第198話 S級ハンター、ガーディアンに遭遇する
「暗いな……」
ダンジョンに入って、俺の第一声がまずそれだった。光属性の『魔法』が刻まれた簡易な魔導具を使って、辺りを照らしてもなお暗い。
夜の山も暗いが、魔力を帯びる魔草などがほのかに光ったりする。ヒカリ苔や、魔力を含む鉱石が自然にできた洞窟なども同様だ。
しかし、ダンジョンは違う。
自然ではない人工的に作られたダンジョンには、生物――いや、魔力そのもの遮るような密閉感がある。ピッチリと四隅が仕切られた壁と天井。それも一体どんな研磨剤を使ったらこうなるのかと思うほど、平面で滑らかだ。埃っぽく、ややかび臭い。そして何より極端に魔素が薄く感じる。空気はヒンヤリとして、ずっと冷たい手に握られているかのようだった。
ダンジョンはまだ『魔法』や『戦技』がない時代の人間が作ったものだと言われている。
数千年とも、数万年ともいわれる歴史で、ここまで劣化が見られない技術にただただ驚嘆に値する。これが『魔法』や『戦技』を使っていないなら、尚更である。
「どうした、新人冒険者。社会科見学じゃないんだ。ボサッとするなよ」
ダンジョンの真ん中で立ち尽くしていた俺の尻を、ユーギーという雪犬族の冒険者が叩く。ついでに鋭い視線を俺に送るのも忘れない。歓迎されていないことは依頼を受けた時から覚悟していたが、ユーギーはその急先鋒のようだ。
他の冒険者も遠巻きに見ている。歓迎してくれているのは、ギルマスのダルミスぐらいだ。
「すまないな、ゼレット」
「気にするな。昔から人に敵意を向けられているのは慣れてる」
「ほう……。それはあんたのその黒い髪と瞳に関係あるのか?」
「……まあ、そんなところだ」
「気に障ったなら謝罪しよう」
「慣れてると言ったろ。それより魔物についての情報だが……」
「来るぞ! 虫だ!!」
先頭の冒険者が叫ぶ。
しかし、俺からは見えない。他の冒険者も同様だ。おそらく夜目に強いか、探知系の『戦技』を使ったのだろう。
「魔物か? それにしても虫というのは?」
「ここのガーディアンだよ。来るぞ」
ダンジョンには稀にガーディアンと呼ばれる金属に覆われた生物が存在している。長い歴史の中で、こうした前時代の遺跡が残っているのは、そのガーディアンが常にダンジョンをクリーンにしているおかげだ。そして彼らの目的は、ダンジョンのメンテだけではない。すなわち侵入者の排除である。
しかし、俺の視覚からはまだ見えない。代わり、相棒が敏感に気配を察知し唸りをあげた。
『ぐるるるる……』
リルには見えているらしい。
相手が敵だと認識したようだ。
「まだだぞ、リル」
興奮するリルをなだめな、目をこらす。ダンジョンの奥を見つめていると、不意に赤い光点が灯った。瞬間、頭よりも身体が反応する。同時にダルミスの声が響き渡った。
「伏せろ!!」
直後、チュンという音ともに俺の頭の上を赤い火の玉のようなものが通り過ぎていった。反応が遅れた後ろの冒険者の肩を貫く。ポッカリと指一本分ぐらいの穴が身体に空いた冒険者は、悲鳴を上げて倒れた。「撃たれた!」という声が発砲音のように響く。
(なんだ? まるで【砲剣】のような……)
考えている時間はない。
火の玉は1発だけに終わらなかった。
赤い光点が増えると、さらに複数の火の玉が一直線に撃ち込まれてくる。
「散開!!」
ダルミスの指示が飛ぶ。
冒険者は指示通り、通路の隅に隠れた。俺もリルとともに退避する。撃ち合ってもいいのだが、まだ俺の視界からは見えない。どんな敵か確認する必要もあった。
足音のおかげで「虫」と呼ばれるガーディアンが、近づいてくるのだけはわかる。如何にも固そうな金属音とともに現れたのは、全身を鉄に包まれた四つん這い歩く何かだ。ゴテッとした金属の4つ足に、亀の甲羅のようなつるっとしたボディ。その上には小さな灯台のようなものが突き出ていて、赤い光が眼球のようにクルクルと動いていた。
随分と抽象的な説明になってしまうのは、ガーディアンの姿がこの世界の何者にも当てはまらない姿をしているからだ。あえて言うなら、キメラに近い。
「あれがこのダンジョンのガーディアンか?」
「オレたちは『虫』って呼んでるタイプだ。あのボディは攻撃しない方がいい。やたら硬い」
確かによく見たら、カブトムシに似てなくもない。硬い外皮と、夜行性である特徴は一緒のようだが、蜜を吸いに来たというわけではなさそうだ。
「なら、あいつはそれがわかってるんだろうな」
「ん?」
「うおおおおおおおおおお!!」
火の玉がダンジョンの通路を飛び交う中、ユーギーが気勢を上げて突っ込んでいく。獣人の身体能力と、反射、動体視力を総動員し、弾雨に向かっていった。ついにガーディアンとの距離を詰めると、腰に下げていた双剣を引き抜く。
「とったああああああああ!!」
ユーギーは吠えながら、双剣を思いっきりガーディアンの背に突き立てた。
ギィイィイィイイイイインンン!!
けたたましい音がダンジョンに響く。
直後に聞こえてきたのは悲鳴だった。
「いってぇえぇえぇえぇえええ!!」
ユーギーの双剣はガーディアンの背に全くと言っていいほど突き刺さっていなかった。逆に跳ね返ってきた衝撃に、ユーギーが悶える。若手冒険者の醜態を見て、ダルミスが頭を抱えた。それを見て、俺は忠告する。
「俺よりもさきにレクチャーする冒険者がいたようだな」
「そのようだ」
やれやれとダルミスは首を振る。
心中察する。どこのギルドにも、向こう見ずで馬鹿な若手はいるものだ。
一方、そのユーギーは背中から突き出した頭の部分を抱きしめて、ガーディアンを力で抑えようとしていた。しかし逆にガーディアンに振り回され、悲鳴を上げる。そこにやってきたのは、助けにきた冒険者仲間ではない。他のガーディアンだ。赤い光点がユーギーに向けられた。
「やばい!」
瞬間、火の玉が吐き出される。
ほぼ至近で放たれた玉は真っ直ぐユーギーに向かって行く。如何に獣人といえど、距離がない。火の玉が放たれた直後に、ユーギーの眉間を貫いた。
冒険者がざわめく。
俺も息を呑んだ。
眉間を撃たれたユーギーが消えたのだ。
「『戦技』か!!」
次にユーギーが現れたのは、別のガーディアンの背中の上だった。
「びっくりさせやがって! こいつはお返しだ!!」
再びユーギーの双剣が閃く。
次に狙いを定めたのは、赤い目の部分だ。
2つの剣閃が輝くと、目が×の字に切り裂かれる。ボンッと弾け、ガーディアンは煙を上げて、沈黙した。
「どんなもんだい、黒コート!! お前みたいなハンターに助けられなくても、おいらだけで十分だ!!」
ユーギーは得意げにガッツポーズを取る。
が、戦闘は終わっていない。ユーギーはガーディアンに囲まれていた。
「やばっ!!」
自分の危機をようやく察したらしい。
『戦技』を使って、飛んできた火の玉を回避しようとするが、タイムラグがあるらしく、連続では使えないらしい。
ドォン!!
砲声が響く。
何事かと振り返った冒険者とガーディアンたちと目があった。視線を無視し、俺は2弾目に備える。
1弾目はガーディアンの背に当たって、跳弾する。【砲剣】でも貫けないらし。相当硬い材質でできているようだ。
「全部というわけではないだろう。リル、あいつらを蹴散らして、腹をこちらに向けさせろ!」
『わぁう!!』
俺の指示を聞いて、リルは飛び出していく。
風のように疾走すると、一気にガーディアンに迫った。勢いを止めず、ガーディアンに体当たりし、ひっくり返す。
露出したのは、硬い外皮に覆われていない腹の部分だ。
間髪容れずに銃把を引く。
腹の中心を射貫くと、ガーディアンは停止した。
「なっ! ガーディアンを1発で……」
ユーギーが敵陣の真ん中で呆気に取られる。一方、ダルミスは冷静だった。オレの攻撃が通じるとみると否や、冒険者に指示を出して、ガーディアンをひっくり返す。腹を見せたガーディアンから俺は根こそぎ、仕留めていく。
「そういうことか……。よし! お前ら! 『魔法』でも『戦技』でもなんでもいい! ヤツをひっくり返せ!!」
見ていたダルミスが冒険者に指示を出す。
俺とリルの連携を呆然と見ていた冒険者は慌てて動き出す。
形勢は逆転し、10分後にはガーディアンは全滅していた。
「さすがS級ハンターだな。助かったよ、ゼレット・ヴィンター」
「礼には及ばん」
ダルミスは手を差し出す。
感謝を握手で伝えようとしたのだろうが、対する俺は紙を差し出した。
「なんだ、これは?」
「【砲剣】の弾の代金だ」
「な! なんじゃこりゃあああああ!! これが弾の代金だとぉおぉおおおお!!」
ダルミスは悲鳴を上げる。
俺は何食わぬ顔で告げた。
「依頼料と共に後で振り込んでおいてくれ」
石のようにかたまったダルミスの肩を、俺はポンと叩くのだった。
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