第21話 公爵令嬢、企む
◆◇◆◇◆ ラフィナ 視点 ◆◇◆◇◆
ふふふ……。
ゼレット・ヴィンター。
元S級ハンターとお聞きしていましたが、口ほどにもありませんわ。
小娘と思って侮っていたのでしょうが、実はわたくしの弓の技術は、そこらのハンターにも引けを取らないほど熟達しているのですよ。
そもそもわたくしは【戦技使い】。
技名は『一発必倒』。
急所を撃ち、死に至らしめる恐ろしいレアスキルを持っているのです。
お父様もお母様も、技名とその効力を聞いて、公爵令嬢にあるまじき野蛮のスキルと一刀両断しましたが、魔物食に魅了されたわたくしにとって天啓以上の何物でもありませんわ。
そう。神は言っているのです。
わたくしに魔物を狩り、そして食らえ、と――――。
「そして、何としてでもぎゃふんと言わせて、あなたをわたくし専属のハンターにして見せますわ。そして、あーんな魔物や、こーんな魔物まで数多ある食材を片っ端から……ぐへへ――あら? いけませんわ。想像したら涎が……」
そもそもゼレット様が悪いのですよ。
わたくしが送った数々の依頼書。それをすべて無視したのですから。
だけど、今回は千載一遇のチャンスを得ました。この勝負、ゼレット様には勝ち目などありません。
ここは公爵家の箱庭。つまり、わたくしの庭ですわ。
どこにどんな魔物が潜んでいるか、わたくしはすべて熟知していますの。
例えば、この庭には主にD~Fランクの魔物が棲息していますが、唯一1種類だけ夏の間だけ凶暴になり、EからCランクに引き上がる魔物がいるのです。
名はブラドラビット。
普通の兎より一回り大きく、一見可愛らしく見える魔物ですが、頭に鋭い角を持ち、馬にも負けないほどの脚力が特徴の魔物ですわ。
そして特筆すべきは、夏場にその特性が変わることです。
夏は人間にとっても、その他の生物、さらに魔物にとっても生きづらい季節ですわ。気温が高いことに加え、山の実りが1番少なくなる季節。はっきり言えば、冬よりもさらに厄介な季節と言えるでしょう。
それはブラドラビットも一緒。
主に魔草を食べる彼らは、夏までに春に生えた魔草を大方食べ尽くしてしまいます。強い飢餓感はやがて魔草を主食とする性質から、肉食へと変化し、野生動物や人を襲い始めるのです。
そうなった時のブラドラビットは、一見可愛い兎の容姿から恐ろしい猛獣へと姿を変えますわ。
馬と同じ速度で森を駆け抜ける魔物は、突然鉄を貫く角で襲いかかってくるのです。想像するだけで厄介この上ない獣になりましょう。
ですが、いるとわかっていれば、対処もしやすい魔物です。
例えば、遠くから射貫く――とか。
わたくしは森の中にある少し小高くなった丘を登りました。そこからなら、この広い庭を一望できるのです。
「いた!」
わたくしは思わず舌なめずりしてしまいました。
いけませんね。淑女がはしたない。
でも、これは仕方ないことです。ブラドラビットは危険なCランクの魔物ではありますが、その発達した足の肉は上質な鴨肉を思わせるように美味。
お鍋にすると旨みが滲み出て、お汁を使って饂飩で締めるも良し、雑炊にするもよし。
おっといけません。
夢の国に浸るには、少々陽が高すぎますわ。
それはこの勝負に勝って、ゼレット様にたくさんの魔物を獲ってもらい、未知の料理を味わった後にいたしましょう。
【一発必倒】!
弓弦を目一杯引き絞り、わたくしは戦技の力を込めて放ちます。
矢は誘われるように、ブラドラビットの急所である角の根本を射貫きました。
こてん、とお人形が横倒しになるみたいに、ブラドラビットは倒れます。その後、ピクリとも動きませんでした。
「我ながら、惚れ惚れするほど見事な腕前ですわ」
なんて言ってる場合ではありません。魔物は鮮度が命です。
わたくしは丘を下り、射止めたブラドラビットの下へと急ぐのでした。
今日の狩りは、我ながらうまくいきました。
その後、3匹のブラドラビットを仕留めたわたくしは、少々予定よりも早く引き上げることを決めました。
帰ってくると、すでにゼレット様の姿があり、リルという神獣と戯れておいででした。
「早いですわね、ゼレット様。さすがはS級ハンターといったところでしょうか」
「あんたもな、お嬢さま。ま――とは言え、この猟場はあんたの庭だ。当然といえば、当然か」
「ゼレットさんったら、10分もしないうちに戻ってきたんですよ」
オリヴィアはムスッと唇を尖らせる。
10分……!?
そんな短時間で一体どんな魔物を捕ってきたのでしょう?
野生動物も人の匂いが残る屋敷近くには滅多に姿を現しません。
故に獲物を捕獲するためには、森の奥へ行く必要があります。行って帰ってきたとしても、30分以上はかかるはずなのに……。
いえ。考えるだけ無駄ですね。この森にいる魔物は、ブラドラビッドのCランクが最高のはず。
たとえ、それを見抜いたとしても、引き分けはわたくしの勝ち。
卑怯とそしりを受けるかもしれませんが、あなたには是非わたくしが理想とする魔物食の礎になってもらいますよ。
「じゃあ、始めるか」
「え? まだお弟子さんが帰ってきてませんけど? いいんですか?」
オリヴィアさんが目を瞬かせると、ゼレット様は肩を竦めました。
「あいつはアホだからな。2時間って言っても、帰ってこない。時計も持っていないし、そもそも時計の読み方も知らないからな、あいつは」
「そ、そうですか……。ラフィナお嬢さま、構いませんか?」
「わたくしはいつでも……」
胸に手を置き、頷きます。
一瞬笑いそうになりましたが、勝利の瞬間まで堪えることにいたしました。
「じゃあお嬢様からだ。それが、捕ってきた獲物だな?」
「ええ……」
わたくしは解体済みのブラドラビットを掲げて見せました。
「すごい綺麗に解体されてる。それにこれ、ブラドラビットですね。夏場になると危険度が増して、EからCクラスになる特殊な例の魔物です」
オリヴィアさんは普段仕事で使ってる『鑑定』の魔導具を使い、結果を教えてくださいました。
「次はゼレット様の番ですわ」
気になってはいましたが、ゼレット様の周りには獲物らしきものが見当たりません。
もしかして、先に屋敷に運び込んだのでしょうか? いや、それならこんなところでのんびりとなんて……。
すると、ゼレット様はゴソゴソとベルトに下げていた袋の紐を解きます。
一体何をしているか理解が追いつきませんでした。
袋はとても小さく、拳も入らないほどだったのです。そんなところに、ブラドラビットが入るはずがありませんでした。
これはわたくしの勝ちですね。
そう勝利を確信しました。
「これだ……」
ゼレット様は両手でそっと包みながら、わたくしたちに見せてくれました。
そこにいたのは、1匹の蟻でした。
「あ、蟻ぃぃいいぃいいぃいいぃいいぃい!!」
わたくしは思わず叫んでしまいました。
※ 作者からのお願い ※
ここまでお読みいただきありがとうございます。
「面白い」「更新はよ」と思った方は、是非ブックマーク登録をお願いします。
また↓の広告欄の下に、☆☆☆☆☆をタップしてもらうと、作品の評価をすることができます。
評価をすることによって、作品の総合評価が上がり、ランキングを上げることができ、
さらに多くの読者に読んでもらうことができます。
ランキングの上昇は、執筆の励みになりますので、是非よろしくお願いします。