第210話 元S級ハンター、角王と相対す!
16年ぶりに出会った宿敵……。
しかし、視界いっぱいに広がっていたのは、ただ闇だった。まだ黄昏時にも関わらず、周囲は夜よりもさらに暗い。月も星の姿もなく、一面に見える〝黒〟に飲み込まれている。
「来る……」
直感的にそう判断した。
途端、集落を襲いかけた黒い霧はこちらを向く。風はなく、まるで意志を持ったような霧は、俺たちの方にやって来た。
「プリム!」
「あい!」
「リル!」
『わぁう!!』
「手はず通りに頼むぞ」
「あい」『わぁう!』
弟子たちの声が揃う。
ひとまず俺たちは再びリルに跨がって、後退した。逃げているわけではない。なるべく町から引き離すのが目的だ。
ただ相手は魔物の〝王〟と呼ばれるキングコーンである。黒い霧の動きは速く、リルのスピードを持ってすらぶっちぎることができない。
「追いつくよ、師匠」
「リル、無理しなくていいからな」
『わぁう!』
とはいえ、黒く得体の知れないものが追いかけているのだ。
本能的に逃げてしまうのだろう。
ついに俺たちは森を抜けると、再び荒野へと飛び出す。直後、俺たちはあの黒い霧に覆われた。
何も見えない。
いや、それどころではない。
何も聞こえないし、何も匂いがしてこない。それまでずっとリルに跨がり、後ろにはプリムがくっついていたはずなのに、その感触がまるで伝わってこない。
まるで氷像の中に入ったかのように身体から感覚が無くなっていくのを感じる。寒いのか暑いのか、落下しているのか、止まっているのかわからない。
ただ底なしの穴の中に放り込まれたようだった。
「これがキングコーンが見せる精神攻撃か……」
文献によれば、キングコーンは人の精神に直接作用することができるという。おそらくキングコーンが持つ『魔法』は闇属性。その中には精神に干渉する『魔法』がある。だが、何もない空間にひたすら閉じ込められるなんて初めてのことだった。
「リル! プリム!!」
叫んでみたものの、俺には聞こえていても、空間に声が伝播して判然としない。息苦しくないところを見ると、空気だけはあるようだが、何か力が徐々に抜けていっているような感じがする。おそらく魔力を吸い込まれているのだ。
(文献では聞いていたものの、精神干渉がこんなにキツいものとはな)
自分は精神的にタフだと思っていた。6夜7日、ほとんど飲まず食わずで【砲剣】を構えたまま獲物を獲るために潜伏していたこともある。実際、密猟業者に闇属性の『魔法』を使い手がいて、精神干渉をうけたこともあった。
キングコーンのこれは今までと違う。冷たい恐怖の中で、ゆっくりと身体を解体されているような不思議な感覚がすった。
瞬間、フラッシュバックしたのは、16年前の出来事だ。
(いや、これはフラッシュバックではないな。俺は今見ているのだ。精神干渉を受けながら、16年前の記憶をほじくりかえされている)
キングコーンに!!
16年前、俺は村が消滅していく瞬間を見ていた。見ていることしかできなかった。小さな俺にできることといえば、カラカラになった喉を振り絞り、「やめろ」とかすれた声をあげるだけだった。
あの時の恐怖は忘れない。
でも、あの時抱いた感情はそれだけじゃない。激しい憎悪と復讐心……。
しかし、両親がいなくなったから悲しいのではない。隣人が家とともに消失したのが悔しかったわけじゃない。里そのものがなくなったことに、絶望したわけじゃない。
エルフでありながら、黒い髪と黒い目で生まれた俺……。
当然両親も隣人も、里も俺を村八分にした。俺に味方したパメラとその両親も、里から追い出された。俺の憎悪は募っていった矢先にキングコーンは現れた。
俺を虐げ、罵ることしかしなかったヤツらをあいつは奪ったのだ。本来、そいつらは俺が鉄槌を下すはずだった者たちを……。どんなに残酷に殺してやろうと考えていたものたちを、キングコーンはまるで奇術のように消滅させたのだ。
その時に浮かんだ憎悪、悔しさ、やるせなさを俺は忘れていない。
「だから、お前は俺の仇なのだ。あの時、復讐もなにも果たせず、震えているしかなかった子どもの仇なんだ」
感覚はなくとも、コートの中に収めている【砲剣】の位置ぐらいはわかる。
俺はすかさず取り出すと、銃把を引いた。
闇の中で微かに光が閃くも、キングコーンをやったという手応えは皆無だった。
それでも俺は銃把を引く。
「死ね! 死ね! 死――――いってぇぇえええええええええええ!!」
思わず叫んだ瞬間、ハッと俺は我に返った。
急激に感覚が戻ってくる。俺は闇の中を走るリルの背に跨がっていた。同時に引き金を引いていた腕に、強い痛みを感じる。目を落とすと、プリムが思いっきり俺の腕を囓っていた。
「プリム、いくらお腹空いたからって、俺の腕を食べることはないだろ」
「師匠、やっと戻った! 大丈夫? いきなり暴れ出して、れーばていんを撃ち始めるから」
プリムの話を聞いて、なんとなく何が起こっていたか察する。
「プリム、俺たちが闇に飲まれてから何秒たった?」
「う~ん、と。1、2、3、9……9の次は……」
聞いた俺が馬鹿だった。
こいつ、一体どこまでポンコツなんだ?
『わぁう!』
「リルが16秒だって」
さすがは俺の相棒だ。
「色々言いたいことはあるが、作戦続行だ。スリーカウント。1、2、3――――」
『わぁぉぉおおおおおおおんんん!!』
リルはブレーキをかける。息を整える間もなく、俺の作戦指示に従った。その足元から、氷が生まれ、広がっていく。さらに氷柱が俺たちに襲いかかろうとしていた黒い霧に向かっていった。
氷柱はまるで多頭の竜のように黒い霧に襲いかかり、凍らしていく。
そもそも霧が凍っていくというのは、明らかにおかしい。気象条件にも夜、急激な温度変化によって霧は晴れるか、あるいはいっそう濃くなるのが常だ。
つまり、これは霧ではない。何なのかはついぞ判明できなかったが、俺は小さな蟲であると解釈した。それを以前、出会い、今は服役中の学者ベンガレンに質問をぶつけたことがある。ベンガレンは古代の技術に詳しかったからだ。
その彼によれば、古代の人間は毛先よりも小さな蟲を操る術を持っていたらしい。
真偽はともかく、俺は黒い霧の正体があり得ると考えた。事実、黒い霧は消えることなく、今もリルの氷の『魔法』によって固まり続けていた。このままでは全体が凍ってしまうだろう。
「師匠、あれ!?」
プリムが指摘する前から、すでに状況は変わりつつあった。氷の柱が崩れ始めていたのだ。おそらく熱じゃない。氷自体の結合力が弱まっているような感じだった。
『わぁう!!』
「魔力を食われてるって、リル」
「ああ。――――想定内だ」
俺は【砲剣】を持ち上げる。狙いをつけ、そして銃把を握り込んだ。激しい発砲音とともに、飛び出したのは青白い光だ。雷属性を帯びた弾丸は氷柱を貫くと、雷属性が氷を伝って伝播していく。
耳をつんざくような感雷音が響いた。
本来、氷は雷を通さないのだが、リルが作る『魔法』による氷は通すことはわかっている。このコンボはこれまでのハントで何度もやってきているので、十八番中の十八番なのだ。
黒い霧がまるで熱いお湯に触れた人間の手のように動く。
「おお! 効いてる!」
『わぁう!』
どうやらキングコーンに雷属性は有効らしい。
「あまり褒めたくないが、ベンガレンに感謝だな」
俺がベンガレンのレクチャーを受けた後、こう質問した。
『仮に蟲だとして、対策はあるのか? 相手は髪の先より小さいんだろ?』
『ある。簡単なことさ。それは超高性能な魔導具だと思えばいい。如何に魔導具も『魔法』を過剰に飲み込めば、それを維持することはできない』
俺はさらに【砲剣】を撃つ。
リルの氷柱、魔砲弾のコンボは確実にキングコーンの黒い霧を減らしていく。
「200億だからな。遠慮なくぶっ放す」
俺は景気よく魔砲弾を放っていた時、ついに黒い霧の逆襲が始まる。まだ凍っていなかった霧が、竜の首のように押し寄せてきた。しかし、リルと俺はそれすらも凍らせ、魔砲弾を打ち込む。返り討ちにあった霧はパラパラと落ちてきて、荒野の砂に混じってしまった。
「……これは」
いよいよ霧が晴れてくる。
濃い黒い霧の向こうから現れたものを見て、俺は思わず息を飲んだ。
「これがキングコーンの正体か……」
ニコニコ漫画も最終回となりました。
コミカライズの主な企画の方はこれにて最終となります。
ここまで読んでくれた読者の方ありがとうございました。
WEB版の方ですが、今章を以て最終回となります。
どういう結末になるのか、お楽しみに。







