第48話 元S級ハンター、未知の魔物と接触する
『きゅるるるるる!!』
可愛い声をエトワフの森に響かせたのは、キュールだ。
近くの大きな木に寄生すると、出会った時と同じくまるで人形のように動かし始めた。
太い幹や枝を使い、俺やパメラに近づく魔物たちをなぎ払う。
『きゅるっ! きゅー!!』
「すごーい! キュール、すごいわ」
パメラはキュールの活躍に飛び跳ねながら、拍手を送った。その称賛に、キュールが寄生した木がほんのりと赤くなる。
相手はBランク以下の魔物だが、これぐらいならキュールにも任せることができそうだ。
ただ魔物の種類によるようだがな。
その時、大型の魔物が突っ込んでくる。キュールは幹を振って追い払おうとしたが、その巨体に弾かれてしまった。
『きゅる~……』
「キュール!!」
パメラが悲鳴を上げる。
しかし、問題はキュールではない。
ヒロボラス――大型の河馬のような魔物は、大きな口と、鎧のような巨体を生かして、俺たちの方へと突進してきた。
「とぅ!」
奇声を発したのは、プリムだ。
水平キックが、俺たちの眼前で口を開けていたヒロボラスの横面を貫く。
そのまま吹っ飛ばされ、3、4本木々をなぎ倒してようやく止まった。ヒロボラスは泡を吹いて絶命する。
「ふっふーん。まだまだ甘いね。新人くん」
プリムは得意げに胸を反らす。
いつからキュールはお前の部下になったんだよ。
『ワァウワァウワァウワァウ……』
リルも戦闘を続けていた。爪、あるいは牙を激しく振るう。
特定の円運動を繰り返し、その勢いで魔物を切り裂いていった。
群れをなした魔物を縦横無尽に噛み切り、死屍累々と死体の山が積み上がっていく。
『ワァァアアアアアウウウウウウウ!!』
死体の山の頂点に立ち、「どんなものだ」とばかりに遠吠えする。
さらに飛びかかってくる魔物を威嚇した。
しかし、魔物は退かない。
四方を取り囲みながら、俺たちに迫る。
「すごい! リルちゃんも、プリムさんもこんなに強いなんて。無敵なんじゃない……って、どうしたの、ゼレット? 顔が怖いわよ」
この楽勝ムードの中、俺は顎に手を当て考えていた。
おかしい……。
リルも、プリムも問題なく機能している。
その気になれば、エトワフの森にいる魔物をすべて全滅させることができるだろう。
たかだかBランク以下の魔物だ。リルとプリムが苦戦を始めるのが、Aランク。その中でも上位の魔物になる。
なのに、魔物たちが怯むことはない。
いくらグバガラの樹の影響があるとはいえ、あまりに反応が顕著すぎる。
その時、ふっと影が木漏れ日の間を走った。
枝葉の間から見えたのは、ブラッグバードだ。魔物化した、大きな鴉である。
それがグバガラの樹を攻撃している。その樹の魔力を摂取しようとしているように見えたが、幹に取り付いて、まるで啄木鳥のように嘴で叩き始めた。
これも滅多にない行動だ。
魔物がグバガラの樹を攻撃するなんて。
「なるほどな」
「どうしたの、ゼレット?」
「パメラ、もう1度霊視をしてくれないか?」
「精霊を見てくれってこと?」
パメラはもう1度、霊視する。
「さっきより精霊が少ない。たぶん魔物が来て、驚いて逃げちゃったんだと思うけど」
「それ以外に、さっきと違うものは見えないか?」
「さっきと違うもの…………あっ?!」
パメラは声を上げる。
今いる場所から北東の方向を凝視する。
俺もそっちの方を向いた。
「牛がいる?」
「牛?」
まさか!?
俺はよく目を凝らした。
いる。
木々と茂みの間に、同化するようにそれは存在した。
おそらくパメラが指摘しなければ、一生見つけられなかっただろう。
何故なら、その魔物――いや、それらしきものは、ほとんど実体がないからだ。
かろうじて輪郭が牛に見えるというほど存在が希薄。半透明と言うよりは、もはや硝子に近く、薄くぼんやりと見える輪郭がなければ認識も難しい。
ただ身体の中に抱えているものを見て、俺は思わず目を見張った。
まるで星屑のような光だったからだ。
透明な牛は茂みに隠れながら、時折明滅を繰り返している。
「何? あれ? 何か合図してるような」
「合図をしてるんだよ」
「え?」
「光属性の魔法だ。あれで、魔物たちを操っているのだろう」
操作系の魔法は、闇属性が主だが、光属性系の魔法を使い、対象を催眠状態にして操る高度な技術も存在する。
おそらく俺たちを襲撃している魔物は、すべてあの牛に操られているのだろう。
ドォン!!
俺は砲剣を解除する。
すぐに発射態勢に入り、遠眼鏡越しに硝子の牛を見た。
見れば見るほど、不思議な姿だ。
「ゼレット! どうするの?」
今のままだと際限なく魔物に襲われることになる。
エトワフの森の魔物を全滅させることは容易だが、俺たちの目的は別にあるし、そんな時間も装備もない。
それに魔物を過剰に捕ることは、基本的に禁止された行為だ。今、どうしているか知らないが、ハンターギルドのガンゲルに怒られることになるだろう。
故に硝子の牛を狙う。
「ゼレット、でもあれは……」
「スターダストオークスかもな。でも、これではっきりする。ヤツが本物なら、俺の魔法弾は効かないはずだ」
「た、確かに……。でも、当たったら」
「別の魔物ってことだな」
それも新種。
少なくとも存在が希薄なんて、ゴースト系を除けば、スターダストオークスぐらいしかありえない。
俺は銃把に指をかける。
ドンッ!!
騒がしい戦場の中に、1発の銃声が轟いた。
魔物は驚き、竦み上がる。グバガラの樹を攻撃していたブラックバードや、鳥型の魔物が一斉に飛び立った。
けたたましい羽ばたき音と、魔物の羽根が同時に降ってくる。
「あっ!」
パメラの顔がみるみる青くなる。
その目にははっきりと見えていたのだろう。
俺が放った魔法弾が、硝子の牛の頭を吹き飛ばす。
しかし、パメラが息を飲んだのは、この後だ。跡形もなくなった牛の頭が、まるで意志を持った何かのように元に戻っていく。
数秒後には、元の姿に戻っていた。
「再生した」
パメラは呆然とその一連の流れを見ていた。
再生能力を持つ魔物は多いが、俺が見た中でもかなり早い。
「しーしょー。魔物が…………」
プリムが指差す。
先ほどまで一直線に俺たちの方に向かってきた魔物たちが、潮が引くように後退を始めた。
その足音は凄まじく、まるで森自体が蠢いているようだ。
その後を、リルが追おうとする。
「追跡は無用だ、リル」
『ワァウ?』
「諦めてなんかない。こっちも戦術を変えないとダメだと思っただけだ」
俺はリルの毛を撫でて、諫める。
さっきまで猛々しく戦っていたリルは、ようやく目を細め、落ち着きを取り戻した。
『きゅるるるる!!』
魔物の大軍に囲まれながら、奮闘していたキュールも、パメラの胸元に戻ってくる。
「よくやったね、キュール」
その頭(?)を撫でると、『きゅるるる』と喜んでいた。
「しーしょー! ぼくもーーーーー!!」
唐突にプリムが飛び込んでくる。
俺はさっと右にてよけて、プリムの襲撃を回避した。
「うう……。ししょーのけちんぼ。頭、いーこいーこしてくれてもいいでしょ」
頭いーこいーこするのに、身体ごと投げ出すヤツがどこにいるんだよ。
やれやれ……。
「ゼレット、さっきのは……」
「少なくともスターダストオークスではないな」
再生してしまったが、俺の魔法弾が通じた。
文献による特徴とは一致しない。俺の魔法弾が当時なかったとはいえ、物理接触できる時点で、対象の可能性は低い。
「だが、可能性から完全に排除するほどじゃない」
おそらくベテランの元ハンターとやらも、あれを見て、スターダストオークスと勘違いしたに違いない。
俺は砲剣の遠眼鏡越しに確認する。
すでに移動したようだ。
あのスターダストオークスの姿は、どこにもなかった。
もうすぐ長らくお世話になった月間ランキングから振り落とされそうですが、
明日も更新していくので、是非ブックマーク登録と、
画面下にある☆☆☆☆☆をタップして評価をいただけると嬉しいです。