第22話 元S級ハンター、貴族令嬢と駆け落ち?
「こいつの名前は、キャッスルアント……。城郭蟻とか、あるいは城塞壊しと言われている蟻だ」
俺は手の平でせわしなく動き回る蟻のことを説明した。
体長は俺の親指ぐらい。普通の蟻より一回り大きいといったところか。灰色っぽい体色に、普通の蟻の顔に王冠を載せたような容貌をしていることから、地方によってはクラウンアントなんて呼ばれていたりする。
「な、なるほど。そんな蟻の知識まであるのですね。さすがはS級ハンター。博識なのですね」
ほほほほほ、とラフィナは突然笑い始める。
その表情を崩すことなく、俺を睨めつけた。
「しかしお忘れでしょうか、ゼレット様。これは魔物のランクを競うという趣向の勝負ですよ。なのに、あなたときたら小さな蟻を捕まえてきた。かなり珍しい種類というのはわかりますけど、主旨をお間違えになってはいませんか?」
「間違えてなんかいない。このキャッスルアントも魔物の一種だからな」
「なっ?」
嘘でしょ? とばかりに、ラフィナは振り返る。
視線を向けたのは、オリヴィアだった。ギルドの受付嬢は1つ頷く。
「はい。キャッスルアントは魔物の一種ですよ」
「嘘! こんなに小さいのに?」
ラフィナは俺の上で戯れるキャッスルアントを指差す。ショックのあまり、その指先はプルプルと兎のように震えていた。
「魔物に小さいも大きいもありません。人間に害をなし、さらに魔力を摂取していきる生物を、『魔物』と呼称しているのです」
「で、でも! こんな小さな蟻が、人間に害をなすなんて――――」
ラフィナは諦めずに抗弁するも、オリヴィアは首を振った。
「先ほどゼレットさんも言っていましたが、キャッスルアントは城郭壊しという異名が付くぐらい恐ろしい魔物なんです。1匹1匹の力は大したことはありませんが、これが百、千、万となってくると違います。その数の暴力を生かして、お城を壊してしまったという逸話があるほど凶暴なんです」
「そんな……。じゃあ、このキャッスルアントのランクは? いくらなんでも、蟻がCランクなんてことはないでしょ?」
ラフィナの声のトーンが、段々大きくなっていく。
化けの皮が剥がれてきたといったところか。とはいえ、お嬢さまはまだ若い。常に己を取り繕うには、若すぎたんだろう。
「ラフィナ様、仰る通りキャッスルアントはCランクではありません」
「やっぱり……。いくらなんでもこんな小さな蟻――――」
「キャッスルアントは、Bランクに該当する魔物です。」
「え――――? び、Bランク……!」
瞬間、ラフィナは腰砕けになり、倒れそうになる。自ら踏ん張ってこらえたが、心なしか肌の白さがさらに際だって、灰のように燃え尽きているように見えた。
よっぽど自分の勝利を確信していたのだろう。
「この季節のブラドラビットに着目したのは、なかなかだな、お嬢さま」
「あ、ありがとうございます。でも――――」
「そう。お嬢さまは、大きなものを見過ぎだ。小さくても、危険な魔物はいる。むしろ、そっちの方が多いぐらいだ。それをはき違えれば、あんたの屋敷もいずれキャッスルアントに食われるぞ」
我ながら、説教臭かったか。
柄じゃないんだが、でも大事なことではある。魔物の知識をちゃんと伝えることも、ハンターとしての役目だ。
――って、そう言えばもうハンターではなかったんだな、俺は。
「1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
項垂れたラフィナが顔を上げる。その目には薄らと涙が浮かんでいた。
「あなたがキャッスルアントを見つけたのは、たまたま? それとも――――」
「ここに来る時、針葉樹の並木道があっただろう」
「え? ええ……。我が家が管理している木ですわ」
「その木の中にキャッスルアントが蟻塚を作っているのが見えた」
普通の蟻はどちらかと言えば、照葉樹や土の中に蟻塚を作る。
対してキャッスルアントは寒さにも強いことから、寒い北国でも棲息している。故に針葉樹の中に蟻塚を作る事も多いのだ。
「なるほど。勝負は最初から着いていたというわけですね。自分の土俵に引きずりこんだのに負けるなんて…………完敗です」
ラフィナはガックリと項垂れた。
「それより気を付けろ。この辺りキャッスルアントのコロニーができているかもな。冗談ではなく、お嬢さまの屋敷も危ないかもしれないぞ」
「ええ! それは困ります!」
ラフィナは俺に向かって身を乗り出す。その時、履いている靴が滑り、後ろへと倒れそうになった。
そんな彼女の手を引いたのは、俺だ。
ラフィナの頭が地面に付く前に、手元へと引き寄せる。
「あ、ありがとうございます、ゼレット様」
ラフィナの顔は真っ赤になっていた。
さらに俺はラフィナを引っ張る。ちょっと力を強くしすぎたのか。ラフィナは俺に向かってつんのめると、そのまま胸の中に収まった。
ふわりとラフィナの香水――いや、洗髪剤の匂いがする。
「ごごご、ごめんなさい」
ラフィナは謝ったが、俺はそのまま彼女の腰と背中に手を回し、きつく抱きしめた。
「――――ッ!」
横でオリヴィアが息を呑む。側のリルは我関せずと大きな欠伸をしていた。
「ちょ! ゼレット様! さ、さすがにまだ早いのでは……。ひ、人の前ですし。そのわたくし、まだ心の準備というものが――――」
「離さない……」
「え、ええええええええ!」
俺はラフィナを強く抱きしめる。
側で見ていたオリヴィアは手を口に当てて、こちらを凝視していた。
「そんな……。ゼレット様?」
ラフィナの頬は真っ赤になっていた。力が入っていた身体が徐々に弛緩していくのがわかる。
どうやら、ようやく観念したらしい。
「ゼレット様、あなたは一介の食材提供者……。そしてわたくしは、公爵家の令嬢……。それがどういう意味かわかりますか?」
「そんなもの関係ない」
俺は次第に息を乱していた。
動悸もおかしい。明らかな興奮状態にある。
だが、もう抑えきれない。
自分がもう1人いて、それが制御できなかった。
「まるで獣のような息づかい。わかりました……。わたくしも覚悟を決めます。わたくし、ラフィナ・ザード・アストワリは家名を捨て、1人の女として――――」
早く俺に、Sランクの魔物討伐させろ……。
「へ?」
ラフィナは声を上げる。
横で赤い顔をしていたオリヴィアは、百年の恋が冷めたように白けた表情をしていた。
ん? 俺、なんか間違ったことを言ったか。
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