第27話 元S級ハンター、預言する(前編)
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◆◇◆◇ ヘンデローネ 視点 ◇◆◇◆
ああ……。暑かった。
なのに何の成果もなかったなんて、屈辱以外の何ものでもないわ。
屈辱といえば、何なのあの元ハンター! そして公爵家の令嬢は!!
特にあのラフィナとかいう小娘は生意気よ。当主はどういう教育をしているのかしら。
今度パーティーの席で見つけたら、数人で囲んでいじめてやるんだから。
それにしても今日泊まる宿ってここなの? かび臭くて鼻が曲がりそうなんだけど……。
夫に綺麗だねって褒められた鼻が、豚鼻になったら、宿主は責任を取ってくれるのかしら。
暑い、暑い……。
肌もヒリヒリするし。もっとたくさん日焼け止めを塗っておくべきだったわ。
「ほら、もっと強く扇ぎなさいよ」
「は、はい! すみません、ご当主様」
あたしは水を飲みながら、連れてきた側付きに怒りをぶつけた。如何にも垢抜けない田舎娘は、慌てて扇を強く扇ぐ。
「この水も、なんでこんなに温いのよ。もっと冷たいのないの?」
「申し訳ありません、当主様。今、水を凍らしている最中でして」
「言い訳なんて聞きたくないわ! 取り替えなさい!」
「かしこまりました!」
別の側付きが、グラスごと下げると、部屋を出て行く。
代わりに入ってきたのは、ガンゲルだった。相変わらず営業スマイルが下手だ。森に住むゴブリンの方が、もっと愛想よく笑えるだろう。
「何よ、ガンゲル。リヴァイアサンは追い払えたの?」
「それが……まだでして――――」
ガンゲルは頭を下げる。
「じゃあ、なんでここに来たの?」
「実はお耳に入れたいことがありまして」
「しょうもないことだったら、リヴァイアサンの餌にするわよ」
「自信がございます」
ガンゲルは目を光らせ、滔々と語った。
確かにそれは興味深い話だった。どうやら料理ギルドは、リヴァイアサンの卵を捕獲しようとしているらしい。
それを聞いた時、あたしの魅惑ボディは震えた。おぞましい。人間が食べるために、卵を捕獲しようなんて……。許せないわ。
「あと、リヴァイアサンがここ数日大人しいのは、ゼレットが連れてる神獣のせいのようです。おかげで海は穏やか――――」
「沖にいることは確かなんでしょ? それじゃあ、何の解決にもならないじゃない! ノコノコ船を動かして、リヴァイアサンにあたしの船が潰されたら、あんた弁償してくれるの?」
「も、申し訳ありません」
ガンゲルは慌てて頭を下げ、縮こまる。
「しかし、ヘンデローネ様……。このまま沖に留まられては、集めたハンターも形無しです。リヴァイアサンは海では無類の強さを誇ります。チチガガ湾に引きずり込み、ある程度地上からの援護が見込めない限り難しいかと」
「あなた、馬鹿なの! そんなことをして、リヴァイアサンを傷付けたらどうするの? あなた、責任を取れるの? かけがえのない命の責任を!」
「そ、そんなこと言われましても……。手を出さずして、追い払うことは難しいかと。リヴァイアサンが諦めるのを待つしか」
「それよ」
あたしはパチリと指を鳴らす。
「リヴァイアサンに諦めてもらえばいいのよ」
「ど、どうやって?」
「そんなもの、あんたが考えなさい。要はチチガガ湾がとても危険な場所だって知らせればいいのよ。ほら! あるじゃない! 匂いとか音とか使って」
「匂い……。音……ですか! か、かしこまりました! このガンゲルめにお任せあれ」
ガンゲルは深々と頭を下げて退室していく。
全く頭が悪い男だわ。あれでギルドマスターなんて信じられない。野蛮なハンターの上司なんだから、何も考えずに魔物を虐殺してきたんでしょうね。
暑いわ、暑い……。
「ちょっと! まだ冷たい水は来ないの?!」
はあ……。また一段と暑くなったわね。
◆◇◆◇ ゼレット 視点 ◇◆◇◆
チチガガ湾にキャンプを張って、3日が経とうとしていた。
最初は海水浴を楽しんでいたパメラたちも、少々飽きてきたらしい。特に何をするでもなく、ぼうと海を眺めていることが多くなった。
俺はビーチチェアでくつろぎ、もらった前金を使って、優雅に過ごしていた。
おかげで少し太ってしまったので、今朝は浜辺をぐるりと走ってきた。
プリムがせっせと作っていた砂城が、2階建ての建物ぐらいになろうとした時、それは突如として始まった。
今日は浜辺にいないと思っていたハンターたちが、手漕ぎの小舟に載って、海へと繰り出していく。
リヴァイアサンがいる沖には出ず、湾内に留まると、突如煙を焚き始めた。煙は湾内の複雑な気流によって滞留を始め、しばらくしてチチガガ湾に紫色の煙が立ちこめることになる。
「ごほごほ! ちょ! なによ、これ!」
セパレートのワンピース水着の上から、上着を着たパメラは、手で煙を払う。
「全くもう……。突然、なんですの?」
ラフィナもむせ返っていた。
『ワァウ!!』
俺の側にいるリルも盛大にくしゃみをする。立ち上がるなり、煙に向かって吠え立てた。
「ゼレットさん、この煙ってもしかして……」
「不魔の香りだな」
俺は短く答えた。
不魔の香りとは、別名『魔除け香』と言われ、魔物を寄せ付けないために焚くお香のことである。
魔物除け用で、人間には無害といっても、煙であることに変わりはない。吸い込めば咳き込むし、目も痛くなる。
少量ならまだいいが、湾内に充満するほどの量ともなれば、害はないとは言い切れない。
「ふははははははははは! ゼレット、見たか!!」
唐突現れたのは、顔面を覆うガスマスクをした男だった。
声からしてガンゲルだ。昨日、ヘンデローネの前では形無しだった男は、今日は胸を張り、マスクの中で笑い声を響かせていた。
「これだけの『不魔の香り』を嗅がせれば、リヴァイアサンも逃げ出すに違いない。少なくとも、この湾でリヴァイアサンが卵を産むことはないはずである」
マスク越しでも、ガンゲルがニヤリと笑うのがわかった。
「ちょっ! そのためにこんなことを!」
「営業妨害ですよ!」
料理ギルドに属するパメラとオリヴィアが揃って、声を上げる。
「営業妨害? そんな訳がない。我々はここの漁師の依頼を聞いて、リヴァイアサンを追い払っているだけだ。変な言いがかりは辞めてもらおうか」
「言いがかりですって!!」
パメラはますます目くじらを立てる。煙の中で佇む怪しいガンゲルに、掴みかからんと鋭い眼光を光らせた。
そこにやって来たのは、歩くボンレスハム――失礼――ヘンデローネ侯爵夫人だ。
ガンゲルと同じマスクをしているのだが、顔が大きすぎるのか、明らかにサイズが合っていない。
マスクからは長年ため込んだ皮下脂肪がはみ出ていた。
「うまくいってるようね、ガンゲル」
「はい。侯爵夫人の目論見通りです」
ガンゲルはスリスリと揉み手をする。
そこに噛みついたのは、ラフィナだった。
「ヘンデローネ侯爵夫人……。少々やり方が大胆すぎませんか? 現に煙を吸って気分を悪くしている街の人もいます。せめて、作戦をやる前に説明を――――」
「煙を吸ったところで一時的なことよ。それにこれでリヴァイアサンが追い払えるなら、ここの街の人も願ったり叶ったりじゃない。何事にも犠牲は付きものよ」
「この犠牲を防げたと――――」
「ラフィナ、それぐらいにしておけ」
「ですが、ゼレット様……」
「どうせこいつらは、後で住民に頭を下げることになる」
と俺は予言するのだった。
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