第43話 元S級ハンター、幼馴染みを慮る
第二部は主にゼレットとパメラのお話です。
季節はまだ秋に入ったばかりだというのに、もう冬の気配がするほど、寒い日だった。
俺は料理ギルドの一室で、オリヴィアと向かい合う。
俺の後ろにはリルとプリムが控え、後者が前者を枕にして、気持ち良さそうに眠っていた。
時折「ししょー……。イヤぁン……」なんて扇情的な声を聞いて、反射的に殴りかかりたくなるのをぐっと堪える。
対するオリヴィアの方にもギルドマスターが立っていて、こちらの方に不敵な投げキッスを送っていた。
当然、俺は全力で回避したが……。
さて、やや薄暗い部屋の真ん中に置かれたテーブルには、依頼書が置かれている。
それを挟んで、俺とオリヴィアはしばし睨めっこをするような形になっていた。
「いいだろう」
先に俺が口を開くと、眉間に皺を寄せていたオリヴィアの顔が、朝日を浴びたように明るくなる。
やたらと柔らかい本革仕様のソファから、小さな身体を乗り出すように立ち上がると、ペコリと大げさに頭を下げた。
「ありがとうございます、ゼレットさん」
感謝の言葉を述べる。
背後でギルドマスターも満足そうに笑っていた。
「良かったわぁ~。受けてくれてないと思ってたからぁ。なんせ……」
これもAランクの魔物だしねぇ……。
また不敵に笑う。
そう。俺――ゼレット・ヴィンターは基本的にSランクの魔物以外、討伐するつもりはない。それは前職である魔物ハンターから、今の料理ギルドの食材提供者になっても、変わらないスタンスだ。
だが、今回料理ギルドから依頼された魔物のランクも『A』。
普通であれば、お断りするどころか、こうして料理ギルドに赴くこともないのだが、今回の対象だけは違った。
「しかし、こんな魔物の情報……。よく手に入れたな」
「全くの偶然よ~。うちの食材提供者がたまたまそれらしき影を見つけたの~」
「ベテランの元ハンターの方だったので、お気づきになったんだと思います」
「なるほどな」
俺はソファから立ち上がった。
「もしかして早速行くのぅ、ゼレットくぅん?」
「その前に必要な人材の手配が先だろ。さっきも言ったが……」
「あ~ら、そうだったわねぇ」
「それが1番の問題ですね」
ギルドマスターとオリヴィアは、揃って項垂れる。
こればかりは仕方がない。
残念ながら、S級ハンターでも無理な案件だからな。
「こっちでも探しておいてやるから、そんな顔するな」
「是非! お願いします!」
「あらら~。ゼレットちゃん、今回はヤケにやる気なのね~」
「当たり前だ。相手が相手だからな」
「いつもそれぐらいやる気があればいいんだけど~」
「今回は特別だ。じゃ、頼んだぞ」
俺は料理ギルド内の応接室を後にする。
ギルドを出ると、どこかの食材提供者から運び込まれた魔物が、ギルドの前を占拠していた。
魔物の形状は鳥だ。
鋭く、先まで尖った嘴。大の字に広がった大きな翼。
全体的に細身だが、その特徴はなんといっても、その身体を覆う青銅の鱗だろう。
適度に厚みがあって、叩くと金属のような乾いた音が返ってくる。
まるで鳥が鎧を着て、武装しているかのようだ。
「ステュムパリデスか……」
Bランクに相当する怪鳥型の魔物だ。
鎧のような硬い鱗が、身体だけではなく、翼にまで広がっている。
その鱗だけで体重の9割を占めているそうだ。
普段は大きな湖の畔などを中心に活動しているが、食べ物がなくなると度々集団で街を襲うこともある。気性が荒い魔物としても有名だ。
料理ギルドのお抱えの解体屋たちは、鱗に難儀しているらしい。
あれを外さないと、中身が食べられないからだ。しかし、食べられるだけの身はあるのだろうか。まあ、俺には関係ないが……。
その解体屋の中に見知った人間がいた。
パメラだ。最近、自分の宿でも魔物料理を出すために解体の方法を教わり、助手のようなことを始めている。
そうだ。パメラの人脈を使って、例の人材を探してもらうか。
「うーん……っしょ! うーん……っしょ!!」
そのパメラはなんか唸っていた。
顔を真っ赤にして、何かを持ち上げている。
「パメラ、お前何をやってるんだ?」
声をかけると、パメラは持ち上げようとしたものから手を滑らせる。
勢い余って、俺の方へと寄りかかってきた。
「イタタタタ……。ちょっと! ゼレット!! いきなり声をかけないでよ! びっくりしたでしょ」
「すまん」
「ん? ヤケに素直ね?」
「いや、先に申告しておくのだが……」
「へ?」
「なんか……そこはかとなく柔らかいものが、俺の顔を挟んでいるのだが……」
「ひゃっ!! 何をしてるのよ!! 馬鹿!!」
慌ててパメラは俺から離れる。その顔は真っ赤だ。
馬鹿はどっちだよ。
後ろに下がってきたのは、パメラの方なんだが……。
俺は砂埃を払いながら、立ち上がる。パメラが持ち上げようとしていたものを見下げた。
それは一振りの短剣だった。けれど単なるというわけじゃない。
「これ? 魔剣か?」
魔剣とは、単純に魔力が通った武器の総称みたいなものだ。
俺の【砲剣】も、広義においては魔剣の1種として扱われる。
問題は何故、パメラがこれを持ち上げようとしていたかだ。
俺は軽々と短剣を持ち上げた。
「わっ! ゼレット! あんた、力持ちなのね」
「ボケたのか、パメラ。これは魔剣だ。魔剣は『戦技使い』しか使えないだろ?」
基本的に魔力が通った武器を扱うことができるのは、身体に魔力を通すことができる『戦技使い』だけである。
簡単に言うと、『戦技』を有するものしか扱えないのだ。
「えへへへ……。そうでした」
「なんで魔剣を……」
質問しかけてわかった。
おそらくステュムパリデスの鱗を剥がすためだ。
先ほどいったが、あの鱗は硬く、普通の武器では傷を付けることすら難しい。
鱗を除去するためには、最低限魔剣を持つことができないとダメなのだ。
故に解体屋の人間は全員『戦技使い』なのだが、パメラはというと……。
「やっぱ……。解体屋になるには『戦技』が必要よね」
解体屋の職人たちの動きを、パメラは羨ましそうに見つめている。
「別に解体に魔剣が必要じゃない魔物だっているだろ」
「ダメよ! ゼレットが捕ってくる魔物なんだから。きっと凄い魔物なんでしょ。だったら、『戦技』を身に着けないと……」
「しかしパメラ、お前の両親は――――」
っと、いかん!
俺としたことがちょっと熱くなりすぎた。
危なくタブーを口走るところだった。
「ありがとう、ゼレット」
「別に……。気を遣ったわけじゃ」
「でも、いいの。そろそろ私も親離れしないと。パパとママに『いつまで自分たちの厄介になるつもりだ』って、怒られるから」
パメラが解体屋になると言いだしたのでも、自分の自立のためだった。
今切り盛りしている宿屋『エストローナ』も、両親から受け継いだものだ。
だから、パメラは自分で何か成し遂げたいものがほしいらしい。
それが解体の知識を覚えるということだ。
「パメラ……」
「なに、ゼレット」
「その…………なんだ…………。お前が、どう選択しようが、それはお前の勝手だし、いずれにしろ、俺は……お前を応援してる」
「ゼレット……。………………ありがと」
最後に、パメラは笑うのだった。
改めてお待たせしました。
並行して書籍作業も入るので、毎日投稿とはいきませんが、それに近いペースで頑張ります!
引き続き応援よろしくお願いしますm(_ _)m