第23話 元S級ハンター、興奮する
玄関ホールには巨大なシャンデリアが、天井から吊り下がっていた。
奥へと続く廊下に赤い絨毯が敷かれ、猫の毛1本落ちていない。
調度品はどれも品が良く、さりげなく壁にかかっていた当主の肖像画には、威厳が溢れていた。
如何にも貴族という屋敷だが、華美であっても派手な印象はない。
むしろ屋敷の中で働く家臣たちのために、動線上の安全が配慮されているように見える。その家臣たちも、過剰に自分を売り込むことはなく、すれ違う俺たちに向かって軽い会釈した後、仕事に戻っていった。
俺たちは一旦湯殿で汗を流し、着替えを済ませた後、食堂へと通される。
特注と思われる長机には真っ白なテーブルクロスと、3本の燭台。さらに皿と食器が置かれ、夕食の準備がすでに整えられていた。
「そんなところに立ってないで、お座りになって」
饗応役ラフィナが、深いワインレッドのドレスを着て現れる。
トレッキングスタイルの軽装も悪くなかったが、やはり貴族の令嬢だけあって、ドレスがよく似合っていた。
俺たちに席を勧めると、ラフィナも同様に着席する。
前菜、スープと続き、ついに本日のメインメニューが運ばれてきた。
「これは?」
俺は眉宇を動かすと、ラフィナが説明する。
「ブラドラビットのワイン煮ですわ」
ふわり、と湯気とともに芳醇な香りが立ち上っていく。そこに魔物特有の臭味はない。ただただお腹を刺激するだけだった。
彩りも悪くない。人参、玉葱に加え、さっと湯通ししただけの水菜が添えられている。
見た目は水の少ないシチューといったところか。小麦粉で少しとろみを出したスープには、ブラドラビットの肉がゴロッと入っていた。
「すごい。ほとんど鶏肉みたいですね」
オリヴィアが感動している。
それには理由がある。ブラドラビットも魔物だ。先の三つ首ワイバーンもそうだが、敵に警戒したり、緊張したりすると、血に魔力が滲み、青くなる。そうすると味に変化が現れ、魔物独特の臭味が出てしまう。
その青っぽい血の色は、煮込んでも焼いても変わらないという。
鶏肉のように綺麗に見えるのは、ブラドラビットが緊張したりせずに、仕留められた証拠と言えるだろう。
「見事だな……」
皿を見ながら、俺は感心した。ラフィナがやったなら相当な腕だ。
「ありがとうございます。ただこの時期のブラドラビットは気性が荒くて、やや風味がきついかもしれません。肉質も固いので、ワイン煮とさせていただきました」
「お気遣いありがとうございます。早速、いただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
ラフィナは笑顔で答える。
俺とオリヴィア、さらにリルは、食事を再開する。
早速、フォークで刺してみた。
柔らかい……。
野兎は山で潜伏したりする際の貴重な栄養源になる。何度か食べたことがあるが、刺した感じでは、それとはまた違う感触がした。
早速口に入れ、咀嚼する。
「うぅぅぅうううんんん! おいしいですぅぅうううう!」
オリヴィアが歓喜の悲鳴を上げる。
全く同感だった。
鶏肉なんてものじゃない。鶏肉の柔らかさに、豚肉の弾力を合わせたような……。とにかく今まで味わったことのない肉の食感に、軽いショックを受ける。
噛んだ瞬間、溢れる肉汁に圧倒される。
噛めば噛むほど、濃厚鶏ガラスープのように口内に広がっていった。
試しにかかっているスープを掬って呑んでみたが、よく出汁が出ている。
一緒に煮込んだ野菜とブラドラビットの旨みが合わさり、例えようのないハーモニーを生み出していた。
「臭味が全然ないですね」
オリヴィアも驚きを禁じ得ない。
確かにそうだ。
もっと獣臭いことを覚悟していたが。全くそんなことはない。
魔物の肉を食する緩やかな時間が流れる。すると、突然オリヴィアの身体が震え始めた。何か魔物を食べたことによる身体の変調かと、俺は慌てる。
「おい。オリヴィア、大丈夫か?」
「大丈夫……です」
と言いながら、オリヴィアは泣いていた。
一体、なんなんだ?
「何故、泣いている? そんなにおいしかったのか?」
「だ……だって、このブラドラビットって兎の姿をしてるでしょ」
「あ、ああ……」
「想像したら可哀想になってきてぇぇぇ……。でも、おいしいので、身体がフォークが反射的に動いて、自分の口に肉を運んでくるんですよぉ……」
おろおろと泣き始める。
泣くぐらいなら食べなければいいものを……。心配して損した。
結局、俺もリルも、そしてオリヴィアもブラドラビットを完食する。なかなか食べ応えがあったな。今度は、冬場や秋口のものも食べてみたいものだ。
メインが終わり、残すところはデザートとなった。
それが来るまでの間、ラフィナは話を切り出す。
「さて、ゼレット様。我が屋敷にまでご足労いただいたのは、他でもありません。あなたにわたくしから直接依頼を申し込みたかったのです」
食事が始まる前に、その話はラフィナから直接聞いていた。
熱心に依頼書を送っていたのは、ラフィナ自身だったようだ。
残念ながら努力の甲斐もなく、俺の部屋の隅で肥やしになっているだけだが。
「さっきも言ったが、俺はSランクの魔物しか興味がない。Aランクの雑魚など、他を当たってくれ」
「どうやら、そのようですね。賭けにも負けてしまいましたし。あなたにお願いしていた依頼はすべて取り消させていただきますわ」
「それはいい。問題は賭けの賞品の方だ」
「わかっております」
「ラフィナ様、Sランクの魔物の食材依頼なんて出せるんですか? 価格も跳ね上がりますし。そもそもSランクの魔物を探す方が難しいですよ」
オリヴィアは心配そうに目を細めた。
「いえ。1つ当てがあります」
「というと……?」
リヴァイアサン……。
ガタッ!
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
オリヴィア、そしてラフィナの視線が集中する。その中でリルだけが、始まったとばかりに顔を竦めた。
2人の目に映った俺は、まるで飢えた狼のような顔をしていた。
息が荒い。心臓が高鳴る。
その異名は『海竜王』……。まさに海の王様と呼べるほど、手強い相手だ。
ランクは当然“S”。その中でも特上中の特上と言えるだろう。
相手にとっては不足無しだ。
「ゼレット様、お伺いしますが、リヴァイアサンの討伐経験は?」
「ある。1度だけな」
「すごい……。あの『海竜王』を倒した経験があるなんて」
オリヴィアは呆然とする。ラフィナも同様の反応だ。
とはいえ、援護がついた状態でだ。複数の冒険者で討伐に当たり、なんとか討ち取った。
俺としては、1対1でやり合いたかった相手だったが、当時はそこまで実力がなかった。
けれど、今なら単独討伐できる自信がある。
いや、絶対に誰にも邪魔はさせずに戦ってみたい。
「ゼレット様、喜んでいるところ申し訳ないのですが、お話は最後まで聞いていただけますか?」
「ん? リヴァイアサンの肉を調達してこいということではないのか?」
俺の質問に対して、ラフィナはゆっくりと首を振った。
「そうではないのです。いえ。むしろリヴァイアサンを討ち、その肉を調達することよりも難しいかもしれません」
「リヴァイアサンをハントすることよりも難しいだと……」
話が全く見えてこない。一体、どういうことだ?
いや、もしリヴァイアサンを討つことよりも難しいことがあるというなら……。それはSランクの魔物を討伐すること以上に、スリリングなことになるだろう。
「つまり、リヴァイアサンの肉を調達することではないと?」
オリヴィアの言葉に、ラフィナは頷く。
「もったいぶらずに、はっきりと言え。俺に一体何をしてほしいんだ?」
「では――ゼレット・ヴィンター様、あなたに正式にご依頼したい食材は――――」
捕獲難度ランク“S”の食材です。
※ 作者からのお願い ※
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