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第28話 元S級ハンター、予言する(後編)

「はあ? 我々が頭を下げるだと! 何を言っておるのだ、ゼレット! ……はは~ん。さてはお前、悔しいのだろう。卵を取れなくて。なんせ4000万グラが露と消えるんだからな」


 ガンゲルは「くははははは!」と笑い声を響かせた。


 随分と悪役が板についてきたようだ。昨日、侯爵夫人に頭が上がらなかったギルドマスターと同一人物とは思えないぐらいにだ。


「簡単な話だ。この作戦は失敗する」


 俺は海水を含ませた布を口に巻き、答えた。


 その言葉に、ガンゲルは当然眉を顰める。


「はっ! 負け惜しみか、ゼレット」


「負け惜しみの意味を調べてから使うんだな、ガンゲル」


「なっ! い、言わせておけば――――」


「あなたは黙ってなさい、ガンゲル……」


 ヘンデローネはガンゲルの言葉を遮ると、落ち着いた調子でこちらを向いた。


「あたしも同感よ。負け惜しみじゃなければ、何だと言うの、元S級ハンター」


「そもそもお前らは『不魔の香』を勘違いしている」


 ガンゲルたちだけじゃない。『不魔の香』の効力を勘違いしているハンターは多い。


 たいていの人間は、あの煙が魔物の嫌がる匂いを発していると思っている。


「だが、それは大きな間違いだ」


 『不魔の香』の原料は、ワイバーンの汗だ。


 ワイバーンは戦いの時に汗を大量に掻いて、抗戦に入る。


 それは戦太鼓を叩くようなものであり、「勝負しよう」と言っているのようなものなのだ。


 この匂いに敏感な魔物のほとんどが、ビビって距離を取ろうとする。『不魔の香』とはそういうものなのだ。


 しかし、弱い魔物なら逃げるのだが、強い魔物だとそうもいかない。


「ししょ~~」


 この緊急時に、王国にある凱旋門みたいな砂城の横で手を振っていたのは、プリムだった。


 煙の中でも平気な顔をしたプリムは、あっちと指差す。


「リヴァイアサン、来たよ~~」


 プリムの視力はリルですら舌を巻く。遊びなら我が弟子は、ずっとリヴァイアサンの動向を、その桁違いの眼力で確認し続けていたのだ。


 そしてついにリヴァイアサンは動いた。


 プリムが指し示した方向を見ると、黒い陰影が煙の充満した湾内に侵入していく。それは俺だけじゃない。ガンゲルやヘンデローネの目にも映る。


「ちょ! どういうこと!? リヴァイアサンが湾内に入ってきたわよ!!」


「そんな! なんで!! あんなに香を焚いているのに」


 揃って目を剥き、姉弟のように仲良く頭を抱えた。


「『不魔の香』は魔物の嫌がる匂いなんかじゃない。むしろ魔物を挑発するための物だ。特にリヴァイアサンのような高ランクの魔物にはな」


「「な、なにぃぃいぃいいいいいいいいぃい!!!???」」


 ガンゲルとヘンデローネが仲良く叫ぶ。


 その瞬間、リヴァイアサンの頭が水面から浮かび上がった。まるで撥条のように跳ね上がり、その巨体の一部が地上に現れる。


 巨大な鎌首をもたげ、鋭い牙が光る顎門が開いた。


 紫色の瞳を燃え上がらせ、龍鬢とヒレのようなものをヒラヒラと動かし、自分よりも小さき者たちを見下げる。


『シャアアアアアアアアアアアアア!!』


 雷鳴のような嘶きを響かせる。


 1度対峙した経験のある俺でも、あれほど怒っているリヴァイアサンを見るのは初めてだ。


 どうやら虎の尾ならぬ、リヴァイアサンの尾を踏んでしまったらしい。


「ああああああ!!」


 リヴァイアサンの登場に頭を抱えたのは、漁師たちだ。


 その巨体が、大事な漁船へと向かっていた。


 煙のおかげで気が立ち、水面に浮かんでいるものすべてが、敵に見えているに違いない。


「リル! 漁船を守れ!」


『ワァウ!!』


 リルは走る。風の刃となって、煙を切り裂いた。


 漁船が止まっている係留所の前でブレーキをかけ、リヴァイアサンを迎え討つ。


「ちょ! リルちゃんだけ戦わせるの!」


 リヴァイアサンの前に踊り出たリルを見て、パメラは声を上げる。


 すると、リルは大きな口を上げて吠えた。


『ワォォォオオオオオオオンンンンン!!』


 空気がビリビリと震える。


 凄まじい音圧を持った声が、チチガガ湾全体に響き渡った。


 まさに声の爆弾――それをまともに食らったのは、他でもないリヴァイアサンだ。


 海竜王の動きが止まる。そこに俺は滑り込むように係留所に到着した。すでに【砲剣】に弾を込め、レバーを引く。


 すかさず狙いを付けた。


 スコープ越しに、頭を揺らすリヴァイアサンを確認する。


 その海竜王は、勢いよく伸ばした首を巡らす。明らかに目を回したような動きだ。同時にリヴァイアサンから戦意が失われていく。


 もうあとちょっとで係留所というところで、方向転換を始めた。湾の北側へと竜頭を向く。


「あ! あああああああああああああ!!」


 ヘンデローネが素っ頓狂な声を上げたかと思えば、突然岸に沿って走り出した。


「なんだ?」


 俺は砲剣の構えを解きながら、首を傾げる。横のリルも『はっ! はっ!』と息を吐きながら、走るボンレスハムを見送った。


「ゼレット様、あれですわ?」


「ん?」


 遅れてやってきたラフィナが指を差す。


 よく見ると、1隻の船が出航していた。やたらと豪奢な飾りが付いた帆船は、まだ湾内に漂う紫色の煙に紛れるように沖へと船首を向ける。


「どうやら、ヘンデローネ侯爵夫人の作戦は、初めから2つ用意されていたようですね。こういう悪知恵はよく働く方ですから」


 ヘンデローネの目的は、最初から自分の船をチチガガ湾から脱出させることだったのだ。


 『不魔の香』によってリヴァイアサンが沖から退散してくれれば問題なし。『不魔の香』によって逆上しても、湾内で暴れている内に煙に紛れて、自分の船は脱出する。そんなところだろう。


 どうやら、『不魔の香』の本当の効力も、侯爵夫人もハンターたちも知っていて、使ったようだな。


 魔物除けの薬は他にもいっぱいある。俺ほどのハンターでなくても、リヴァイアサンが逆上することは、参加したハンターならわかるはずだ。


 しかし、目論見は大きく外れた。


 今、沖へと出航する船に向かって、リヴァイアサンが真っ直ぐ向かっていく。


「と、と、とまりなさ~~い。いい子だから……。り、リヴァイアちゃ、ん……」


 ヘンデローネはフラフラになりながらも走り続ける。


 全身から発汗し、そのまま溶けてなくなってしまいそうだ。


 しかし、「止まって」と言われて、Sランクの魔物が止まるなら、ハントはもっと簡単になるだろう。


 そもそも魔物に人間語は通じない。


 直後――――。


 グシャッ…………。


 紙を丸めたような音を1000倍増幅させた軋みが、湾内に響いた。


「ギャアアアアアアアアアア!!!!」


 ヘンデローネ侯爵夫人は両頬を押さえ、絶叫する。青い顔をし、窯に入れたバターのように腰砕けになり、その場にへたり込んだ。


 もうどうしようもない。


 ただただ自分の船が、リヴァイアサンに蹂躙されていく姿を見ているしかなかった。


「天罰ですね。他の漁船を犠牲にして、自分の船を逃がした罰ですわ」


 微動だにしないヘンデローネの背中に、ラフィナは厳しい言葉と視線を投げかける。


「安心しろ。乗組員はリヴァイアサンが来る前に海に飛び込んで無事だ」


 俺は砲剣に付けている遠眼鏡(スコープ)を覗きながら、状況を確認する。すでにプリムを救助に向かわせていた。


 あいつの力と心肺機能は異常だ。


 例え海中であろうとも、2、3人ぐらいなら担いだまま、岸まで泳ぎ切る能力がある。


「これでわかっただろう、侯爵夫人。Sランクの魔物の保護政策なんて、どだい無理な話なのだ。今回は船だけで済んだが、今度はお前の家族が命を亡くすかもしれないぞ。これに懲りたら――――」


「絶対御免だわ……」


「はっ?」


「あたしは間違っていない。だって、リヴァイアサンは命なんですもの。それを摘むなんて、人間のエゴよ」


 最初に聞いた言葉を、まるでお題目のように唱える。


「……あたしは何も間違っていない! 間違っていないわ」


「ヘンデローネ侯爵夫人!!」


 ラフィナは道ばたで惚ける淑女の頬を張る。汗でぬるぬるになった肌は、ぷるりとプリンのように震えた。


 ラフィナの平手の衝撃を吸収したかに見えたが、ほんのりと頬が赤くなっていった。


「失礼しました、夫人。確かにあなたは何も間違っていませんわ。リヴァイアサンも1つの命……。しかし、それを守ることが果たしてリヴァイアサンが本当に望むことなのでしょうか?」


 船体を真っ二つにしたリヴァイアサンは、そのまま沖へと戻っていく。徐々にその竜頭は海中に隠れ、やがて未だ煙がたなびく湾内から消えた。


「我々は手を貸さなくても、彼らは立派な生き物ですわ。命を摘み取ることを強欲というなら、過剰な保護を掲げることもまた、人間の強欲というものではありませんか?」


 ラフィナの言葉に、ヘンデローネ侯爵夫人は答えを返さなかった。


 砕けた腰を持ち上げる。そこにガンゲルがやってきて、肩を貸しながら引き下がっていった。


「あれはまだ反省してない様子ですわね」


 やれやれと、ラフィナは首を振る。


 同感だ。またどこかでやらかすだろう。あのコンビは……。


「どうするの、ゼレット?」


 パメラが俺の方を覗き込む。


「どうするもこうするもない。俺たちの目的は、リヴァイアサンではなく、その卵だ。そうだろう?」


「はい。その通りです。引き続き頑張りましょう!」


 オリヴィアは「おお!」と小さな手を上に掲げるのだった。


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