第44話 元S級ハンター、雇う
パメラの両親は『戦技使い』に殺害された。
そいつは宿屋『エストローナ』に住む賞金稼ぎで、パメラの両親とは顔なじみだった。その頃、仕事がうまくいかず、パメラの両親も相談に乗っていたのだが、ある時突然夫妻を襲い、店の金を持って逃げたのだ。
程なくして捕まったが、問題は殺害の瞬間を、パメラが目撃してしまったことだった。
そう。『戦技』を使い、無残に殺される姿を……。
その後、パメラは精神的に回復し、両親が愛した『エストローナ』を引き継ぐにまで至ったが、『戦技』に関してはナーバスになることが多かった。
本来、成人である15歳までには、神殿に行き『戦技』か、『魔法』を得るのだが、18歳になってもパメラがどちらも持っていないのには、そういう訳があったのだ。
「本当にいいのか、パメラ?」
「うん」
そして今、俺とパメラは街にある神殿の前に立っていた。
周りは、幼い子どもばかりだ。
『戦技』あるいは『魔法』を得る最低年齢は、10歳からだ。
たいていの親は『戦技』あるいは『魔法』を早く習得させて、その才能を伸ばしてやりたいと考える。そのため、10歳になるとすぐに神殿に行かせるものがほとんどだった。
パメラの両親などは、神殿に行く暇もなく働いていたため忘れていたらしい。パメラ自身もあまり興味がなく、忙しそうな両親に遠慮して、ねだることもなかったそうだ。
周りが子どもだけあって、俺たちは奇異の目にさらされていた。
パメラは苦笑いを浮かべながら、質問に答える。
「パパとママがいなくなって、もう3年でしょ。ようやく色々と整理ができたところ。今ならわかる……。『戦技』が悪いわけじゃない。悪いのは『戦技』を使う人なんだって」
「そうか……」
「そう思わせてくれたのは、ゼレットよ」
「俺?」
「ゼレットが『戦技』や『魔法』を使って、魔物を狩っているところを目の当たりにして、自分の中で『ああ……。「戦技」って本来はこう使うんだ』ってわかったの」
「……『戦技』や『魔法』は、人を傷付けるための力じゃない。人を守り、人の生活を守るための技術だ」
「良い言葉ね」
「師匠の受け売りだ」
「ふふ……。だと思った」
「どうして思った?」
「なんか恰好つけてるところ」
「なるほどな」
「ふふふ……」
パメラは笑い出す。身体をくの字にして、軽やかな声を響かせた。
無理しているかと思ったが、いつものパメラだな。
これなら心配することもないか。
しかし、問題はパメラの心理状態だけじゃない。
パメラは『戦技』を望んでいるが、誰も望んで手に入るわけではない。
『戦技』も『魔法』も、与えられて初めてわかる。つまり、全くのランダムなのだ。
そこに予想できる要素はない。男だとか、女だとか、誕生日の月や遺伝的なものだとか、全然関係ない。
その選択の答えは、まさに神のみぞ知るといったところなのだ。
「付き添ってくれてありがとうね、ゼレット」
「礼はいい……。パメラ――――」
「何も言わなくても、わかってるから。大丈夫。『魔法』だとしても、それはそれで受け入れるつもり」
「そうか」
「ゼレットは先に帰っててくれる。その……望んでない結果になって、私が泣いてたりしたら、いやだからさ。ゼレットには、もう泣き顔を見られたくないし」
「わかった。パメラがそう言うなら従おう」
「その代わり、いい結果だったらご馳走を作って上げるわ。期待しておいて」
「普通は逆だろ。……まあ、いい。お前の気が済むようにしろ」
そして俺とパメラは、そこで別れた。
パメラは最後に手を振り、神殿の中へと消えていった。
◆◇◆◇◆ パメラ 視点 ◆◇◆◇◆
「パメラ・エストローナ……」
白亜の神殿の中で、私の名前が響き渡った。
前に進むと、立派な髭を生やした神官長が壇の上に立っている。
定型句の説明を始め、そのすべてに了承すると、側にあった『神の石』の前に立つように促された。
『神の石』というものがあるということは前から知っていたけど、イメージとは違う。川辺に落ちているようなゴロッとしたただの石だ。もっと宝石のように輝いているものだと思ってた。
「そこに手を掲げて。すると、神の天啓が聞こえるはずです。私には聞こえないので、聞いた声を教えて下さい」
とりあえず言われた通り、私は手をかざした。
ただかざしただけなのに、何か温かい。見えない力が、自分の中に入っていくのを感じる。
これが魔力というものだろうか。これが常にゼレットの身体の中で渦巻いているものだと思えば、特段怖くはなかった。
やがて、石が光り始める。
いや、少し違う。
自分から見える世界が白く塗りつぶされていく。気が付いた時には、私は何もない空間に立っていた。
空が少し明るい。
すると、突然声が降ってきた。
何かよくわからない単語だ。ただ頭の中で、何度も輪唱するように響き渡る。ついには頭が痛くなり、私は蹲った。
「大丈夫ですか?」
神官長の声が聞こえ、私は立ち上がる。気が付いた時には、元の神殿に戻っていた。そこで私は、白い世界の中で聞いた言葉を、神官長に告げる。
神官長は大きな本を取り出し、パラパラと捲ると、一瞬顔を強ばらせた。
「え? 何?」
不安になる。この場から逃げ出したくなるような気持ちを堪えると、神官長の顔が、ようやく綻んだ。
「よく聞きなさい、パメラ・エストローナ」
「は、はい……」
私は思わず踵を合わせて、直立する。
「あなたに与えられた神の力は――――」
その瞬間、私は祈るように手を組んだ。
◆◇◆◇◆ ゼレット 視点 ◆◇◆◇◆
「『魔法』だったか……」
宿屋『エストローナ』に戻ってきたパメラは、結果を告げた。
残念な結果だが、パメラは気丈だ。
両親を亡くした時のようにふさぎ込むかと思ったが、残しておいた宿の仕事を淡々とこなし、夕食の準備に入っている。
今日は薬草汁だそうだ。
数種類のスパイスが効いた薬草に、人参、じゃがいも、玉葱、肉などを入れ、白米や麦飯にかけて食べる庶民料理である。
各家庭に薬草を固めたルーがあり、それを沸騰したお湯に入れれば作れるお手軽料理だ。忙しい主婦の味方でもある。
芳しい香辛料の香りが、厨房を超えて宿屋の食堂にまで広がっていて、横でリルとプリムが涎を垂らして、まだかまだかと待っていた。
「パメラ、まだ~」
『わぅう~』
「はいはい。ちょっと待ちなさいよ。傷心の私を労るってことを知らないの、あんたたちは」
と言いながら、パメラは笑っていた。
だが、幼馴染みの俺にはわかる。ちょっと無理している。痛々しいほどに。
「あまり無理するな、パメラ」
薬草汁をかき混ぜていたお玉の動きが止まる。
「やっぱあれかな……。『戦技』に嫌われちゃったかな。仕方ないよね。ずっと恨んできたんだから」
「お前が『戦技』を恨んできたのは、仕方ないことだ。そして『戦技』か『魔法』かは、全くのランダム。お前が恨んでいたからじゃない」
「わかってるんだけどさ。……でも、魔物を解体するって。ゼレットを手伝おうって思ってたのに」
「前にも言ったろ。別に『戦技』がなくても、魔物を解体することはできる、と――」
「うん。ありがとう」
そう言って、パメラはエプロンを脱いだ。
竈の火も止める。
「出来た。……あと、みんなで食べて。私、ちょっと疲れちゃった。先に休ませてもらうわね」
「待て。パメラ」
引き留めようとしたが、宿屋のノッカーが鳴らされる。
だが、すでに2階に行ったパメラには聞こえていないようだ。
仕方なく、俺が対応するため出て行った。すでに外は夜だ。こんな時間に、戻ってきたということは、『エストローナ』の宿泊者だろうか。
扉を開けると、現れたのは神官服を着た男だった。
「ここはパメラ・エストローナの宿屋かね?」
「そうだが……。あんた、神殿の職員だな」
「ああ。パメラ・エストローナに取り次ぎ願いたい」
俺は2階へと続く階段を一瞥する。
「生憎と手が離せない状況でな」
「君は?」
「家族……みたいなものだ」
「そうか。ではこれを渡してやってくれ。彼女、『魔法』と聞いた瞬間、飛び出していってしまってな」
そんなことがあったのか。
予想以上にショックを受けていたらしい。
神殿職員が渡してくれたのは、1枚の書簡だった。
それを渡すと、神殿職員は宿を後にする。夜の闇に紛れた。
俺は気になり、書簡を開く。そこに書かれているものを見て、思わず息を飲んだ。
翌早朝――――。
「ふわぁ……。ちょっと寝過ぎたわね。身体がなんか重いし。……朝食を作る気力が沸かないわ。昨日の薬草汁まだ残ってるかしら?」
「必要ない。こちらで作っておいた」
食堂にやってきたパメラに、俺は声をかける。
俺だけではなく、リルもプリムも勢揃いしている姿に、パメラは思わず腰を引いた。
「ど、どうしたの、ゼレット? リルはともかく、プリムさんまで? それにその恰好……」
パメラは俺の恰好を指差す。
すでに襟の高い黒ローブを纏い、手に指出しグローブを嵌めて、すでに完全装備で準備を整えていた。
「もしかして、仕事でも入ったの?」
「仕事といえば、仕事だな。行くぞ、パメラ。とっとと、そこにある卵サンドを食べて、外出の準備をしろ」
俺は机の上に乗っている卵サンドを指差す。
すでに、この宿屋に住む住人の分が用意されていた。
「が、外出ってどこに行くの?」
「森だ」
「も、森?」
首を傾げるパメラに、俺は昨日神殿職員から渡された書簡を見せた。
その内容を見て、パメラの腫れぼったい目が、大きく開いていく。
「な、何これ……。嘘でしょ? 私が――――」
『精霊使い』……!?
「パメラ……」
「は、はい」
俺はじっとパメラを見つめる。
対するパメラは反射的に書簡をギュッと握った。
「お前の力が必要だ」
……お前を雇わせてくれ。







