルス・ラグアット。カルネリア王国騎士団の副長だ」
アネット……? 騎士団の副長……?
いや、全然知らないんだけど。
どういうことだ?
何故、この女は怒ってる?
「許せん! よもや私の前で、その名前を出すとは……。絶対に貴様を許しはせん!」
アネットは腰に下げていた細剣を抜いて、その切っ先を俺に向けた。
「待て待て。俺が一体、お前に何をしたんだ?」
「とぼけるな、詐欺師」
「さ、詐欺師?」
「もしかして、結婚詐欺とか?」
パメラ、ややこしいから黙っててくれ。
「お前などが、ゼレット・ヴィンター殿なわけないだろう!」
「はっ?」
「私の憧れたゼレット・ヴィンター殿はな!!」
そんなダサい黒コートなんて着ていないのだ!!!!
ガーン!
俺は、頭の中で鐘が鳴る音を聞いた。
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