第34話 元S級ハンター、海竜王を討つ!?
リヴァイアサンは死んでいた。
死して尚その殺気と覇気を残し、今でも近づくものを遠ざけようとしている。
そんなリヴァイアサンが、死んでも守りたかったもの……。
すなわち、それは1つしかない。
「プリム……」
「あいー」
俺はプリムに指示を出す。死んだリヴァイアサンに、弟子は無警戒で近づいていくと、蜷局を巻いた皮膚の間に手を入れて、大きく隙間を空けた。
「ししょー! すごいよ、ししょー!」
プリムの目がおもちゃ箱を開いた子どものように輝く。
俺もリルも、反射的に絶句した。
卵だ。
鶏というよりは、どちらかと言えば鮭の卵のように丸く、艶やかだった。
色は真っ白で、貝を開いた牡蠣のようにぬめっている。
大きさは手で抱えるほど大きい。想像していたよりも遥かに小ぶりだが、生物の卵としては、十分規格外の大きさだった。
そんな卵が、リヴァイアサンが巻いた蜷局の中に詰まっていたのだ。
「魔物でも、子どもを守ろうとするのだな」
その宝石のような輝きを見て、俺はしばし物思いに耽る。
俺は森の中にあるエルフの村で生まれた。
しかし、その村はもうない。
Sランクの魔物に襲われたのだ。多くのエルフが我が子を守るために奮闘したが、結局全滅に至った。
俺はハンターの師匠に拾われ、命からがら生き延びたが、そんな師匠も俺を魔物から守るために死んだ。
今目の前にいるリヴァイアサンは、死んでいったエルフや師匠と同じだ――と思ったわけじゃない。
魔物も、人間も対等なのだ。
その対等が生存競争の中で、今回は俺が勝利しただけなのだ。
「うらむなよ、とは言わん。……だが、今日は俺の勝ちだ、リヴァイアサン」
互いの命をかけた天秤。
その秤に命を載っていることを知らない人間が、命の尊さと平等を謳い、人の傲慢を説くのだろう。
ヘンデローネのようにな。
俺はプリムに手伝ってもらいながら、蜷局の中から卵を取り出す。
ぬるぬるしていて、滑りやすく、ちょっと気持ちが悪い。
でも、温かい。人肌ほどのぬくもりを感じる。それはまだ見ぬリヴァイアサンの子どもか、それとも我が子を産んで力尽きた母のぬくもりかは、俺にもわからん。
そして、この卵が今後どうなるかも……。
後は料理人と、それを求める依頼人の判断に任せるだけだ。
俺は命を奪うハンターではなく、食材提供者になったんだからな。
「さあ、帰るか」
帰りは氷壁のロッククライミングだ。
俺単独では時間がかかるが、プリムかリルに負ぶさっていけば、ものの10分程度で到着するだろう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
突如、地響きが起こる。
なんだ? 氷が溶けるにはまだ時間がかかるはず。
まさか強度計算をミスったか?
周囲を囲む氷壁が軋みを上げる。
ついにひび割れると、そこから海水が勢いよく噴き出し始めた。なおも鈍い轟音が響く。いや、近づいてきていると言い換えてもいい。
「プリム! リル!! 緊急離脱だ!!」
何か不味い予感がする。
いや、その予感は半分当たっていた。海中で戦うことになれば、いくら俺でも勝ち目はない。
『ワァウ!!』
リルがいつになく強く吠えた。
遅かったか。
瞬間、氷壁に大穴が開く。
現れたのは、当然リヴァイアサンだった。
雌竜のつがい――つまり雄竜のリヴァイアサンである。
『シャアアアアアアアアアアアア!!』
リヴァイアサンは鋭い嘶きを放った。並みのハンターなら、その場に居竦んで恐怖のあまり動けなくなるだろう。
それほどリヴァイアサンは怒っていた。
自分の子どもを奪われた怒り? いや、そんな複雑な思考ができるほど、賢くはないはずだ。
卵の近くは言わば、つがいと作った聖域――。
それを荒らされたことに怒り狂っているのだろう。
問題はリヴァイアサンだけじゃない。
湾のど真ん中にできた大穴に、今大量の海水が注ぎ込まれている。むしろこっちの方がまずい。
『シャアアアアアアアアアア!!』
それでもリヴァイアサンは容赦なかった。
完全に氷壁から出てくると、巨体を揺らし、泥状になった地面を蛇行してくる。
その速度は海中にいるよりは遥かに遅いものの、迫ってくる迫力は地上のどの魔物にも勝った。
こうなっては、プリムの膂力では抑えきれない。
撤退するにも、すでにリルは半身を海水に浸かっていて、身動きが取りづらい状況にあった。
逆に水を得たリヴァイアサンが、激しく威嚇してくる。
その巨体を砲弾のように飛ばし、一気に距離を詰めてきた。
俺は【砲剣】を構える。
海水がせり上がってくる速度を考えても、チャンスはワンショットのみ。
「十分だな……」
ドォンッ!!
腹を揺るがすような重い音が耳をつんざいた。
砲身から火を吹き、そして高速で撃ち出された魔弾はリヴァイアサンの眉間を貫く。
巨体が仰け反った。
『オオオオオオオオオオオオ!!』
リヴァイアサンの悲しげな声が轟く。
そして、その巨体は波間の中へと消えていった。
同じく俺の姿もまた海中へと没していくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「面白い」「続きを早く読みたい」と思っていただけましたら、
ブックマークの登録をお願いします。
↓の広告下に☆☆☆☆☆をタップいただけますと、作品の評価をしていただくことが可能です。
励みになりますので、評価の方もどうぞよろしくお願いします。