第40話 元S級ハンター、世界が変わる
無我夢中で更新してきたら、
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試食会は無事閉幕した。
すでに解散は告知されていたが、熱はなかなか冷めやらない。
参加者たちはその場に留まり、料理の感想を語り続けていた。
漏れ伝えてくる内容としては、上々――いや、かなり良いだろう。
今回初めて魔物食に挑戦したという強者もいて、リヴァイアサンの卵がもたらす濃厚なコクと、塩辛い後味に身振り手振りを交えて驚いていた。
閉幕しても、試食会が終わりそうにない。
どうもこういう人の多いところの雰囲気になれず、俺は試食会の端っこでリルと戯れていた。
神獣の舌にもあったらしく、気持ち良さそうに眠っている。
一方でオリヴィアやギルドマスターは、しっかり貴族たちに食い込み、次なる依頼のために営業をかけていた。パメラにしても、宿のオーナーだけあって、物怖じすることなくコミュニケーションが取れていた。
どうやら馴染めないのは、俺だけのようだ。
「こんな端っこにいた。パーティーは苦手ですか、ゼレット様」
ラフィナがやってくる。
ちょっと疲れた様子だ。
試食会を成功させるために、ずっと気を張っていたのだから仕方ない。その後も、貴族に引っ張りだこだったようだしな。
「まあな。……しかし良かったな。大成功じゃないか」
「はい。これで魔物食への偏見がなくなればいいのですけど」
「ラフィナ。盛大にパーティーを開いてまで、魔物食への偏見をなくそうとするのは何故だ?」
「簡単ですわ。わたくしが気兼ねなく魔物を食べるためです。レストランで先ほどのスフレを食べていて、横から『それは魔物だから穢れている』なんて言われたら、どんなに美味しい料理でも忽ち興ざめてしまいますわ」
「なるほど。魔物を食べるための環境作りのためか」
「その通りです」
なるほど。
見た目通り、ラフィナはしっかりしているな。
「盛り上がっているようだね、ラフィナ。私も話に混じってもいいかな?」
やってきたのは、綺麗な銀糸の目立つ正装を着た御仁だった。
後ろに撫でつけたロマンスグレーの髪。控えめに伸びた口ひげを生やし、柔らかな曲線を描いた眉からは、優しげな人となりが垣間見える。
浮かべた笑顔はどこか少年のような面影を残していた。
「パパ……!」
「コラコラ。こういう場では、公爵閣下と呼びなさいと何度言わせるんだい、ラフィナ」
「し、失礼いたしました、公爵閣下」
ラフィナは慌てて礼を執る。
俺も一瞬呆然としてしまった。
ラフィナのパパということは、父親か。
公爵閣下とも言ったな。
つまり、今目の前にいるのが、王族とも強いパイプを持つアストワリ公爵家当主ということか。
俺は膝を突き、頭を下げた。
「失礼しました、公爵閣下」
「君が、ラフィナの話していたゼレット・ヴィンターくんだね。楽にしてくれていい。堅苦しいのは、どうも苦手でね」
「いえ。さすがにそういうわけには……」
相手は公爵家の当主。
ラフィナのようなお転婆はともかくとして、S級ハンターとはいえ、身分としては平民の俺が、おいそれと話せる相手ではない。
楽にしてくれと言われて、礼節を執らないわけにはいかない相手だった。
「そうか。困ったな。……では、こうしよう」
当主は身をかがめると、俺と同じく膝を突いた。
理由も目的もわからない行動に、俺の思考は一時停止する。
当主の青い瞳に、俺のマヌケ面が映り込んでいた。
どうやら、この当主。ラフィナと同じ――いや、それ以上に癖のある公爵家当主様のようだ。
「職業病とでもいうのかな? 公爵ともなれば、様々な人と会う機会があってね。だからなのか、こうやって人を真正面から見ると、なんとなくその人となりが見えてくるんだ」
「失礼ですが、では俺の印象をご教示いただけませんか?」
「そうだね……。君は、そう…………娘以上に頑固なところがあるようだ」
「当たってる」
ラフィナ、お前にだけは言われたくない。
「頑固とは時に柔軟性を欠くものだが、それは君の中にあるルールに従ったものだから問題ない。それは君の魅力だと周りも認識してくれるだろう。そして君自身はとても聡明で、そして――信頼に足る人物だ」
「なるほど。そう――ラフィナに聞いたのですね」
俺はズバリ言うと、当主の顔は綻んだ。
「ふふふ……。その通りだ。ラフィナが嬉しそうに語るものだから、前から1度会ってみたかったのだよ」
「パ――――公爵閣下!」
ラフィナは顔を真っ赤にして抗議する。
「でも、人を真正面から見て、なんとなく人となりが分かるというのは本当のことだよ。おそらくラフィナから何も聞かなくても、私は同じ言葉を口にしただろう。それほど、君の頑固さは傑出していて、魅力的なんだよ、ゼレットくん」
この子にして、この親ありか。
自分の手の内を隠しもせずに見せようとするところと、人を試そうとする当たりが、親子揃ってそっくりだ。
「しかし、今その頑固さを発揮するところではない」
公爵閣下は先に立ち上がり、俺に手を差し出す。
ここまでされて、膝を突いたままというのは、さすがに非礼というものだろう。
そろそろこの体勢も疲れてきたところだ。
俺は公爵閣下の手を取り、ついに立ち上がる。
「うん。素直が1番だよ、ゼレットくん」
二の腕を軽く叩く。
その手を腰にやり、ゆったりとした姿勢をとると、当主は改めて自己紹介を始めた。
「ニクラス・ザード・アストワリだ。ニックでいい」
「ゼレット・ヴィンターです。お目にかかれて光栄です、ニクラス閣下」
「まだ硬さはあるが、まあ良かろう。君はSランクの魔物を撃ちたいらしいね」
「はい」
「ならば、顔は売っておいた方がいい。君は人脈を煩わしく思っているかもしれないが、なかなかどうして、あれは金で買えるものではなく、出会いが結ぶ奇跡のようなものだと私は考えている。たとえ、その人と人生で1度しか会わないとしても、その1度が人生で決定的な出会いを生み出すこともあるのだ。……顔は売っておいて損はないぞ」
ニクラス閣下は、今度は背中を叩く。
集まっている貴族たちの方を向くと、俺を紹介した。
「元だが、S級ハンターのゼレット・ヴィンターくんだ。リヴァイアサンの卵を提供したのも彼だよ」
ニクラスの話に、貴族たちは一斉に反応した。
「S級ハンター?」
「リヴァイアサンの卵をとってきたですって?」
「若いな……」
「お話を聞かせていただけませんか?」
たちまち人の輪ができあがる。
俺は戸惑いながら、1つ1つの質問に答えていった。
貴族たちが、平民の俺の話に耳をそばだてている。
魔物の生態の話になると、さらに目を輝かせて質問する者も現れた。
「まあ、Sランクの魔物にしか興味がないの?」
「というか、他は雑魚なので」
「え? Sランク以外が雑魚って。すげぇ!」
「今度、私の依頼を受けて下さらない」
「Sランクであれば」
「Sランクの魔物か? 何がいいかな?」
「いや、その前に目撃情報を集めないと難しいだろ」
「そもそもSランクの魔物って、殺していいのか?」
「食用のためなら、問題ないんじゃないのか?」
独りでに議論が盛り上がっていく。
こんなに注目を集めたのは、初めてだ。いや、人が俺にこれだけ集まってきたことすら初めてだった。
そもそもハンターというのは、どちらかと言えば裏方だ。魔物の駆除といっても、歴史上の英雄や勇者のように讃えられるわけではない。どちからといえば、影の職業に当たるだろう。
魔物を倒しても、俺たちに与えられたのは依頼料だけ。
ヘンデローネのように罵声を浴びせる者がいても、称賛するものはほとんどいない。
だから、魔物を倒して、ここまで人が集まり、褒め称えてくれることに、俺は戸惑っていた。
「ふはははは! 面白い事になってきたな。吉報を待ってるぞ、ゼレットくん」
ニクラス閣下は、その場を俺に任せて離れて行く。
俺は貴族たちの話を遮り、公爵閣下を呼び止めた。
「ニクラス閣下、礼を申し上げる」
「こらこら。言っておるだろう。私のことはニックと呼べと。その肩に力が入った感じ。次に会う時には、ほぐしておくように」
ニクラス閣下は振り返らず、手を振ってその場を後にした。
かと思われたが、すぐに前を向いたまま、後ろ歩きで戻ってくる。ギギギ、と油を差していない撥条みたいな音を立てて、俺の方を向き直り、俺の両肩に手を置いた。
「1つだけ君に忠告しておくぞ」
「は、はあ……。なんでしょうか?」
「ラフィナ ニ テ ヲ ダシタラ ダメ ダカラ ナ」
ラフィナに手を出したらダメ……って、どういうことだ。
いやしかし、ニクラス閣下の顔は、これまでで1番迫力があった。
顔は笑っているが、皮を剥げば悪鬼のような形相が現れるのではないかと思うほどに。というか、この俺の足が久しぶりに笑っているのだが……。
とりあえず頷いておいた方が良さそうだ。
「わかりました」
「うむ。なら良い――――じゃ!」
元のニクラス閣下に戻ると、気さく手を上げて、その場を後にした。
ふぅ……。なんとか怒りが静まったか。
一体、なんだったんだ、今のは……。
全く変わった貴族だ。
これまで俺が知る貴族というのは、ヘンデローネみたいな世間知らずばかりだった。
ラフィナがそうだったように、ニクラス閣下もまたヘンデローネとは違うようだ。
俺は11の貴族の家柄と挨拶を交わし、そのうち3家から個人スポンサーの申し出を受けることになる。
その日を境に、俺の生活は一変していくことになるが、そう思えるようになったのは、随分先のことであった。
早いもので、明日の更新で第二部が最終回となります。
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