第33話 元S級ハンター、ついに海竜王と対峙する
「ちょっと! あんた、何をやってんのよ!!」
ギャアギャアと鴉みたいに騒ぎ立てたのは、ヘンデローネ侯爵夫人だ。
横のガンゲルも赤い顔をして、俺の方に抗議の意志を示している。
「見てわからんか。卵を取りに行くのだ。もう1匹のリヴァイアサンが産んだな」
「も、もう1匹だと! ま、まさか――――ゼレット! お前、ハンターたちを囮に使ったな」
その通り。
最初からハンターたちがリヴァイアサンの雄を引き付けている間に、俺は雌が産んだ卵をかっさらう作戦だった。
さすがに2匹のSランクの魔物を相手できるほど、俺も余裕はない。
だから――――。
「まさかゼレット様……。依頼内容をガンゲルに喋ったのって、わざとですか?」
「俺が逆上してガンゲルに喋ったと思っていたのか?」
ラフィナがそう思うなら、それなりに名演だったのだろうな。
そう。指摘の通りだ。
俺が依頼内容を喋ったのはわざとである。ガンゲルの性格であれば、その情報を横流しして、他のハンターや食材提供者を呼ぶぐらいの嫌がらせはするだろう。
リヴァイアサンが2匹いると気づき、ガンゲルやハンターたちが集まってくるのを見て、この陽動作戦を立てたのだ。
「ガンゲルよ」
「な、なんだ! ゼレット!」
「陽動とはこういう風にやるのだ。勉強になっただろう」
一昨日、船を湾内から逃がそうとして失敗したガンゲルやヘンデローネ侯爵夫人に見せつけるように、俺は穴の方を指差す。
「くそ!」
「な、なんて奴なの! こっちの作戦を利用されるなんて」
2人は揃って、岸壁の上で腰砕けになる。
その目から生気が失われ、とうとう反攻する意志すら喪失したらしい。
そんな2人を尻目に、俺はリルとともに凍らせたチチガガ湾を歩き出すのだった。
◆◇◆◇◆
俺はリルと、弟子のプリムを連れて穴の縁にやって来た。
改めて見ると、大きい。そして深い。目算で1200フィットといったが、海溝はかなり凸凹していて、深いところならそれ以上ありそうだ。
「プリム、リヴァイアサンの姿を確認できるか?」
プリムはよく目を凝らす。怪力と目の良さだけは折り紙付きだ。
深かろうと闇が濃かろうと視認することができる。
おそらく神がこいつを作る時、頭脳という部分を忘れて、すべて膂力と視力の方に割り振ってしまったのだろう。
まあ、おかげでこっちは大助かりだがな。
「いるよ、ししょー」
『ワァウ!』
リルのお墨付きも出た。
俺はリルの背に乗り、ついに穴へとダイブする。
城が7つぐらいたちそうな深度へと降下していく。なかなかのスリルだ。下腹部が浮き上がるような感覚を受けながら、俺はまず【砲剣】を構えた。
穴の中央に照準を付けて、銃把を引く。
弾丸が高速で撃ち出されると、次の瞬間炸裂した。
強い光が穴全体を照らす。照明弾という奴だ。
直後、俺たちはついに穴底に着地した。城7段分の距離から落ちても、リルは何事もなかったかのように衝撃を吸収する。
おかげで、俺が着地したことを忘れて、照準から目を切るのが遅れた。
「ししょー!」
「どうした、プリム?」
俺は振り返る。
すると、プリムがぬかるみを帯びた地面に半身まで浸かっていた。どうやら衝撃を吸収するのを失敗したらしい。
というか、こいつそれでよく無事だな。
引き上げて、半身がなくなってました、なんてことはないだろうか。
「リル……。助けてやれ」
リルはプリムの首根っこを咥え、引き上げる。
プリムの足はしっかりと付いていた。代わりに海底の泥が付着し、臍から下の身体の色がはっきりと変わって、見事にツートンカラーになっていた。
……なかなかお洒落じゃないか。
「ありがとう、リル! 大好き!」
プリムはわしゃわしゃとリルの毛を撫でる。
無邪気な獣人娘と神獣という取り合わせ。言葉にすると、絵になりそうな光景だが、リルは泥だらけのプリムに抱きつかれて、とても迷惑そうな顔を浮かべている。
リルの恨みがましい顔を横に見ながら、俺は辺りを探った。
いる……。
間違いなく、俺たち――穴の中に入ってきた異物を認識して、こちらの様子を窺っている。こちらが明らかに敵対的な意志を見せれば、すぐさま襲いかかってくるだろう。
俺の予測が間違っていなければ、リヴァイアサンの雌竜だ。
周囲の海水は凍り、海底が剥き出しになっている。つまり、否応なくヤツは海中ではなく、地上にいるはずである。
「まあ、リヴァイアサンには関係ないか」
リヴァイアサンは水中でも、地上でも、水圧の厳しい深海でも生きていられる魔物だ。地形の不利などお構いなしに暴れるだろう。
対して、俺の基本戦術は長距離による狙撃。獲物の頭を抜くことができない状況とはいえ、狙撃手が現場に出た時点で、不利は決定的だ。
俺は【砲剣】を構えながら、気配のある方向へと距離を詰める。
なかなかの緊張感だ……。
やるかやられるか。
Sランクの魔物と戦ったことがある者しか味わえない恐怖……。
久しく忘れていた感覚に、俺は顔の緩みを抑えきれず、笑った。
しかし、達成感に耽る時間はない。照明弾の発光時間には制限があるし、周囲の氷もいくらも持たないはずだ。
逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと急ぎながら俺たちはついにその場所に辿り着いた。
「――――ッ!」
目の前の光景を見て、言葉を失う。
リルも口を閉じ、まるで哀悼を示すようにお尻を付けて、尻尾を振った。
一際大きく反応したのは、プリムだ。
「ししょー! ししょー!! すごいよ! でっかいう――――」
タンッ!
乾いた音が鳴る。
ひー、ひー、と息を吐きながら、プリムは俺が打ち込んだ魔弾を口にくわえていた。なかなか器用なヤツだ。雑伎団に売り飛ばしたら、さぞかし高値で売れるだろう。
その無駄弾の代金ぐらいは、すぐに稼ぎ出すだろう。
「な、何をするんだよ、ししょー! 【砲剣】を人に向けて撃っちゃダメなんだぞ!」
「大丈夫だ。お前は人じゃないだろ」
「あ! そうか! すごい! ししょー、頭がいい!!」
こんなにも嬉しくない称賛を受けたのは、初めてだ。
「お前、少し黙ってろ」
「あい」
俺は改めて顔を上げる。
そこにあったのは、巨大な蜷局だ。
深海に適応するため退化した外皮は、滑らかな絹のようで、照明弾の明かりを受けて、ぬらぬらと光っている。首の下から尻尾付近まで続く背びれは鋭く、岩すら切り裂けそうだ。
巨大な丸太を思わせるほど太く、紡錘形に盛り上がった蜷局の頂点にあったのは、顔である。暗緑色の瞳を開き、口の中にまた口が開いているような二重の顎門がカッと開いていた。
殺気と覇気を感じる。女子どもであれば、身が竦み動けないだろう。
圧巻とも思えるほど、そのリヴァイアサンは俺たちの方を見て威嚇していた。
俺はスコープから目を離し、やがて砲身の先を地面に向ける。
やや肌寒さを感じる海の底で、俺は呟いた。
「死んでる……」
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