第197話 元S級ハンター、ダンジョンに潜る
それはまだ俺がハンターギルドにいた頃の話だ。
「ダンジョンでの駆除依頼?」
リルと一緒に惰眠を貪っていた俺は、その日唐突にハンターギルドのギルドマスター、ガンゲルに呼び出された。当初からS級以外に興味がなかった俺に対して、説教でもするのかと思ったが、どうも様子がいつもと違う。エストローナにわざわざ足を運んだスタッフも知らないらしく、「まずガンゲルに会ってほしい」との一点張りだった。
俺としても、いつまでも武器のメンテばかりしているわけにはいかない。鈍った身体を動かす意味でも、久しぶりにギルドに顔を出す決断をした。
ギルドマスターの執務室に入っても、俺はガンゲルの説教が始まるものだと思っていた。しかし、俺の予想は外れ、ガンゲルは神妙な顔でこう言った。
「ダンジョンにいる魔物を討伐しろ」
2ヵ月前。街の北方で古代遺跡が見つかった。俗に言うダンジョンというヤツである。どうやら旧文明の貴重な遺跡らしく、専門家を含んだパーティーが内部を調査した。
そして調査隊はある魔物に出くわし、芳しい成果もあげられぬまま撤退を余儀なくされたらしい。
それから2、3度とパーティーを派遣したが、結果変わらなかったそうだ。ダンジョンの奥に行こうにも、その魔物が邪魔をするらしい。
「専門家の話では、ダンジョンを守る守護獣なのだそうだ。気を付けろ、ゼレット。いくらお前でも……」
「待て待て、ガンゲル。今回はダンジョンのことだろう? なんでハンターである俺が対処しなければならない。冒険者たちに任せればいいだろ」
ハンターと冒険者は魔物を倒すという意味で似ているが、はっきりとした棲み分けができていた。
ハンターは主に地上――森や平地など、人の足が向く場所にいる害となる魔物を倒すことを生業としている。一方で冒険者の仕事場は主にダンジョンや古代の神殿内に棲む魔物の駆除である。
お互い魔物を駆除する職業であるため間違えられやすい一方で、ハンターと冒険者は犬猿の仲だ。縄張りは分けられているとはいえ、グレーゾーンは必ず存在する。例えば冒険者が打ち漏らした魔物がダンジョンの外に出て、近くの村を襲ったというケースだ。ちなみにこの場合、最終的に冒険者がダンジョンの外で駆除すれば、冒険者の手柄になる。一方で、その際一般人に死傷者が出た場合、ケースバイケースだが、ハンターが責任を負い保証する場合がある。その逆もしかりだ。
そんな歴史を繰り返す中、ハンターと冒険者の溝は深まる一方というわけである。
「その冒険者ギルドからの依頼なんだよ」
「にわかに信じたがたいな」
「昨日、こっそりうちにやってきて、冒険者ギルドのギルドマスターが私に頭を下げてきた」
ガンゲルはニヤリと笑う。
時々真人間みたいにまともなことをいう癖に、いがみ合ってる相手が弱っているのを見るのは楽しいらしい。
いつか罰が当たらなければいいのだが。
「そこで白羽の矢がお前に立ったというわけだ」
「強さは……と聞くまでもないか」
「この街の冒険者ギルドに、ラーベントという凄腕がいたろ」
「ああ。A級の冒険者だな。冒険者ギルドのエースだな」
A級ながら、ハンターギルドならS級認定されていてもおかしくない槍術の使い手である。
「あいつが子ども扱いだったらしい。大怪我を負って、命からがら帰ってきたそうだ」
「ほう。となると……」
「そうだ。Sランクの魔物並みの強さを持っている可能性がある。どうだ? やる気は出ないか、ゼレット」
冒険者に手を貸すことはともかく、ダンジョンに現れた新種と思われる魔物には興味がある。
「当然、弾薬やメンテの代金は冒険者ギルドが持ってくれるんだろうな」
「当たり前だ。そうでなければ、引き受けるものか?」
「よし」
こうして俺はダンジョンにいる魔物を討伐するため、2日後北へと向かった。
◆◇◆◇◆
「冒険者ギルドのギルドマスター、ダルミスだ。噂は聞いてるゼレット・ヴィンター。よく来てくれたな」
ダンジョンの前で俺を迎えたのは、冒険者ギルドのギルドマスターだった。
年の頃は40半ばといったところだろうか。おそらくガンゲルとそう変わらないが、豚が軍服を着た奴とは違って、こっちは今でも現役を彷彿とさせるほど身体をしている。群青色の長髪に、ダンジョンを職場とする冒険者にしては珍しい、焼けた褐色の肌。背丈は俺より少し高い。
左の額から左目を通って、左頬にまで爪で引っ掻いたような古傷が痛々しい。おそらく魔物によるものだろうが、その左目には眼帯が巻かれていた。今でも現役さながらという肉体なのに、ギルドマスターと言う役職についているのは、隻眼であるが故と思われる。
黙っていると、視線で俺が言いたいことに勘づいたのだろう。ダルミスは「くくっ」と苦笑すると、長い髪を撫でた。
「そうだ。あんたの案内役はこのオレだ」
「ギルマス自らか?」
「めぼしい人材は全員病院行きだ。精神をやっちまって、半ば引退した冒険者もいる。人材がいないんだよ」
俺を呼ぶぐらいだ。
頭数が足りていないのだろう。
「ちょっ! どういうことッスか、ダルミスさん!!」
突然吠えたのは、真っ白な毛が特徴的な犬の獣人だ。雪犬族という犬の獣人でも珍しいタイプで、高い身体能力を持つ。文字通り噛み付いてきたのは、随分と若い雪犬族で、腰に二振りのショートソードが収まっていた。どうやら双剣を扱うらしい。
「なんでハンターの力を借りるんスか?」
「おいらたちじゃ信じられないっていうんスか?」
「ユーギー。気持ちはわかるが、仕方ないだろ。うちの主力は前回、前々回で全滅したんだから」
「けど、ハンターに手を借りるなんて」
「うるさい。キャンキャン鳴くな、獣人風情が……」
今度は別の怒鳴り声が響く。
随分と賑やかなパーティーだ。
俺たちの間に割って入ったのは、黒い修道服を纏った男だった。まな板のような四角い輪郭の顔に、肩幅の広い偉丈夫である。
剃髪に、眉毛も剃っていて、やたら厳つい顔をした男は、ベンガレンと名乗った。どうやら、こいつが王国から派遣された研究者らしい。
「冒険者であろうと、ハンターであろうと、わたくしどもにとってはどうでもよろしいこと。あの魔物さえ倒してくれればね」
黒い瞳を俺に向ける。
期待というよりは、何か威嚇されているかのようだった。
俺が揃ったところで、ベンガレンの号令のもと、ダンジョンの入口へと入っていく。ギルドマスターのダルミスが仕切るのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「あんたが案内じゃないのか?」
「いや、違う」
と言ってから、ダルミスは声を潜めた
「オレはどっちかといえば、折衝役だな。あんたと、あれのだ」
視線だけをベンガレンに向ける。
「なるほど」
納得こそしたが、正直あまり愉快な気分にはなれない。正直にいえば、このパーティーは最初から崩壊しているように俺には見えた。目的は一緒だが、それぞれ思惑は違う。寄せ集めの戦力であること間違いないようだった。
やれやれ……。
愉快なダンジョン散策になりそうだ。







