第3話 元S級ハンター、魔物を圧倒する
本日最後です。
テーブルには朝食が置かれていた。
トーストに蜂蜜。目玉焼きとカリカリに焼かれたベーコン。
水を切ったレタスに、鍋で沸かしたホットミルクという陣容である。
“朝食 オブ 朝食”といった感じだが、俺は嫌いじゃない。
朝から凝ったものを食べるより、食べ慣れたものの方が、朝の口に合う。
「ちょーしょく♪ ちょーしょく♪」
歌いながら先に席に着き、結局最後は手掴みで食べるくせに、カチカチとフォークを慣らして謳っているのは、プリムだ。
まだ湯気が立っている朝食を前にして、涎を啜る。
パンと手を合わせて、師匠よりも先に食べ始めた。
相変わらず、師匠に対する敬意というものが感じられない。
「いただきます……ハムハムハムハムムムムム……ごちそうさま!」
「お前、もうちょっとよく噛め! というか、師匠より遅く起きて、師匠より早く食べ終わる弟子がどこにいるんだよ」
さすがにキレた。
持っていたナイフを弟子の眉間に突き立てるが、プリムは何故か目を輝かせる。
「師匠! 早速、戦闘訓練かな? かな? 食べ終わったばかりなのに、いきなり訓練なんてさすが師匠だね」
「食べ終わってない! むしろ先に食べ終わってるお前に注意してるのがわからんのか!?」
「うにゃ?」
プリムは首を傾げる。
「ボク、わかんな~い」って顔はまた腹が立つ。
は~……。俺なんでこんなヤツを弟子にしたんだろうか。
「はいはい。食堂で暴れない!」
奥からパメラがやってくる。
「ここは初等学校の教室じゃないのよ、あんたたち。むしろ今頃の子どもの方がしっかりしてるわよ」
ぐっ! 俺まで子ども扱いされてしまった。
子どもみたいなヤツに……。
「なんか言った? ゼレット?」
パメラが俺を睨む。
緑色の瞳が、まるで鼠を見つけた猫のように閃いた。
「なんでもない」
パメラは高身長の多いエルフの中でも、かなり低い方だ。
だから、よくエルフの子どもに間違えられる。童顔と寂しいお胸の事もあって、余計にだ。
「子ども」「身長」「胸」
この三種の言葉は、パメラの前では絶対NGワードである。
それはさておき、俺はようやく朝食に取りかかる。
トースト、目玉焼き、ベーコンに、レタス――と来れば、俺は必ずトーストに具材を挟んで食べる。その方が、1度に食べられるからだ。
パメラは乱暴だと叱るのだが、どうせ料理なんて腹の中に入ってしまえば、皆一緒だ。
俺は早速、トーストにレタスを敷き、その上にベーコンを載せた。
最後に、目玉焼きを載せようとしたところで、側で同じく朝食を食べていたリルがスッと立ち上がる。
頻りに耳を動かしていた。
「リル、どうし――――」
俺も気配に気付き、思わず溜息を吐いた。
やれやれ……。現役のハンターは一体何をしているんだ?
俺はおもむろに立ち上がる。1枚の銀貨を手の平で弄びながら、リルとともに宿の外に出た。
「どうしたの、ゼレット? 朝食は?」
「パメラ、お前は宿に避難してろ」
「避難って……」
パメラの言葉を無視し、俺は空を仰ぐ。吸い込まれそうな青色が、視界に広がっていく。その空に1つの雲が申し訳なさそうに浮かんでいた。
「やはり来るか……」
すると、雲が転進する。
木の板同士を叩いたような奇妙な音が降ってくると、その白い影は俺が住む街に真っ直ぐ向かってきた。
『シャアアアアア!!』
牙を剥いたのは、スカイサーモンだ。
強い魔力を帯びることによって、海から空へと生活の拠点を移した魔物である。
そのスカイサーモンの特徴は、人間の腕の骨ぐらいなら容易に噛み切る咬合力と、100匹ないし、1000匹以上の群れを形成して、襲ってくることだ。
「きゃああああ!」
「なんだ、あれ!?」
「魔物よ!」
「衛兵は? いや、ハンターを呼べ!!」
街の住人も気付き始めたらしい。
あちこちから悲鳴が上がり、皆が逃げ惑う。
逃げ遅れた子どもがわんわんと道ばたで立ち止まり、泣いていた。
その中で、俺は空を眺めたまま指先に銀貨を構える。
手を真っ直ぐ伸ばし、銀貨とスカイサーモンが重なるように照準を合わせた。
『シャアアアアアアア!!』
スカイサーモンは吠える。
この時期のスカイサーモンは気が立っていることが多い。おそらく産卵時期が近いのだろう。
魔物だって、生き物だ。子孫を残すための定期的な産卵は欠かせない。
生まれてくる子どものために、母親たちは群れをなして街を襲う。
そうなる前に、ハンターは目を光らせ対抗手段を執るのが鉄則なのだが、どうやら見逃してしまった群れがいたようだ。
「ゼレット! あんた、何をしてるのよ」
「スカイサーモンを討つ!」
「あんたはもうハンターじゃないでしょ? それに銀貨1枚でどうするのよ?」
本来なら魔物を討伐するために許可がいる。以前――高価な魔導具を作るための乱獲が問題になり、ハンターギルドや国に許可が必要になったのだ。
「正当防衛だ……。それに――――」
Dランクの魔物ぐらいなら、銀貨1枚でも高い……。
スカイサーモンの鋭い嘶きが聞こえる。
その距離は至近――。グロテスクな口内がはっきり見えた。
俺は銀貨に魔力を込める。ピリッと稲妻がスパークした瞬間、手に雷属性の魔法が宿る。
「終わりだ」
銀貨を弾いた。
高速――――いや、それほどではない。
指で弾かれ、クルクルと銀貨は回る。空から群れで襲いかかってくるスカイサーモンに比べれば、眠たくなるようなスピードだ
それでも銀貨はスカイサーモンに向かっていく。
大軍の兵士に、銀の鎧を着た騎士が突撃していくようなものだ。
瞬間、スカイサーモンの狭い額にピタリと銀貨が貼り付いた。
ビリリリリリリリリリッッッッッッッ!!
光が弾ける。
雷精の光がまるで魚を捕まえる手打ち網のように広がっていく。
本来、空から落ちてくる落雷が、降ってきたおよそ1000匹ものスカイサーモンを伝って駆け上がる。
すべてのスカイサーモンを余すことなく、雷撃の檻に捕らえた。
「すごい……」
『エストローナ』の入口で事の顛末を見ていたパメラは、呆然と呟く。
逃げ惑っていた街の住民たちも、空から落ちてくる大量のスカイサーモンを見て、おののいていた。
1匹、また1匹と落下してくるスカイサーモンは、すべて死んでいる。時々痙攣しては、目を剥いていた。
「こんなものか」
ふぅ、と溜息を吐く。
その瞬間、街の市民たちは沸き上がった。
「誰だ、やったのは?」
「ゼレットだよ!」
「S級ハンターの?」
「やめたんだろ、ハンター」
「もったいないなあ。あんなに強いのに」
そう。俺はハンターを辞めた。
パメラを含めて周りはもったいないと残念がるが、俺に後悔はない。ハンターを辞めても、こうして街を守る事はできるし、俺が辞めたからと何か生活に支障を来すようなことはない。
Sランクの魔物の討伐許可が下りなければ、ハンターでいる必要もないしな。
「ゼレット……」
ふらり、パメラが宿屋『エストローナ』から出てくる。
幼馴染みのエルフは、慰めの言葉でもかけてくれるのかと思ったが、違う。
道に落ちているスカイサーモンを拾い上げると、喉を鳴らした。
「ゼレット、これ…………」
「別に俺は悪くないぞ。群れで襲ってくるスカイサーモンには、雷属性魔法を広範囲に放って、一網打尽にするのが1番なんだ。地上に降りて、散開された後じゃ――――って、パメラ……聞いてるのか?」
「そう。やっぱりスカイサーモンなのね」
「だから何だ? 心配するな、掃除なら後で手伝って――――」
「ねぇ、ゼレット……」
「あん?」
すると、パメラはニヤリと笑った。
スカイサーモン、食べてみない?
ここまでお読みいただきありがとうございます!!
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