第38話 元S級ハンター、卵のコースを味わう
アストワリ家の中庭には、政財界の有力者たちが集まっていた。
有名料理店のオーナーや、舌に絶対の自信を持つという美食会のお歴々。
王国経済を支える大商会の副会頭や、他国の貴族もちらほら。
下は商会と顔が利く男爵家の当主から、王族とは昵懇の仲と豪語する大公爵家の次期当主まで、その顔ぶれは様々だった。
当然、俺のような平民は少ない。やや居場所を持て余していた俺は、リルのモフモフに癒やされながら、試食会の始まりを待っていた。
「あ~ら、誰かと思ったわよ、ゼレットちゃ~ん」
声をかけてきたのは、ギルドマスターだ。派手な紫色のドレスの上に、ファーを巻き、化粧を整えて戻ってきたらしい。唇のルージュが一層濃く、温かな陽光に包まれている野外試食場の中で、輝いている。
「めずらしい。ゼレットがあのローブを脱いだ姿でいるなんて」
「お似合いですよ、ゼレットさん」
ギルドマスターの背後から現れたのは、パメラとオリヴィアだ。
2人とも厨房から打って変わって、貴族が着るようなドレスを着用していた。試食会とはいえ、ドレスコードというものがあり、パメラもオリヴィアもアストワリ家が用意したドレスに着替えてきたのだ。
パメラは胸元に大きな花の刺繍が入ったドレスを着ていた。柔らかで温かみのあるオレンジ色の布を基調とし、ゆったりとした袖口と、スカートにはフリルがついていて、歩く度に右へ左へと揺れている。
お日様のようなパメラの金髪とよく合っていて、俺がこう称するのもなんだが、いつもよりも輝いてみえた。
一方オリヴィアのドレスは、パメラと違ってシンプルだ。
やや襟を絞めたデザインのドレスの胸元には、大きなリボンがあしらわれ、代わりに白い二の腕が露わになっている。
少し緑がかった薄水色のスカートは足首まで続き、薄い生地は蝶の翅のようにヒラヒラと動いていた。
「…………」
「どうしたんですか、ゼレットさん?」
「あら? もしかして、私たちのドレス姿に見とれた?」
金髪から伸びたアホ毛をピクピクと動かし、パメラは白い歯を見せる。
正装してても、やはり人間性というのは変わらないようだな。
とはいえ、パメラの指摘は事実だった。
「ああ……。2人ともよく似合っている。なかなかお洒落だ」
パメラとオリヴィアの顔が、ワインでも注ぐかのように赤くなっていく。
「あ、ありがとうございます」
「い、一応感謝するわ。ありがと、ゼレット。ただ普段から暑苦しい黒いローブを着けてるヤツに、お洒落だって言われると、なんか腑に落ちないけどね」
「あはははは……。それはちょっと否定できないかも」
なんだ? 人が折角褒めたのに……。
俺のファッションセンスを疑問視するなんて、失礼なヤツだ。
ところで、オリヴィアのドレスはどう見ても子供用だよな。仕立てた人間が勘違いしたのだろうか。本人は気に入っているようだが。
まあ、問題ないか。
「ところで、俺の弟子は?」
知能はミドリムシといい勝負だが、プリムも一応女である。参加する限り、ドレスコードを守るのが鉄則だ。パメラたちと一緒に着替えに向かったはずだが……。
「プリムさんなら、あっちですよ」
パメラが指差すと、隣のテーブルに置かれたケータリングの野菜とハムのサンドを夢中で頬張っているプリムを見つけた。
褐色の二の腕と腋を、元気いっぱいとばかりにさらし、膝まで見える丈の短いスカートからは尻尾が飛び出している。
白に赤い花柄のパーティードレス姿は、貴重ではあるものの、すでに野菜とハムのサンドを食べた時のパン滓にまみれていた。
どう考えても育ちの悪い、どこぞの令嬢にしか見えず、「この子、誰?」とばかりに周りの貴族たちは、顔を顰めていた。
……とりあえず他人のフリをして誤魔化そう
「あ! ししょー! これ! とってもおいしいよ!!」
どこのテーブルにあったのか。
骨に巨大な肉が巻き付いた肉料理を持って、こっちに向かって振る。
俺と、パメラたちが他人の振りをしたのは言うまでもなかった。
◆◇◆◇◆
試食会が始まった。
政治、財界、法曹界、学会――様々な分野に血が滲むほどの爪跡を残した者たちが集まる中、前に立ったのは、肌にピッタリと吸い付くようなカクテルドレスを着たラフィナだった。
十代にして、大人の色気が香る少女は、大胆に背中を出したドレスで登壇する。
自分の年齢より倍かそれ以上のお歴々の前で、立派に挨拶を務めた。
その姿は舞台に立つ女優のように輝き、挨拶を終えた後は、万雷の拍手で讃えられる。
それが済むと、早速1品目が運ばれてきた。
前菜は一口サイズのキッシュだ。
マッシュした南瓜に、スライスした玉葱とベーコン。それを卵と塩胡椒、牛乳、チーズを混ぜ合わせ、パイのように焼いている。
使われた卵は、普通の鶏卵だが、十分濃厚なコクを感じた。マッシュした南瓜の甘さとも相性がよく、前菜なのに深い味わいになっている。
「ふふ……」
微笑んだギルドマスターだ。
「この前菜はまるで挑戦状ね」
「どういうことだ?」
「ここにいる人は、自称他称はともかく舌が肥えた人ばかりよ。そして、ここに来た理由は1つ。リヴァイアサンの卵だわ。このキッシュもとてもおいしい。けど、ここの方たちはこう思ったはず」
リヴァイアサンの卵は、もっとおいしいはず……てね。
俺は頷く。
「なるほどな」
「前菜としては、これほど強烈に食欲をそそるキッシュはないわね。今、みんなの頭の中にこのキッシュの味がセットされたはずよ~」
続くスープは、参加者の興奮を抑えるような野菜の冷製スープだった。
今日も日差しが強く、冷たいスープは喉に心地よく潤し、火照った胃を冷やしてくれる。
しばし何事もなく、デザートのスフレオムレツまで続くのかと思いきや、出てきたのは、2種類の貝の貝柱に、チョウザメの魚卵が添えられた料理だった。
片や表面を焼いた貝柱に、片や酢と和えた貝柱に黒くつぶつぶとした魚卵が添えられている。
それを1度に食べる趣向らしい。
「うまい」
カリッとした表面の貝柱の甘みと、酢で和えただけの貝柱のプリッとした食感。間にかかったトマトソースの酸味もよく効いていた。
何よりチョウザメの魚卵の塩辛さは、複雑な味をうまくまとめている。
リヴァイアサンと比べると、やや生臭い風味は残るが、それでも強く海の料理を想起させるものだった。
卵ときて、次に魚卵。
このコースを考えた人間の狙いは明確で、そして小憎たらしい。
そして次の肉料理があっという間に終わる。皆の食べる速度が明らかに上がっていた。次のデザートを早くしてくれ、という雄叫びがお腹の底から聞こえてきそうだ。
その直後だ。
「お待たせしました。今日のメインディッシュ――が、デザートというのもおかしいかもしれませんが、リヴァイアサンのスフレオムレツです」
先ほど厨房で見たスフレオムレツが、ついに試食会場にやってきたのだ。
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※そして本日は『ゼロスキルの料理番』のコミカライズ更新日になっております。
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