第45話 元S級ハンターの幼馴染み、精霊と契約する
「パメラさんが、『精霊使い』??」
料理ギルドに素っ頓狂な声を響かせたのは、オリヴィアだ。
今日も木製の蜜柑箱の上に立って、受付をしていたオリヴィアは、カウンターの向こうから小さな身体を乗り出すと、もう何度も見てきたパメラの姿を舐めるように見つめた。
その視線に当の本人は困り顔だ。どう反応していいかわからず、ただ苦笑を浮かべるのみだった。
「おっほん……」
咳払いしたのは、見かねてやってきたギルドマスターだった。
お静かに、と忠告すると、ようやくオリヴィアは我に返る。
今度は声を潜めたが、やはり興奮は抑えられないらしい。
「すごい! すごいですよ! パメラさん」
「ご、ごめん、オリヴィア。『精霊使い』が、ゼレットの『ダブル』と同じで、珍しいのはわかったわ。でも、私本人はその……ピンとこなくて」
『精霊使い』は、俺の『ダブル』と同じく、レアケースである。
医学的に言うと、『魔法過剰適合者』というらしい。端的に言えば、『魔法』との相性が非常に良い人間のことを指す。
そうすると、どういうことが起こるかというと、身体を構成する半分が魔力となり、『半魔化』する。その状態で魔法などを習得してしまうと、強力な出力となり、本人も魔法の力に飲み込まれ、最悪大怪我を負うこともあり得るのだ。
「え? それって、ヤバくない」
「ああ……。だが、それはデメリットだ。『精霊使い』はどちらかというと、メリットの方が大きい」
「はい。『半魔化』した方には、普通の人間では可視、可聴できないものを見たり聞いたりすることができるんです」
「その代表が『精霊』だ」
精霊はオールドブルに棲息する可視できない純粋な魔力生物である。
それが形勢する社会は、意外にも契約社会だ。ただ人間と違って、紙とペンではなく、魔力によって強い結び付きを持ち、連帯することによって大きな力を得る構造になっているらしい。
『精霊使い』は、そうした精霊が作る円環の輪の中に入ることを許された人間を差す。
人間の身でありながら、精霊と契約を交わし、時に力を行使できる者を差すのだ。
「えっと~~。ま、まあ、すごいってのはわかったわ。――――で、ゼレットが私を雇いたいって言っているんだけど」
「はい。正確には料理ギルドからパメラさんを正式に雇いたいと思ってます。是非、ゼレットさんのパートナーになって下さい」
「それは良いけど、私どうしたらいいの? 何かするんでしょ?」
「パメラには、まず精霊と契約をしてもらう。何をするかは後で話す」
「そうですね。ここで話すのはやめておきましょう。人の目もあるので」
オリヴィアは周りを見つめる。
今日も料理ギルドは人でごった返していた。以前の盗人騒動のおかげで、警備員の姿もあって、若干物々しい。
「一先ずパメラちゃんはぁ、ゼレットくぅんの言うことを聞くのよ~」
ギルドマスターがカウンターの向こうに出てきて、パメラに耳打ちする。
「そして~、ゼレットくぅんにいっぱい甘えちゃいなさい~。彼、今だったらパメラちゃ~んの言うことなんでも聞いてくれるわよ~」
「な、なんでも……」
「ムフフ……」
パメラが頬を染めれば、ギルドマスターは不敵な笑みを浮かべる。
一体、何を企んでいるんだ、特にギルドマスター。
「ところで精霊の契約ってどうしたらいいんですか? 契約してくれる精霊なんて、すぐには…………」
「何を言っている。街の森の近くに決まってるだろ」
「そんな場所にいるはずが……」
「そもそもゼレットくぅんだって、精霊が見えないでしょ」
「俺が見えなくても、うちには優秀な目がいるからな」
後ろに控えたリルを指差す。
「そ、そうだったわ~。神獣って、精霊を見ることもできるんだった」
「ゼレットさんもそうですけど……。他の皆さんも、規格外過ぎることを忘れてました」
ギルドマスターとオリヴィアは、「お見それしました」とばかりに、頭を下げるのだった。
◆◇◆◇◆
早速、俺はパメラ、リル、プリムを連れて、森にやってくる。
契約してくれる精霊を探すためだ。
数歩森の中に分け入ると、パメラは足を止める。
何か戸惑うような表情を浮かべ、俺の黒コートを摘まんだ。
「ゼレット! これ、何?」
「すまないが、パメラが見えている者は、俺には見えない」
「え?」
「だが、おそらくそれが精霊だ」
パメラの手は震えていたが、その目は何かを凝視していた。
『精霊使い』が書いたと言われる絵画を見たことがあるが、俺が今見ている森の姿とは別世界だった。
多種多様な精霊が動き回り、生活している。
今、俺が立っている場所ですら、精霊の家だったりするのだ。
そんな彼らも、こちらが何かしなければ干渉してくることはない。滅多にだ。
「パメラ……。あまり精霊と目を合わせるなよ。自分たちが『見える』となると、途端に攻撃的になったりするらしいからな」
「ご、ごめん……。それ、最初に言ってほしかった」
「――――ッ!!」
次の瞬間、幹が動いた。
俺はパメラを横抱きにし、その場を離れる。
直後、俺とパメラがいた場所に太い幹が鞭のように振り落とされた。
「ぜ、ゼレット……」
「気にするな。重くはない」
「え? ちょっと! どういうことよ!!」
「静かにしてくれ。この状況で、森にいる魔物まで刺激したくないからな」
「あっ――――ごめん」
パメラは慌てて口を塞ぐ。
とはいえ、俺の手が塞がっていた。
このままでは砲剣を撃てない。
まっ――――この程度の相手に、無駄弾を撃つつもりはないがな。
「リル! バカ弟子!!」
『ワァウ!!』
リルが飛び出す。
何かに取り付かれたように動き出した魔樹に直進した。
槍のように飛んでくる枝を躱しつつ、リルは魔樹の懐に入り、そのまま巨体を生かして突撃する。
木は根もとから折れ、リルに押さえ付けられる。あっという間に、魔樹の動きを抑え込んでしまった。
「りゃあああああああああああああああああ!!」
豪快に魔樹を引っこ抜き、ジャイアントスィングをかましているのは、プリムだった。
高速で回転する中心から「にゃはははは!」と実に楽しそうな声が聞こえてくる。
そのまま投げ飛ばし、森の彼方へと飛んでいった。プリムはその後の雄叫びを忘れない。
すると、騒がしかった森がピタリと静まる。
リルとプリムの膂力に恐れたのではない。
精霊が見えない俺でもわかる。
何か圧倒的な存在感を持った者が近づきつつあることを。
「パメラ、何か見えるか?」
質問すると、パメラは答えの代わりに息を飲み込んだ。
「う、うん。大きな……その鹿、かな? その……いっぱい角っていう、木の幹や枝を背負ってて、頭にだけじゃなくて、身体にも……」
恐らく、この森の主だな。
精霊が騒がしくしていたから、気になって見に来たというところだろう。
運が良い。大本命は向こうから来てくれたのだ。
「あ……」
「どうした?」
「さっき動いていた木から、何か出てきたの? 可愛い……。こっちを見てる」
おそらく精霊の子どもだな。
精霊が見えるパメラに対して、興味本位にちょっかいを出してきたというところか。
それにしても、見えないというのは、我ながら不便だな。
けれど、主は違う。
おそらく1000年、いや1万年以上生き続けている精霊だろう。
魔力をため込んでいるおかげか、本来精霊を見ることができない俺でも、ボウッとだが、その輪郭を感じることができる。
その頭とおぼしきものが、垂れた。
どうやら謝っているらしい。
「ううん。私たちこそ、あなたたちのテリトリーに無断で入ってごめんなさい。……というか、ごめんね。まさか森にこんなに精霊が住んでたなんて知らなかったわ。気が付かないうちに、あなたたちの森を荒らしてたのね、私たち」
パメラもまた頭を下げる。
その反応を見て、主は小刻みに震えた。どうやら笑っているらしい。
どうやら初対面の印象は良さそうだ。
「主はなんて言ってる?」
「えっと……。その前にゼレット。足をどけてあげて。そこに精霊の家があるの」
うお! 本当に精霊の家があるとは!
それはすまない。
俺は慌ててその場から身を引いた。
「森の主さんは、気にするなだって。あと、私たちの目的を尋ねてる」
「なら、そのまま答えろ。精霊と契約しにきたとな」
「あのね。私たち、精霊と仲良くなりたくて、ここに来たんだけど……」
また森の主の頭が、前に垂れる。
ジェスチャーから察するに問題ないようだ。
だが、精霊と契約するには、精霊が出すお題をクリアしなければならないはずだ。
例えば、凶悪な魔物を倒したり、呪いを解いたり、果てはゴミ拾いなんてのもあるらしい。
「お題はない。早速、契約しようって言ってるけど」
本当か? すごいな。何があったんだ?
「以前、この森に巣くっていたゴーストを払ってくれたからだって」
ゴースト? 覚えがないが……。誰かと間違ってるんじゃ。
「ゼレット、覚えてない? 三つ首ワイバーンを倒した時に、ゴーストを追い払ったでしょ?」
あっ! あれか!!
そう言えば、この森は現場の近くだったな。
まさか森の主のお題を知らずうちにクリアしていたとは……。
ある意味、強運だったな。
「じゃあ、お言葉に甘えて精霊契約するね。えっと……。どうしようかな? 森の主さん――――じゃ、ダメだよね。森にいる精霊をとりまとめる人がいないと、大変そうだし」
パメラは周囲を伺う。
「そうだ。さっきの子! この子に決めた」
俺には見えないのだが、どうやらさっき魔樹の中から出てきた精霊を選んだらしい。
「ねぇねぇ……。私と契約してくれる?」
「…………」
「ホント? ありがとう! いや~ん。すごく可愛いんだけど、この子」
何かを抱き寄せ、パメラは頬ずりしている。
見えない俺からすれば、1人劇をしているようで気味が悪かった。
途端、パメラは光を帯び始める。
「ちょ! 何!!」
「契約だ! じっとしていればいい」
パメラと精霊との間に、魔力でできた強い結びつきが生まれ始める。
精霊との契約は、端的に表現すれば魔力の受け渡しだ。
互いに魔力を循環させることによって、存在を認知し、力を分け与える事ができると言われている。
『戦技使い』の中に、『精霊使い』のような者がいないのは、『戦技』は魔力を内循環させるのに対し、『魔法』は外循環する性質を持つからだ。
さらにパメラと結び付くことによって、精霊は肉体を持つに至る。
受肉することは、精霊の欲の1つだと言われていて、だから普段から精霊は積極的に人間と関わろうとする。
俺たちを襲ったのも、好きな子にちょっかいをかけるものに近いらしい。
パメラの抱きしめた精霊の姿が、徐々に露わになる。
それは予想以上に小さい。まるでぬいぐるみのようだった。
やがて光が止む。
瞬間、精霊はパメラの胸の中から飛び出した。
『キュルッキュー!!』
元気な産声のような声をあげたのは、森の精霊ドリアードの子どもだった。
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