第207話 元S級ハンターの里帰り
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
2021年7月より連載が開始しました
『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~』の単行本5巻が発売されました。
約3年の連載にお付き合いいただきありがとうございました。
この場をお借りし、読者の皆様、作画を担当された奥村浅葱先生に感謝申し上げます。
最後までご賞味いただきますよう、よろしくお願いします。
覚えているのは闇と角だった。
何もかもなくし、何もかもなくなった光景を見ていた俺は、ただただ跪くしかない。その向こうに多くの命がいたことなど忘れて、風景ごと根こそぎ奪われた〝闇〟を見ていた。
まるで炭で塗りつぶされたみたいな圧倒的な黒の中に、浮かんでいたのは〝角〟だった。まるで闇に浮かぶ潜望鏡のようにユラユラと動きながら、俺の目の前を歩いていく。何故「歩いていく」などと表現するかというと、角の揺らぎに合わせて、心臓の鼓動にも似た足音が聞こえたからだ。
俺はただそれが通り過ぎるのを待っていた。知っている顔が命を奪われたことを悟っても、その時の俺は復讐することすら頭になかった。あったのは、この悪夢が早く晴れることだけ。肌にすら透けるような足音が、遠ざかっていくことだけだった。
俺の願いは神様に聞き届けられる。
次第に足音が遠ざかり、そして闇もまた晴れていった。雷雲が立ちこめる昼下がりよりも暗かった森の中に、夏の日差しが差し込む。思い出したように虫が鳴き始めたのだが、しかしそこに俺が住んでいた村は消えていた。
◆◇◆◇◆
「昔の夢?」
故郷カルネリア王国へと向かう貸切馬車に揺られながら、妻パメラは聞き返した。その膝上には何故か弟子のプリムが鼻提灯をふわふわと浮かべながら寝ている。人の妻の太股で寝るとは、さすが馬鹿弟子だ。
さっきも行ったが、現在俺たちはカルネリア王国に向かっている。カルネリアは俺とパメラの故郷だ。前来たのが秋だったから、約1年ぶりの里帰りである。当然、我が愛娘のシエルもいて、今は同行しているリルにしがみつきながら寝ていた。本来そこは俺の特等席なのだが、最近はすっかりシエルのものになりつつあった。
カルネリア王国はヴァナハイア王国の隣だが、それでも馬車で7日以上かかる。最初ははしゃいでいたシエルも、長旅ですっかり疲れ果ててしまったらしい。それは同行したプリムとリルも同じようだ。
思わぬ形で夫婦の時間が始まると、俺は昨日見た夢の話を妻にした。
「ああ。あまりちゃんと覚えていないのだがな」
俺がかつて住んでいた村は、とある魔物に襲われ、全滅した。そこには俺を忌み嫌う家族や隣人も含まれている。
パメラはその時には村から今住んでいるヴァナハイア王国に引っ越していたため、事件を目撃していない。あの事件で唯一の目撃者は俺だけだ。
悪夢のおかげで俺は多少凹んでいたのだろう。対面に座っていたパメラは、プリムをそっと長椅子に寝かせると、俺の横に座った。
「大丈夫、ゼレット? 今から帰るのやめる?」
「いや、大丈夫だ。すまん。心配させたな」
さすがにここまで来て、引き返すわけにはいかない。パメラの心配は有り難いが、今回の里帰りには別の目的がある。
壊れた炮剣「レーバテイン」を修復するためだ。
すると馬車が止まる。どうやら目的地についたらしい。俺たちは御者に支払を済ませる。荷物を弟子たちに持たせて、小高い丘を登った。馬車生活から解放されたシエルは大はしゃぎだ。
しばらくすると、煙突のついた一軒家が現れる。井戸に田畑。奥の方には鍛冶場も見える。一通りのものが揃っていた。
「おじさまに会うのは、シェリルさんの命日以来かしら」
「ああ。俺もそんなぐらいだ。気難しい人だからな。覚悟しろよ」
「わかってる」
俺は緊張した面持ちでノッカーを叩く。すぐにしゃがれた声が聞こえると、分厚い木と鉄金の扉が開いた。
現れたのは、背の低い小男だった。
肩まで伸びた白髪に、三つ編みに結ばれた顎髭。身長は俺の胸元ぐらいしかない、エプロンを着た老齢の鍛冶師だが、筋肉質でガッシリとした体型をしている。何より鋼鉄できたような灰色の瞳は鋭く、また顔にできた深い皺と古傷の痕は男が只者ではない良い証拠になっている。
その瞳で睨まれた俺とパメラは、思わず背筋を伸ばす。ピンと張った緊張感の中、後ろでプリムが蝶々を追いかけていた。
「ひ、久しぶりだな、バル爺」
「ご無沙汰しております、バルグラムさん」
俺たちはバルグラムから放たれる闘気のようなものに当てられつつ、なんとか頭を下げる。そのバルグラムは一瞬辺りを警戒した後……。
「入れ!」
まるで俺たちを脅すように声を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
バルグラム・フォッジスは俺の師匠シェリルの知り合いであり、戦友でもあり、師匠でもある人だ。つまり、俺の師匠の師匠に当たる。昔は英雄として名を馳せ、古株のハンターに『炎の鍛冶神』の名前を出すと、懐かしそうにしていた。
その異名通り、バルグラムは【鍛冶】の『戦技』を持ち、その能力は神にも届くといわれてきた。シェリルの武器を始め、これまで多くの英雄の武器を鎚ってきたのだという。砲剣『レーバテイン』も、炮剣『レーバテイン』もバルグラムが作ったものだ。
そんなかつての英雄は今――――。
「おお。カワイイのぅ。めんこいのぅ」
俺の子どもを抱いて、離そうとしなかった。
普段は厳格で、余計な事は一切喋らない鍛冶師というよりは、芸術家肌なバルグラムがお湯に顔をつけたみたいに緩めて、シエルを抱いていた。
はっきり言って、こんな顔をしたバルグラムことバル爺は初めてだ。
実は俺は子どもの頃、数日だけだったがバル爺と暮らしていたことがある。その時も、まったく喋らない寡黙な爺さんだったのだが……。果たしてこれは一体。
「こんな人だったっけ?」
「俺も今驚いているところだ」
するとバル爺が話に入ってくる。
「まさかゼレットが結婚して、子どもまで作るとはな。昔、黄身が抜けた卵みたいだったお前からは想像もつかんわい」
「色々と生活も変わってな。考える余裕ができた。そんなところだ」
「いっちょまえな台詞をいいおって。ふふ。すっかり父親じゃのう」
「バル爺も元気そうで良かったよ」
シエルはシエルで喜んでいるし、まあいいだろう。シェリルが俺の親代わりなら、バル爺は俺の祖父みたいなものだからな。喜んでくれるのは、素直に嬉しかった。
◆◇◆◇◆
その後、俺たちはバル爺の近くにある俺たちの故郷を見舞った。そこには何もなく、あるのは簡素な慰霊碑だけだ。
「ここに来ると思うけど、本当に何もかもなくなったのね」
骨もなければ、遺品らしいものもない。俺とパメラの思い出の場所すら、あの闇は飲み込んでいってしまった。村の生き残りは俺とパメラだけになってしまった。俺たちがいなくなれば、この慰霊碑に見舞うエルフはいなくなるだろう。
墓参りを簡単に済ませた後、俺たちはバル爺の家に戻って、近況を話す。しばらく来ていなかったから、話すことはたくさんあった。
そして気が付けば夜になっていた。
パメラもシエルも寝床に入り、プリムとリルも山の幸を堪能したあと、すぐに寝てしまった。俺はというと、本題を切り出し、壊れた【炮剣】をバル爺に差し出した。
『使い手が悪い』
と叱られるかと思いきや、バル爺は冷静に俺の愛剣を観察する。
「こいつが折れるとはな」
「すまない」
「お前の技術どうこうの問題ではない。向こうが1歩も2歩も上だっただけだ」
「相手は魔族だ」
「なるほどな。こっちは確かシェリルの槍を溶かして作ったんだったな」
「ああ」
「それもあるかもな。経験上、打ち直した武器は若干やわくなる傾向にある。こっちが折れたのは、それが原因かもしれん」
「直りそうか」
「わしを誰だと思っておる」
バル爺は俺に鋭い眼差しを向ける。
その眼光には鍛冶屋としての誇りが宿っていた。
「直すのは難しくない。……だが、お主はこの【炮剣】をさらにパワーアップさせてほしいのではないのか?」
「…………」
俺は首肯する。
「シェリルの仇か。所帯を持てば、少しはその気持ちも薄れるかと思ったが、未だにあの時の無念を忘れていないのだな」
「確かに……。パメラの笑顔や、シエルの寝顔を見ていると、時々忘れることはある。……でも、師匠を殺した魔族と……いや、なんでもない」
転職もし、結婚して、子どもを授かった。
俺の人生は劇的に変化したが、それでも忘れなかったことは2つある。まずシェリルを殺した魔族に対する復讐心。そしてもう1つは村を消滅させた者への復讐心だ。
「不器用さは健在か。少しは大人になったかと思ったが、心根はまだまだだな」
「それもまた俺のお洒落だ」
「ぬかせ。まあ、わかった。修復を承る。パワーアップに心当たりもあるしな」
「本当か?」
「昔、わしのところに持ってきたろ。古代のダンジョンで見つけたっていうウルツァイトなんとかっていう金属」
「プリムと出会った時だな」
「最近、あの扱い方を覚えたところだ。ちょうどいいから、お前好みに一振り作ってやる」
「有り難いが……、二振り持っていくのか?」
「双剣ってのは、バランスが重要なんだよ。心配なら、そこら辺にある奴を持っていけ。普通の武器屋に流通してる商品よりは、数段上だ」
バル爺はぶっきらぼうに言い放つ。その目はすでに【炮剣】しか見えていなかった。俺は渋々バル爺の鍛冶場の中を見て回る。本人が言うとおり、その辺の武器屋で買えば、要塞でも買えるぐらいの業物ばかりだった。
そんな中、俺が目にとめたのは、オーソドックスなロングソードだ。
「じゃあ、これを持っていくよ」
鞘付きでもらうと、俺はコートの中に入れた。
そのロングソードにはこう銘打たれていた。
『勇者 シェリル』と……。







