第24話 元S級ハンター、浜に現れる
◆◇◆◇◆ ガンゲル 視点 ◆◇◆◇◆
暑い……。
先ほどから汗が止まらぬ。
なんでギルドマスターであるオレが、現場対応などせねばならんのだ。
こんなもの部下に任せて、オレは室内でゆっくり執務をしていたかった。
なのに漁師たちは一向に排除されないリヴァイアサンを見て、「責任者出てこい!」と喚き散らすし、出て行ったら出て行ったで人の話も聞かず、殴りかかってくる始末だ。
さらに集めたハンターは、どれもぼんくらで統制が執れていない。
結局、ギルドマスターのオレが出てきたが、オレが出てきたところでなんだというのだ? 残念ながらオレにはリヴァイアサンを討伐する力はない。不安にも思う漁民の心理カウンセラーでもしろというのだろうか。
全く……。それもこれもあのS級――――ゼレットが辞めたせいだ。
あいつの馬鹿げた能力なら、現場に来て数時間もせずにリヴァイアサンを討ち取っていただろう。口を開けば「Sランクの魔物」しか言わない低脳だったが、狩猟能力はオレが見た中で1番だったからな。
なのに、ハンターを辞めやがって。
何も辞めることはないだろう。
泣いて許しを請えば、少しは譲歩してやったのに……。
「あんた、ハンターギルドのギルドマスターだな」
住民説明会が終わり、近くの食堂で昼飯を終えたオレは、あらかじめ予約しておいた宿に戻ろうとしていた。その道すがら、漁師と思われる人間に囲まれる。
なんだ? 不穏な空気を感じながら、オレは努めて冷静に顎の汗を拭き、猫背になりがちな背筋を伸ばした。
口髭の端を伸ばしながら、身綺麗にすると愛想笑いを浮かべる。
「そ、そうですが……。何かございましたか?」
「あんたが連れてきたハンター! うちの漁船を勝手に使いやがった」
「いや、しかし……。事前の話し合いでは、リヴァイアサンを追い払うために、船を無償で提供してくれると」
「言った! けどな! 俺たちに何の断りもなく船の係留縄を解いて、沖に出ちまった。あれは俺たちの商売道具だ! 勝手に持ち出されては困る!」
「申し訳ない!」
「あと壊れた時の漁船の修理代は出るんだよな」
「そ、それは…………今、漁業ギルドと交渉中で……」
「ふざけるな! 保証もなしで、船を預けられるか!」
そうだ! そうだ! と漁師達は揃って声を上げる。
どんどんと漁師達は集まり、まるで鬨の声のように渦を巻く。今にも合戦にいざ参らんという具合だ。
血気盛んな漁師たちの目を盗み、オレはなんとか脱出する。こういう修羅場は、何度もくぐり抜けてきた。ククク……。年季の違いだな。
こういうことは、ここ数日何度も続いている。
ちょっと視線を横に向けるだけで、いきり立った漁民たちと目があった。
まさに針のむしろだ。
せめて酒が飲めて、いい女がいる娼館ぐらいあれば心が癒やせるものの……。どこもリヴァイアサンの影響で、店を閉めていた。これが国の3割の漁獲量を誇る港町とはな。
「何1つ良いことがないではないか! くそ! こうなったら、適当に理由を付けて帰るか。そうだ。私はギルドマスターなんだぞ。こんなかび臭い街に、いつまでもいられるほど暇じゃ……ん?」
声が聞こえる。
それも喧しい乙女の声だ。しかも若い……。
おお! そうだ! ここには海があるではないか。海と言えば、海岸! 夏の海岸といえば、海水浴! 海水浴の定番といえば、水着だ! そして水着といえば、女子のキャッキャウフフ……。
ぐふふふ……。何故、オレはこの法則に今まで気付かなかったのだろうか?
早速、目の保養をさせてもらうこととしよう。
基本、チチガガ湾は岸からいきなり人が立てないぐらい深くなっているが、一応範囲は狭いものの遊泳が許可されている海岸もある。
実際、そこは雇ったハンターたちの根城のようになっていた。
オレはそっと海岸を見つめる。
「おお……!」
思わず鼻の下が伸びる。
海岸にいたのは、3人の美女だった。
1人は金髪のエルフだ。真っ白な肌を夏の太陽にさらし、一生懸命ビーチボールを追いかけている。まだまだ未成熟な部分があることを自覚しているのか、やや布地が多めのセパレートタイプの水着には、恥じらいを感じる。
そこがまたグッドだ!
もう2人目は、珍しい青い髪をした少女だった。おそらく人魚族の血が混ざっているのだろう。残念ながらまだまだお子様体型。だが、一体誰が選んだのか、シックな競泳水着に「おりう゛ぃあ」と書かれたところは、かなり点数が高い。
なかなかレベルの高い着こなしに、思わず感心してしまうほどであった。
最後の3人目が個人的に最高点をあげたい。
やや濡れそぼった美しい黒髪に目を奪われる。時折覗くうなじは象牙のように白く、顔の半分を覆う鮮やかな色眼鏡がよく似合っていて、パレオの水着と相まって、ハイソなお嬢さまを感じさせる。
美女というには、少々幼いが、十分目の保養になる。いや、お近づきになるか。そうすれば、こんな港湾街に滞在しているのも、ちょっとは楽しく――。
考えていた時、突然海岸に大波が押し寄せた。
「なんだ?」
いや、違うぞ。波とは違う。何かが海中からせり上がってくる。かなり巨大なものだ。もしかして、リヴァイアサンか。
ごくり、と息を呑んだ時、波の中から巨大な魚が現れる。確かソードシャークというBランクの魔物だ。
水中を素早く動き回り、その頭の先についた剣のような角は、岩礁すら簡単に切り裂くという。
リヴァイアサンほどではないが、厄介な海の魔物である。
そのソードシャークはすでに死んでいるらしい。すると、その下から人が現れる。大きな看板でも掲げるようにソードシャークを持ち上げていたのは、獣人の娘だった。
「げぇ!! あいつは!!」
赤髪から覗く赤い耳。燃えるような紅葉色の瞳と、大きな尻尾。何より大人20人分ぐらいあるソードシャークを、軽々と持ち上げる出鱈目な膂力。
「プリム!」
間違いない。
なら、あの獣人がいるってことは。
「ししょー、獲物を捕ってきたよー」
プリムはパラソルの下で読書をしていた男の方に、手を振る。
見覚えのある漆黒の髪と、季節を勘違いしているとしか思えない黒のコートは見ているこっちが暑くなる。
「げぇ! ゼレット!!」
夏の浜辺で、あんな恰好をしているエルフなど、オールドブル広しといえど、奴しかいない。
「ゼレット様! ゼレット様もこっちに来て遊びませんか?」
手を振ったのは、あの黒髪の令嬢だった。
「身体を目一杯動かすと、気持ちいいですよ」
今度は青髪のちびっ娘。
「それよりも、その黒コートを脱いだら……。見てるこっちが暑くなってくるわ」
最後にエルフの少女は、げっそりした顔でゼレットに声をかけていた。
どどどどど、どういうことだ!?
あ、あのゼレットが女連れだと! Sランクの魔物を倒すしか脳がないアイツが、女連れ!? しかも、全員美少女って……。
よく見ると、パラソルの下で奴は完全にくつろいでいた。
瀟洒なビーチチェアに寝そべり、サイドテーブルにはやたらとマンゴーを推した金色のデザート。さらに数種類の果実を混ぜたトロピカルジュースは、グラスに汗を掻いて、キンキンに冷えていた。
まるでお貴族さまのバカンスである。
「あ! ししょー、ブ〇だよ。〇タマスターがいるよ!」
呆気に取られていると、プリムが私の方を指差す。
「豚ではない! 私の名前はガンゲルだ! 何度言ったらわかる、アホ獣人」
反射的に言い返す。
その瞬間、ついに私はゼレットに視認された。他の娘たちも、俺の方を向く。
ゼレットはサングラスを取り、オレの方を見る。完全に視認されてしまったオレは、コソコソするのを辞めて、近づいていった。
「よ、よう! 久しぶりだな、ゼレット。随分と羽振りのいい暮らしをしているみたいじゃないか。美女を3人も侍らせやがって」
「何の用だ、ガンゲル。お前とは、縁を切ったはずだが」
相変わらず社交辞令が通じない男だ。
「そう。ツンケンするなよ。どうせお前、リヴァイアサンの噂を聞きつけて、やってきたんだろ? どうだ? 今からでもハンターギルドに戻らないか? あいつを追っ払ってくれたら、200万グラを報酬として払おう。……お前のことだ。どうせまだ就職先が見つかってないんだろう?」
ゼレットが行きそうなギルドには、オレ自ら声をかけて、売り込んでおいた。「上司の言うことを聞かない問題児」とな。おそらくこいつは、未だに無職のはず。
今羽振りが良さそうにみえるのも、きっとハンター時代の貯金を切り崩して見栄を張っているに違いない。
もしくは、あの女たちのヒモにでもなったのかもな。あまり認めたくはないが、ツラだけはいいのだ、この魔物マニア(Sランク限定)は。
「断る」
「は? 200万グラだぞ! 金がほしくねぇのか? なあ、ゼレットよ。いい加減強がりはよせ」
オレはゼレットに向かって、手を伸ばす。
それを払ったのは、他でもない。例の黒髪美少女だ。その後ろには、プリムと他2人の少女も立っていた。
「わたくしが雇ったハンターに、その汚い手で触らないでくれますか?」
「な、何を?」
「それにゼレット様は、200万なんてはした金で動くようなお方じゃありませんことよ」
「な、なんだと!」
オレはつい美女に向かって声を荒らげる。
「それぐらいにしておいてやれ、ラフィナ」
「ラフィナ? どこかで聞いた覚えが、はっ――まさかアストワリ家の!?」
「はい。ラフィナ・ザード・アストワリと申します」
公爵令嬢はパレオの裾を掴み、頭を下げた。
馬鹿な! 公爵令嬢だと! それがなんでゼレットと関わりがあるんだ。
「もうわかっただろう、ガンゲル。お前にも、沖に出現したリヴァイアサンの討伐にも、俺は興味はない」
「な! お前が、Sランクの魔物に興味がない? 冗談も休み休みに言えよ! 公爵令嬢に雇われているからって図に乗りやがって!」
「事実だ。そもそも俺たちがチチガガ湾に来たのは、別のものを狙っているからだ」
「別の物? それは一体――――」
「卵だ」
「は? 卵??」
「そうだ。リヴァイアサンの卵…………」
100年に1度の産卵を狙って、俺たちはここにやってきたのだ。
だいぶポイント落ち着いて参りましたが、
引き続き月間総合に入るべく、更新して参ります。
気に入っていただけましたら、ブックマークの登録。
↓の広告下にある☆☆☆☆☆をタップしていただき、作品を評価してもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。