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第25話 元S級ハンター、古き良き制度を思い出す

 話はアストワリ家の食堂まで遡る……。


「リヴァイアサンの卵、だと……」


 俺は依頼内容をラフィナの屋敷で聞いて、思わず眉宇を動かした。


 リヴァイアサンのことなら身体の隅から隅まで熟知しているが、卵のことは初めて聞いた。そもそも産卵することすら俺は知らなかったのだ。


 魔物の繁殖方法は、未解明の部分が多い。海の魔物、さらに竜というだけで卵胎生(らんたいせい)とは決まっていない。海の魔物にも、竜の種類にも繁殖方法は違ってくる。


 ラフィナはまずチチガガ湾にリヴァイアサンが棲みついたと、教えてくれた。


 それもおかしな話だ。


 リヴァイアサンは基本的に人間が住む陸地の方には近づかない。いくらチチガガ湾がどん(ぶか)な地形になっているとしてもだ。


「実はリヴァイアサンが陸地に近い場所に現れた文献は、歴史書の中に度々出てくるのです。しかも、100年ごとに……」


「100年ごと……? まさか――――」


「察しの通りです。わたくしたちは、これがリヴァイアサンの産卵の周期ではないかと考えております。そして精査したところ、1番近い陸地周辺でのリヴァイアサンの目撃情報から今年で100年を迎えるのです」


「確定というわけではないのだろう?」


「はい。ですが、かなり確度は高いと考えております。実際、300年ほど前には、リヴァイアサンの卵を食べた姫騎士の伝承が今も残っておりますので」


「すでに食べた人がいるんですか!?」


 オリヴィアが素っ頓狂な声を上げる。


 俺は黙って聞いていたが、内心では驚いていた。


 それはつまり300年前から、魔物食の先達がいたということだ。


「ええ……。非常にふわふわで、もちもちだったと。それを聞き、わたくしも是非食してみたいと考えまして」


「ふわふわ……。もちもち……」


 オリヴィアは目を輝かせる。側にいたリルも舌なめずりしていた。


「実は、その姫騎士は、我がアストワリ家と深く関わりのある御仁……。わたくしが興味を持ったのも、その騎士様の生涯を描いた伝記を読んだからですわ。以来、いつか食べてみたいと、密かに調査を続けておりましたの」


 まるで童心に戻ったかのように目を輝かせ、ラフィナは天井を仰ぐ。


「小娘の我が儘だと思われるかもしれません。ですが、わたくしの夢の一助となり、依頼を受けていただけないでしょうか? この通りです、ゼレット様」


 ラフィナは緩やかな黒髪を揺らしつつ、頭を下げた。


 その姿に、同席したオリヴィアは息を呑む。


 俺は平民で、今頭を垂れているのは公爵令嬢だ。地位あるいは身分の高いものが、下々に頭を下げることなど滅多にない。いや、あってはならないことだ。


 ラフィナはそれでも頭を下げ、懇願した


 それは並々ならぬ覚悟があってのことだろう。


「さっきの勝負……」


「さっきのって……。庭での賭け事のことですか?」


「そうだ。あの勝負、本来であれば、俺も食材となる魔物を捕ってくるべきだった」


「いえ。別にそう規定はされていなかった、と思いますが……」


「はっきりと明確に指示されたわけではないが、文脈から察する事はできたはずだ。結果、ラフィナ嬢はブラドラビットを、俺はキャッスルアントを捕獲した。ランクとしては、俺が上だが、食材としては不適当だ。よってあれは、引き分け。そして引き分けは、俺の負けだ」


「じゃあ、ゼレット様。依頼を引き受けてくれるのですか!」


 ついにラフィナは立ち上がる。


 ちょうど最後のデザートが運ばれてきたが、興奮気味の彼女を見て、女給たちは驚いていた。


「ああ……。ただし、受けるのはこの依頼だけだ」


「ありがとうございます、ゼレット様!」


 ラフィナは頭を下げる。先ほどとは違って、満面の笑みを浮かべていた。


「貴族がほいほいと頭を下げるものじゃない。ラフィナ嬢、あんたは貴族だ。安売りをしていると、つけ上がる者もいるぞ。それに、リヴァイアサンの卵を捕獲できれば、未来のリヴァイアサンを討伐したことになる。『Sランクの魔物を討伐する』という俺のポリシーにも反していないからな」


「ふふふ……」


 オリヴィアが口を押さえて笑う。


「なんだ、オリヴィア?」


「いえ。別にちょっと理屈っぽいとか、ちょっと無理筋かなとか思ってませんから」


 手を振って否定する。だが、口に吐いた時点で、思っているのと一緒だ。


「そもそも素直に言えばいいんですよ。『俺もリヴァイアサンの卵に興味がある』って」


 否定はしない。確かに興味がある。


 リヴァイアサンの卵――その産卵については、大いにな。


 狩りにおいて、獲物の情報はどんな些細なものでも見逃さないのが、俺のポリシーだ。そして獲物の産卵は、かなり大きな情報でもある。この機を見逃せば、俺はリヴァイアサンのすべてを知ることができなくなるだろう。


 そう――――すべては獲物を狩るためなのだ。


「では、早速依頼料のお話をしましょう」


「こ、ここでですか? シャーベットが溶けてしまいますよ」


「鉄は熱いうちに打てと申しますでしょう? ゼレット様が気が変わらないうちに、まとめておきたいのですよ」


 ラフィナは給仕に合図をして、小切手を用意させる。


 そこに自ら金額を書き加えた。


「これでいかがでしょうか?」


 給仕を経由して、俺に小切手を差し出される


「――――ッ!」


 さすがの俺も冷静ではいられない。二の句を告げることもできず、小切手に書かれた金額を見て固まった。


 石像のように動かなくなった俺を見て、オリヴィアが小切手を覗き見る。


「どれどれ…………。え? えええええええええええ!!」



 に、2000万グラ!



 郊外なら小さな庭付きの一軒家を、ポンと買えてしまえるほどの大金だ。


 それを簡単に小切手で切ってくるなんて。公爵家というのは、よほど裕福なのだろう。


「すごい! すごいですよ、ゼレットさん。間違いなく、今期の最高取引金額ですよ!」


 オリヴィアも興奮を抑えきれない。


 目が金貨のように光っていた。


「あら? それで満足なんですか?」


 興奮し、思わず手をつないでしまった俺とオリヴィアを見ながら、ラフィナは首を傾げる。


 その言葉に、俺とオリヴィアは同時に固まった。


「どういうことだ?」


「他にもオプションがあるってことですか、ラフィナ様」


「何を言っているの、2人とも。仮にリヴァイアサンの卵を食べることができれば、歴史上においても偉大なことなのよ。何せこれを逃せば次に食べられるのは、100年後なのよ。2000万なんて安すぎるとは思いませんこと?」


「え? じゃあ……」


 オリヴィアの口が自然とだらしなく垂れ下がった。


「それは前金です。……残りの2000万グラは現物と引き替えに支払わせていただきますね」


 ま、ま、前金だとぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!


 そ、そう言えば、取引にはそういうシステムがあったことを今思い出した。


 いや、そもそもだ。俺がハンターとして1人立ちした頃ぐらいは、前金をもらっていた。


 ハンターは危険な職業だし、その危険手当と前準備のための資金として、前金の制度が残っていたのだ。


 それが次第にギルドの経営が下降線を辿るとなくなり、後払いに完全移行すると、ついには支払いが1ヶ月後という依頼まで現れ始めた。


 言わば、前金制度は俺にとって古き良き時代の支払い制度なのだ。


「い、一応聞くが、ラフィナ嬢。万が一、俺が失敗した場合、2000万を返さなければならないのか?」


 俺は恐る恐る尋ねる。


 すると、ラフィナはニコリと笑って首を振る。


「いいえ。とても危険な依頼ですもの。準備にもお金がかかるでしょ? これぐらいの前金は当然かと」


 天使の生まれ変わりか! いや、天使そのものか。


 薄目で見ると、ラフィナから後光が差しているように見える。


 まさか取引相手が神の眷属だったとは。


 …………ところで、これ夢とかいうオチはないだろうな。


「ご満足いただけましたか?」


「あ、ああ……。むしろもらい――――いや、なんでもない」


「ふふ……。じゃあ、契約成立ですわね」


 ラフィナは俺に握手を求める。


 俺も手を差しだし、テーブルを挟んでがっちりと握り合った。


 まさか4000万グラの依頼とはな。


 先日の三つ首ワイバーンといい。下手をしたら、ハンターやっていた時の総額の半分ぐらいは、もう稼いでしまったかもしれない。


 ヤバい……。さすがに興奮が抑えられない。金額を見て、こんなに動揺し、胸を躍らされたのは、いつ以来だったろうか。


 結局札束で叩かれただけのような気がするが、内容としては悪くない。リヴァイアサンの卵の捕獲。楽しませてもらうことにしよう。


「はあ……。良かった。ゼレット様が依頼を受けてくれて」


 ラフィナはホッと胸を撫で下ろした。


 よっぽど気がかりだったのだろう。安心しきると、軽快にデザートのシャーベットを頬張り始める。まるでその胸の熱い想いを、冷やすようにだ。


 俺もオリヴィアも、シャーベットに手を付ける。一流の料理人が作っているだけあって、甘さ控えめで、上品な味がした。


 その手をつと止める。


 おかしい。俺、何か忘れているような気がするのだが……。


 …………。


 まあ、いいか。


 そして俺はシャーベットを頬張るのであった。





 一方、その頃――――。


「あっっっれれ~~? ここどこだろ?」


 プリムは辺りを見渡した。


 すでに夜の帳がおり、辺りは真っ暗だ。


 荒涼とした砂漠が地平の果てまで続いている。


「おかしいな? ボク、食材を探しに出ていって……うーん。ま、いっか!」


 プリムは考えるのをやめる。


 そのまま世界の半周分の距離を歩いた彼女は、4日後にゼレットが住む宿屋『エストローナ』に帰還したのだった。


引き続き月間総合に入るべく、更新して参ります。

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