第30話 元S級ハンター、クライマックスへ向かう
◆◇◆◇ ガンゲル 視点 ◇◆◇◆
くくく……。ゼレットのヤツ、墓穴を掘りやがったな。
お前は確かに、私が見てきた中でも最高に近いハンターだった。それは戦績を見れば、一目瞭然だろう。
だが、私からすれば、まだまだ甘ちゃんだ。
私に見せつけるために、依頼内容をペラペラと喋ったのだろうが、仇になったな。
こうなったら、お前より先に見つけて、あの公爵令嬢に高く売りつけてやる。
「ぐふふふ……」
「何を笑ってるのよ。気持ち悪いわね」
遠眼鏡で海を覗き込んでいた私は、ヘンデローネ侯爵夫人に頭を叩かれる。
持っている遠眼鏡はとても武骨で大きい双眼鏡であったが、侯爵夫人の顔が大きすぎて、小型のオペラグラスのようだ。
「夫人、うまくいきましたね」
私は早速揉み手をし、ご機嫌を取る。
しかし、今日の夫人の機嫌はこの程度では晴れないらしい。
双眼鏡から目を切ると、「ん?」と私の方を向いた。側付きに日傘を持たせていたヘンデローネ侯爵夫人の目は、影のせいか少し赤いように見える。
自分の船が壊れたのは、一昨日のことだ。
それから私にハンターや食材提供者を雇うように指示を出してからは、昨日までずっと宿の中で泣き喚いていた。
時にリヴァイアサンに、時にアストワリ家の令嬢に、時にゼレットに憎々しげな声を荒らげていたことを、私は知っている。
夫人のおかげで、宿の部屋の中はガチョウの羽毛まみれだ。
掃除をさせるため連れ出し、ゼレットたちが困っている顔でもみれば、気分も晴れるだろうと考えていたが、浅はかだったらしい。
「ガンゲル……」
「は、はい……」
「リヴァイアサンはもう卵を産んだのかしら」
侯爵夫人はぼんやりと呟く。
「それは…………おそらく産んでいないかと」
「どうして、あんたにそれがわかるの」
…………。
私は沈黙した。
何故なら舌の上に載せることすら拒否したくなるような言葉を、今から喋らなければならないからである。
「ゼレットです」
私はまず短く答えると、ヘンデローネ侯爵夫人は薄い眉を動かした。
「何故、あのハンターの名前が出てくるの?」
「あまり褒めたくはないですが、ヤツのハンターとしての腕は一級品です」
性格こそ問題があるが、魔物の知識――特にヤツが目の敵にしているSランクの魔物に関して、王国の魔物研究家が舌を巻くほどだ。
ハンターとしても一流だが、魔物の研究家としては、ヤツは非凡なのである。
「あのハンター、Sランクの魔物に並々ならぬ執着があるようね。実に醜い」
ヘンデローネ侯爵夫人は吐き捨てる。
「ヤツが子どもの頃に住んでいた村が、Sランクの魔物に襲撃を受けたそうです。詳しくは知りませんが……」
「魔物に逆恨みなんて。ますますおぞましいハンターだわ。これだから嫌いよ、野蛮人は」
「仰る通りかと……」
「けれど、ようやくわかったわ。……あのハンターが動かないから、他のハンターや食材提供者も動かないのね」
なかなか鋭いところを突く、と思わず感心してしまった。
そうなのだ。各所から集まってきたハンターたちも、リヴァイアサンではなく、ゼレットの動向に注目しながら、浜辺や沖合で待機を続けていた。
ハンターたちの行動を見た食材提供者も、その動きを見て察したようだ。同様に、ゼレットの行動を観察している。
着々とゼレット包囲網が広まりつつあった。
これでゼレットも身動きが取れまい。私としては、卵をゲットするよりも、ゼレットが依頼を失敗する方がいいのだ。
そして、失敗に打ちひしがれるヤツの背中に、こう言ってやる。
『200万で受けておけばよかったのにな』
とな――。
狡猾とゼレットは、私を呪うかもしれないが、痛くもかゆくもない。
楽しみだよ、ゼレット。
お前の顔が、涙で歪むのがな。
◆◇◆◇ ゼレット 視点 ◇◆◇◆
『くしゅん!』
くしゃみをしたのは、俺の横で寝そべるリルだった。
ズルッと鼻水を吸い込み、瞼を閉じて眠り続ける。俺は労るように、そのモフモフの毛を撫でた。暑いとはいえ、ずっと潮風を浴び続けているのも、あまりよろしくない。
とはいえ、この浜辺から離れるわけにもいかなかった。
「悪いな、リル。もうちょっと我慢してくれ」
わしゃわしゃ撫でる。氷狼の毛の中は、思いの外冷たい。リルの基礎体温が低いからだろう。
モフモフな上に、冷やっこい毛を存分に堪能したいところだが、残念ながらリル自身は暑さが苦手だ。普段よりも体力が落ちているため、あまり無理もできなかった。
「ゼレット様、気付いておられますか?」
薄い羽織を肩に掛けたラフィナが近づいてくる。黒い髪を、鍔広の麦わら帽子の中に収めていた。
「人がどんどん増えてきてますね」
オリヴィアも話の輪の中に入る。周囲を伺いつつ、同業者を探しているらしい。
「それに伴って、わたくしたちに向けられる視線も多くなってきていますわ」
「美女を見て、鼻の下を伸ばしているんじゃないのか?」
「ぜ、ゼレットの馬鹿! そういうのじゃないわよ、これは!」
パメラが胸の前でビーチボールを抱きしめながら、周囲の視線を伺う。
無論、俺は気付いていた。チチガガ湾の浜辺に集ったハンターや食材提供者たちの視線を……。
その頭に浮かんでいる漁夫の利を狙った考え方もだ。
「ゼレット……。依頼のこと、あのガンゲルっていうギルドマスターに話さない方が良かったんじゃないの?」
パメラが心配そうに見つめる。
俺はビーチチェアから立ち上がった。その動きを見て、周囲の空気がピンと張り詰めたが、俺がやったことといえば、パメラの頭をポンポンと撫でることだった。
「心配するな、パメラ。……ところで、俺が卵を捕った後の段取りは進んでいるのか?」
「うん。料理ギルドのギルドマスターが進めているはずよ」
なるほど。こっちにあのギルマスがいないのは、そういうことか。
「資金の方も問題ありませんわ、ゼレット様」
「準備万端です!」
最後にオリヴィアが胸を張った。
ということは、後は俺が卵を捕ってくるだけか。
にしても、リヴァイアサンはなかなか動かないな。
文献によれば、湾内で確認されてから10日前後と書かれていた。
チチガガ湾にリヴァイアサンが出現し始めて、20日以上が経過している。さすがに遅すぎる。
「もう10日以上経ってるってことだよね。難産なのかな?」
パメラが首を傾げる。
「いや……。そういうことじゃない。俺の推測が正しければ、それぐらいのズレは問題ない」
「どういうことですか、ゼレット様」
「引き続き待機だ」
その時だった。
リヴァイアサンだ!!
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