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第31話 元S級ハンター、確信する

 沖の方がにわかに騒がしくなる。


「出たぞ!」

「リヴァイアサンだ!」

「退避しろ! 退避!」

「いや、逆だ! 追いかけろ! 追いかけるんだよ!」

「そこに卵があるぞ!」


 ハンターや食材提供者は、混乱していた。


 一昨日、チチガガ湾内に現れた時以来、姿を見せていなかったリヴァイアサンが突然出現したのだ。海面から顔だけを出し、その大きな顎門を、湾内や浜辺で待機していた冒険者に向かって開いた。


『シャアアアアアアアアアアア!!』


 お決まりの警戒音を、群がってくるハンターたちに向けて放つ。


 基本的にリヴァイアサンは警戒心が強い魔物だ。一昨日のような特別な状況でもなければ、人を襲ったりはしない。


 基本的に深海や中深度に生きる生物なので、浅瀬や水面には滅多に現れないはずである。


 まさに海中という王宮に住まう王様なのだ、リヴァイアサンは。


 それはハンターや、魔物食を生業とする食材提供者たちも熟知しているらしい。


 リヴァイアサンの動きを見て、浜辺に待機していたハンターたちは我先とばかりに、船に乗り込む。


「どけどけ!! 俺様が先だ!!」


 勇ましい声を上げて海中に飛び込んだのは、シャーナックだ。


「キャッ!!」


 側にいたパメラを突き飛ばす。


「ちょっと! 何をするのよ!!」


「おっと失礼! ……へへ! ゼレットさんよ! 卵を見つけるのは、どうやら俺様の方が先のようだな」


 そう言って、シャーナックはふんどし一丁で、海の中へと入っていく。


 そのまま凄まじい勢いで、海の中を泳ぎ、沖へと出て行った。


「大丈夫か、パメラ!」


 パメラに手を貸す。幸い怪我はしていないようだが、その頬は怒りで真っ赤になっていた。


「なによ、あいつ! 絶対わざとだわ!! ゼレット! あいつ、絶対にぎゃふんと言わせるのよ」


「俺の生涯において、『ぎゃふん』なんて謎の単語を発したヤツはいないんだがな」


「悠長に構えてる場合じゃないわよ! あんたも追いかけないと」


「ゼレット様、あれを見て下さい!!」


 目くじらを立てるパメラをよそに、海面に姿を現したリヴァイアサンは、群がってきたハンターたちを見て、迎え討つという雰囲気ではなかった。


 それどころか、Sランクに該当するリヴァイアサンが、まさしく尻尾を向けて逃げ始めたのである。


 この動きに、沖の方は大騒ぎだ。


「リヴァイアサンが逃げていくぞ!」

「チャンスだ! 追え! 追え!」

「その先に卵があるかもしれないぞ」

「俺が先だ!!」


 ハンターや食材提供者たちは、鼻息を荒くする。


 しまいには、近くの船に魔法をぶっ放し、妨害する者まで現れた。


 興奮していたのは、リヴァイアサンを追ったハンターたちだけではない。


 岸壁から見ていたガンゲルとヘンデローネのはしゃぐ声が、俺たちがいる砂浜まで響いていた。


「見なさい、ガンゲル! リヴァイアサンが逃げていくわ!!」


「み、見えてますってば、侯爵夫人!! だ、だからそれ以上頭を揺らすの止めて下さい……!」


 あっちはあっちで熱烈によろしくやっているらしい。


 割といいコンビだな。祝福しよう。


「出遅れたな、ゼレット!」


 そのガンゲルは俺と視線が合うなり、水を得た魚のようにニヤリと笑う。


 沖合へと出て行くリヴァイアサンと、それを追いかけるハンターたちを指差し、得意げに鼻を鳴らした。


「調子づいて、自慢したお前が悪い。今さらハンターギルドに戻りたいといっても、もう遅いぞ」


 誰が戻るか。


 俺は何も言ってないだろう。戻って欲しいのは、ガンゲルの方じゃないのか。


 それに俺は別に出遅れてなどいないのだが……。


「負け惜しみを言いやがって。後で吠え面かいても知らないぞ」


「さて――――。それはどっちだろうな」


 俺は薄く笑った。


 一気に浜辺が静かになる。周囲にいたハンターやら、食材提供者たちがいなくなったからだ。


 残っているのは、俺たちと岸壁に立つ、ガンゲルとヘンデローネだけ。


 浜辺には、ハンターたちの足跡と、ゴミだけがうち捨てられていた(海辺のマナーも知らないのか?)。


 風が出てくる。


 湾の北側から吹いていた風が、急に東からの風に変わる。沖の方から鈍重な雲が流れてくると、徐々に波が高くなり、白波が岸壁を打ち据えた。


 突風が何の障害物もない浜辺を駆け抜け、広げていたパラソルを飛ばす。


「嵐が来そうですわね」


「沖合に出て行ったハンターさんたちは、大丈夫なのでしょうか?」


 ラフィナが空を仰げば、オリヴィアは波間の向こうに消えたハンターや食材提供者たちのことを(おもんぱか)る。


 パメラも浜辺に作った即席の竈の火を消し、息を飲んだ。


 急な悪天のおかげで、周囲の空気が重くなる。


 この場で緊張していないのは、おそらく飛んでいったパラソルを、キャッキャ言いながら、追いかけている馬鹿弟子ぐらいだろう。


 すると、ずっと浜辺で伏せていたリルが顔を上げる。


 鼻を立てて、東から吹いてきた強い潮を吹くんだ風の匂いを嗅ぐ。


「リル!!」


『ワァウ!!』


 リルは元気に吠える。


「来たか!!」


「何が来たのですか、ゼレット?」


「破水だ」


「破水? 誰か妊娠されたのですか? まさか――――」


「お、オリヴィアさん、なんで私の方を見るんですか? わ、私じゃないですよ」


「すみません。てっきり、もうそういうご関係なのかと……」


「と言うことは、まだわたくしにも目が――――」


「ラフィナお嬢さま、何か言いましたか?」


「別に何も言ってないわ」


 3人の女たちは、実に(かまびす)しい。というか、単純にうるさい。


 俺は「やれやれ」と首を振った。


「誰も妊娠していない。破水したのは、リヴァイアサンだ」



「「「リヴァイアサン!!」」」



 パメラ、オリヴィア、そしてラフィナは声を揃えた。


 素っ頓狂な声に、パラソルを捕まえて帰ってきたプリムはパチパチと目を瞬く。


「なるほど。考えてみれば、卵を産むんだから、破水が起こる可能性は十分にあるわね」


「でも、どうしてそれがわかったんですか、ゼレットさん」


「リルの鼻だ」


「リルさんはリヴァイアサンの破水の匂いをかぎ分けることもできるんですか?」


 さすがに、リルもそこまで万能というわけではない。


 俺がリルに命じていたのは『変わった匂いがしたら知らせろ』だ。


 浜辺には様々な匂いが渦巻いている。潮の匂い、食べ物の匂い、磯の匂い、人間の匂い、その他様々だ。


 それらはありふれていて、この浜辺に無数にある匂いだが、破水――つまり羊水の匂いなんて、早々空気に混じるものではない。


 街中ならわかるが、リルの目は海の方を向いている。


 間違いなく、リヴァイアサンの出産が始まる合図だ。


「ゼレット様、それを待っていたんですね」


「すごい……。羊水の匂いで、魔物が出産したかどうか確かめるなんて」


「でも、ゼレット……。リヴァイアサンは沖の方に出て行ったわ。ハンターたちも追いかけているし。結局、先を越されるんじゃ」


 心配そうに見つめるパメラの頭に、俺は手を置いた。


「問題ない。リヴァイアサンのあの動きを見て、確信した」


 何より、文献に書かれた10日前後という日にちから、大きくズレた予定日。


「間違いない――――」



 リヴァイアサンは2匹いる……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 他の方も指摘されており、また書籍版で修正もされているとのことなので今さら余計な事ではありますが。 用語(今回では卵生や破水など)にはしっかりした定義があります。それらを理解したうえで用いない…
[気になる点] 他の方が疑問であげられた点について自分も疑問がありましたので、その回答に対するさらなる疑問です 生物としてありえないからと言うのが理由ならば、卵生だからと言う発言にはならない筈です …
[気になる点] 「なるほど。考えてみれば、卵を産むんだから、破水が起こる可能性は十分にあるわね」 ⇒水中に棲む卵生生物であるリヴァイアサンなら、魚類や両生類同様に羊膜を形成しない脊椎動物の胚は外界の水…
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