第19話 元S級ハンター、貴族の屋敷に行く
三つ首ワイバーンをハントし、食材提供者として最高のスタートを切った俺は、今現在――――転職先を探していた。
あれからというもの、待てど暮らせど依頼が来ない。
このままでは来月の家賃が滞ってしまう恐れがある。
そこで俺は次なる職を探すために、リルを枕にして、転職情報誌を読み耽っていた。
「――――って! ちょっと何をさらっと転職しようとしているのよ! あんたには食材をギルドに提供するっていう仕事があるでしょ!!」
眺めていた情報誌を奪い取ったのは、幼馴染みのパメラである。
鍵をかけていたのに、当然の如く自室の扉は開けられ、プライバシーの欠片もない。そもそもマスターキーを持っているからって、男の部屋に踏み込むことに、この幼馴染みは何の躊躇いもないのだろうか。
「仕方ないだろう。あれから何にも依頼がないんだから」
「依頼はあるわよ。文字通り山のようにね!」
パメラはビッと部屋の隅に山と積まれた手紙を指差した。
すべて俺宛に書かれた依頼通知だ。
三つ首ワイバーンを討伐して以後、俺の下にはひっきりなしに依頼が舞い込んでいた。
遠く北の国から南の国まで。どこから噂を聞きつけたのか、毎日ダース単位の手紙が投函箱にツッコまれ、つい先日オーナーであるパメラに片付けろと釘を刺されたところである。
「なのに、あんたと来たら、『Sランクの魔物の討伐依頼じゃない』って言って、全部断ってるじゃない」
「仕方ないだろ。どの依頼もSランクの魔物の討伐依頼じゃないんだから」
「キィイイイイイ! また言った! いーい! 今月の家賃は、1分たりとも遅れを許さないわよ。その瞬間、あんたには出て行ってもらうんだから」
「何! それは困る」
「だったら、働きなさいよ。ほら! Aランクの魔物の依頼も来てるわよ」
「…………zzzZZZ」
「寝ーーるーーなーー!」
パメラはその場で地団駄を踏む。
昔からそうだが、騒がしい奴だ。
「あの~、わたしも入っていいですか?」
ひょっこりと現れたのは、小人族の少女だった。
「今、小人族って馬鹿にしたでしょ、ゼレットさん?」
俺の部屋に入るなり、目くじらを立てたのは、オリヴィア・ボックランである。
こんなちんちくりんだが、ギルドの受付嬢だ。
「そんなことは思っていない。小さいから見えなかっただけだ」
「小さくありません! オリヴィアは22歳ですけど、成長が大器晩成型なだけです。いつか絶対みんなが見返すぐらいの淑女になってみせるんですぅ!」
オリヴィアは半泣きになりながら、俺を睨んだ。
「んで? ギルドの受付嬢がわざわざこんな安アパートに何用だ?」
俺は「安アパートは余計よ」というパメラの小言を聞きながら、上半身を起こす。
「言っておくが、Sランクの魔物じゃないと、依頼は受けないぞ」
「いえ。今日は別の用件で参りました」
「別の用件?」
ひとまず俺は部屋に1脚だけあった椅子を、オリヴィアに勧める。俺はリルのモフモフの耳を弄びながら、話を聞いた。
「ゼレットさんはアストワリ家を知っていますか?」
俺は眉を顰める。
それは、世俗に疎い俺でもよく知る家柄だった。
「確か公爵家の1つだろ? 今の王妃がその公爵家の出だったはずだが」
確か今回だけではない。その前の前、さらにその前も王妃はアストワリ家と縁のある娘が王妃になっている。つまり、王族にも顔が利くような名家なのだ。
「はい。実は、アストワリ家の公爵令嬢が、ゼレットさんにお目にかかりたいとお手紙をいただきまして」
「俺に? 貴族のお嬢さまが?」
なんだ? 三つ首ワイバーンを討伐した褒美でもくれるのか?
王様やこの辺の領主ならわかるが、公爵家のご令嬢だろ? そこまでする権利を持っているのだろうか。
「実は、アストワリ家は料理人ギルドの出資人でして、特にラフィナ公爵令嬢はとても熱心に、わたしたちを支援してくれています」
「貴族のお嬢さまが?」
「驚きかと思いますが、実はここだけの話――ラフィナ公爵令嬢は、魔物食に非常にご執心でして、三つ首ワイバーンの依頼も、ラフィナ様からなんですよ」
「貴族令嬢が……!」
「魔物食にご執心!」
俺はパメラとともに叫ぶ。
その慌てようを水色の瞳に収めたオリヴィアは、くすりと笑った。
「別におかしいことではありません。今や魔物食は昔と違って、時代のムーブメントなんです。我々平民だけではなく、貴族や王族の方々にまで浸透しつつあるんですよ。むしろ貴族の方々から始まった流行ですから」
考えてもみれば、何もおかしくない話だ。
三つ首ワイバーンの値段は、目玉が飛び出すほど破格だった。
あんな高額な値段をポンと出せるのは、庶民ではなく貴族ぐらいしかいない。それも、今名前に上がった名家の貴族でなければ難しいはずだ。
問題は、その公爵令嬢が俺に何の用かってことだな。
「で――――三つ首ワイバーンを提供した俺の頭を撫でるために、家まで来いということか?」
「目的は聞いていません。ただ一言――お目にかかりたい、とだけ……」
「気が乗らんな……」
「何言ってるのよ! 相手は大貴族よ! しかも王族に顔が利く! ゼレットのハンターとしての腕を見込んで、仕官の話したいのかもしれないわ。そうなると大出世じゃない!」
「大貴族の士官になれば、Sランクの魔物を撃ち放題になるのか?」
「そ、それは…………わからないけど」
「じゃあ、いいや」
「何でよ!! あんた、転職を考えてたんじゃないの?」
「え? ゼレットさん、転職を考えてたんですか?」
オリヴィアは口を手で覆う。ショックを受けているのは目に見えてわかったが、パメラの追及は終わらない。
「大貴族の士官なんて、絶対高給取りじゃない! 食材提供者が嫌なら、せめて貴族様の話ぐらい聞いてきなさいよ。じゃなかったら、あんたたち今日の晩飯抜きだからね!」
「はっ! 1食抜いただけで、俺が怯むとでも思ってるのかよ」
すると、俺の身体は突如浮き上がった。
おかしい、浮遊魔法を会得した覚えはないのだが……。
背後を見ると、立ち上がったリルが俺のフードを噛んで、持ち上げていた。
「ちょ……! リル!!」
「し~~~~~~~~~~~~しょ~~~~~~~~~~~~……」
突然、天井に穴が開く。屋根裏に潜んでいたプリムが顔を出すと、まるでゾンビのように壁を伝い、床を這って俺に迫った。
その目には生気はなく、あるのは飽くなき食欲だけだ。
「行こう! きぞく! 食べにいこう!」
じゅるり、と唾を呑み込む。
いや、貴族を食べたらダメだろう……。
結局、俺は弟子と飼い狼に挟まれ、やむにやまれず貴族令嬢の家に向かうことになったのである。
◆◇◆◇◆
4頭引きの馬車に揺られ、俺たちはアストワリ公爵家へと向かっていた。
瀟洒な一等客車は広く、俺、プリム、リル、そしてオリヴィアが乗ってもまだ余裕がある。そこかしこに一流の木彫り師が彫ったような細工が施され、キンキンに冷えたワインまで常備されていた。
客車全体には衝撃吸収の魔法に加え、客車内の温度を一定に保つ魔法まで施されている。おかげで、すこぶる快適だ。願わくば、このまま中で住みたいぐらいである。
明らかに一流の客をもてなす待遇だった。
ハンターギルドにいたら、おそらく一生受けることはなかっただろう。
「ねぇねぇ、ししょー。きぞく、まだ? まだ?」
「何度も言わすな。貴族は食べ物じゃないぞ。……にしても、遅いな。まだ公爵家には着かないのか、オリヴィア」
「もう着いてますよ」
「は? ずっと森の中を走ってるように見えるが」
俺は客車の窓の外を見る。
ピンと立ったスピアみたいな針葉樹が立ち並んでいるだけで、屋敷の「や」の字も見えてこない。
「ここはすでにアストワリ家のお庭なんですよ」
げっ! これ全部庭か! どんだけ金持ちなんだよ、アストワリ家は。
でも、700万グラをポンと出すぐらいだからな。しかもご当主様じゃなくて、ご令嬢様だ。きっと甘やかされて育った我が儘娘なんだろう。
若干、俺は辟易しながら、残り短い馬車の旅を楽しむのだった。
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