第46話 元S級ハンターと『幻の魔物』
「かっっっっわいいいいいいいいいい!!」
料理ギルドには、あまり似つかわしくない叫声が響く。
その場にいた全員の視線は、蜜柑箱の上に立ったオリヴィアに注がれていた。
小さな胸には、大きめのぬいぐるみぐらいのサイズの何か得体の知れない人型が収まっている。
2つに枝分かれした頭。髪の代わりに葉っぱが、それぞれ2枚ずつ揺れている。
手足は絵心のない人間が描いた「人」という形で簡略化されており、どちらかと言えば姿はヒトデに近い。
顔とおぼしき場所には、1枚の葉っぱのようなものが貼り付けられているのだが、それが果たして顔なのか、はたまたそいつなりお洒落なのかは、杳として知ることはできなかった。
いずれにしろ『異形』というより他なく、先ほどから否応なく周囲の視線を集め続けている。
「名前はなんて言うんですか?」
「キュールって名前にしようかなって。『キュルキュル』って鳴くから。安直かな?」
「キュール! いいと思いますよ。キュールちゃん、よろしくね」
『キュルルル!』
手を上げて、挨拶を返したキュールは、パメラと契約した木の精霊だ。
まだまだ子どもらしく、好奇心旺盛でしかも人懐っこい。
俺はもっと精霊って、人間を嫌っていて、閉鎖的な生物だと思っていたが、どうやらキュールに限っては違うようだ。
まあ、その精霊に俺たちは襲われたわけだが、子ども故にどう接したらいいのかわからなかったのだろう。
「パメラ……。オリヴィアもだ。あまりはしゃぎすぎるな。あと人前で精霊を見せるなよ。実体化した精霊なんて、Sランクの魔物よりも稀少なんだ。お前ごと、攫っていく可能性だってあるぞ」
「わかったわよ。ごめん、ゼレット」
「ゼレットさん、自分が構ってもらえないからって、嫉妬してるんですよ」
「ほ~お……」
女2人は俺の方を向いてニヤリと笑う。
そんな訳ないだろう……。俺は現実的な忠告しているだけだ。
やれやれ……。パメラの奴、昨日は散々落ち込んでたのに……。幼馴染みながら、なかなか現金な奴だ。
パメラらしいといえば、それまでだが。
「じゃあ、キュール。霊体化して」
『キュル!』
かしこまり、とばかりにキュールは敬礼すると、そのまま空気の中に溶け込むように消えてしまった。
「すご~い」
オリヴィアは目を剥く。
立ち上がった孫を見て、喜ぶ爺さん婆さんみたいだ。
「これでいい、ゼレット」
「ああ……。あと、お前も霊視のオンとオフができるようにしておけよ。ずっと精霊を見るのは、疲れるだろう」
「大丈夫。もう慣れてきたから。任せて!」
パメラはVサインを送る。
もう慣れてきたのか。『精霊使い』になれたこともそうだが、それを行使する才能にも長けているらしい。
きちんと師匠の下で鍛錬すれば、パメラは大化けするかもしれないぞ。
「ちょっとあんたたち、何を大騒ぎしてるのよぉ。こっちこっち!」
ギルドマスターが、階段の上で手招きをしていた。
どうやら、いよいよ作戦会議が始まるようだ。
料理ギルドの応接室に通されると、パメラは一転緊張した面持ちだった。
頻りに辺りをうかがっている。
「ゼレット、私も参加していいの?」
「お前なしでは話が進まない」
「何も説明を受けてないんだけど」
「説明は俺じゃなくて、オリヴィアたちから聞け」
2人でこそこそと話していると、書類を持ったオリヴィアとギルドマスターが入ってきた。
俺たちの前のソファに腰掛けると、ギルドマスターは話を切り出す。
「まずパメラちゃんも加わったから~、最初から話すわね。実は、料理ギルドは前からある料理を作ることを狙っていたの。勿論、この依頼はラフィナ公爵令嬢からの依頼よ。最初に言っておくと、成功報酬が――――」
ギルドマスターは、4本指を立てる。
横でパメラが息を飲むのがわかった。
「よ、400万ってことはないですよね?」
パメラは顔を引きつらせながら、自信なさげに答える。
そのリアクションに満足しながら、ギルドマスターは「うふっ」と鼻を鳴らした。
「ええ……。4000万グラ。けれど、これは前金……」
「ま、前金って!! じゃあ、成功したらいくら?」
すると、今度はギルドマスターは手を広げて、パメラに見せた。
瞬間、パメラはソファから立ち上がる。
目の前のテーブルに膝をぶつけたが、構わず声を響かせた。
「い、1億グラ!!!!」
後ろで眠っていたリルとプリムが起きる。
パメラは呆然とし、立ったままそれ以上何も言わなかった。
ギルドマスターは不敵に微笑む。
「今回の依頼されている料理がそれだけ難度が高いということよ。場合によって、Sランクの魔物を討伐することより難しいかもしれないわね」
「あ……。だから、ゼレットは依頼を受けたのね」
「まあ、そんなところだ」
「それで……。私は何を――――」
ようやくパメラはソファに腰を下ろした。
背筋をピンと伸ばし、ギルドマスターの話に耳を傾ける。
「順を追って説明するわね。今回の依頼は料理よ。しかも、すべて魔物食材で作ったね」
「全部、魔物食材で作るんですか!」
魔物食は年々広まってきてはいるが、その料理研究に関しては作り手そのものが少ないため、あまり進んでいないらしい。
肉を焼いて食べるぐらいならいいが、少し凝ったものになると、魔物食材以外のもので補填しなければならないのが、現状だ。
これは料理人の少なさに加えて、未だに食材としての研究が進んでいないからだろう。
「必要な食材は主に5種類……。これを全部揃えなければならないの」
「5種類!? た、確かにそれは大変ですね」
「そう。中でももっとも厄介なのが、スターダストオークスよ」
「スター……ダスト…………オークス……? 聞いたことがないんですけど、名前からして牛の魔物ですか?」
パメラが知らないのも無理はない。
スターダストオークスは、ハンターの間でも幻の魔物と言われているほどの希少種だからだ。
目撃例が少なく、その生息地や生態などは一切不明。
本当にいるのか? ハンターの錯覚だったのでは? とその存在を否定する研究者も少なくない。
俺自身はまだ目撃したことがないのだが、俺の師匠ですら出会ったことがない魔物だ。
「そのスターダストオークスのお肉を使うんですか?」
パメラが尋ねると、オリヴィアは首を振った。
「違います。スターダストオークスは、魔物というよりは精霊に近い存在なんです。だから物理的に捌くことは難しく、『魔法』や『戦技』も通じないと言われています」
「だから、名前をもじって『不死屑牛』なんて言われてるわぁ」
「そ、そんなの捕まえることなんてできるの、ゼレット?」
「ああ……。無理だ。俺でもな」
捕まえることも、狙撃することも難しい。
俺には目に見えない精霊を撃つようなものだ。
「だが、方法がないわけじゃない。お前だ、パメラ」
「私?」
「同じ霊体である精霊ならば、スターダストオークスに接触することができる」
「だ、ダメよ」
パメラのポニーテールが揺れた。
「あの子にそんな危険なことはさせたくないわ。私は断固反対!」
「落ち着いて聞いて下さい、パメラさん」
オリヴィアはパメラを諫める。
「別にキュールちゃんにスターダストオークスを捕まえてほしいとか、討伐してほしいとか言ってるわけじゃありません」
「そうよぉ。で~も~、もしかしたらそれ以上にぃ難しいことかもね~」
「ど、どういうことですか? キュールに何をさせたいんですか?」
「そ、それはですね……」
「ええっと……。ちょっと~雰囲気的に言いにくいんだけどぉ」
パメラの迫真の追及に、オリヴィアとギルドマスターは返答に困る。
揃って顔を赤くするが、パメラにはちんぷんかんぷんだ。
何を躊躇してるんだ、この2人は?
はっきり言ってしまえばいいじゃないか。
やれやれ……。
「ちちしぼりだ、パメラ?」
「は?」
「スターダストオークスの乳搾りをしてほしいんだよ」
パメラの顔がみるみる赤くなる。
その手はすでに自分の胸に置かれていた。
「は……」
はああああああああああああああああああああああああ!!
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