第196話 元S級ハンター、娘の覚悟を聞く
色々とありすぎた慰安旅行だが、それなりに楽しむことができた。
また家族を巻き込んでしまったことは大いに反省しなければならないが、シエルにとっては良い出会いがあり、いい思い出になったと思う。
そう思うのも、実はスライムくんことエシャラスライムを見送った後、シエルは俺にこう言ったのだ。
『パーパ』
『ん? どうした、シエル』
『シエル、つよくなりたい』
『そうか』
『パーパみたいにつよく。つ〜〜〜〜〜〜〜〜よくなるの』
『そ、そうか』
娘の宣言は頼もしさこそあったが、親としては少々不安だ。
それが心の強さなら納得できようものだが、子どものシエルがそこまで達観しているとは思えない。ここでいうシエルの強さというのは、シンプルに腕っぷしのことを言っていることは鈍感な俺でもわかった。
だが、シエルはまだ子どもだ。そして女の子だ。
俺としてはまだまだ愛らしい存在であって欲しい。
けれどシエルの決意は本物だった。よく見ると、パメラが解体をやりたいと言った時に似ている。親子なのだな、とつくづく思い知らされた。
『そうか。シエルは強くなってどうするんだ?』
『ハンターになる』
『え? さ、流石にそれは……』
『(だ)めなの?』
『そういうわけじゃないが……』
今ここでシエルに「給料は低い」「待遇も低い」「ギルマスの知能も低い」と教えてやったところでわからないのだろう。喉まで出かかった言葉を押し込めて、シエルに尋ねた。
『なんでハンターなんだ?』
『ハンターになって、スライムくんをまもるの』
いや、むしろハンターはスライムくんを狩る側なのだが……。
どうやらシエルはハンターという職業が、魔物を守る職業だと思っているらしい。シエルは今回の事件の中心にいた。俺の行動を見て、きっとハンターという奴は魔物を守る“いい人”という位置付けがなされているのかもしれない。
けれど、悪くないかもな。
偶然にもハンターを辞めてから、人間が魔物を食い物にする事件を見てきた。
ケリュネア事件然り、ルカイニの事件然り、そして今回の事件然りだ。
ヘンデローネがハンターギルドを乗っ取った時は、何を馬鹿なことを、と思っていたが、確かに魔物が被害者という側面は多分にある。もちろん、魔物による被害に目を瞑ることはできないが、それでもたった1人ぐらい魔物を守る側に立ったハンターがいても悪くはない。
『そうか。じゃあ、頑張らないとな』
『うん!』
俺に頭を撫でられながら、シエルはキャッキャと喜んでいた。
「へぇ〜。そんなことがあったんだ」
帰りの船の甲板上で俺は海を眺めながら、エシャランド島であったことを話した。側にはパメラがいて、船の縁に寄りかかりながら薄い飛沫を浴びている。海鳥が側を飛んでいて、甲板にいる船乗りたちに餌をせがんでいた。
「シエルはいいハンターになる。何せ俺の娘だから」
「シエルは私の娘でもあるんだけど。まあ、否定はしないけどね。でも、いいの、パーパ。商売敵になっちゃうかもよ」
「それならそれでいい。俺より強いぐらいじゃないと、ハンターなんてやってられないからな。魔物を守るハンターなら尚更だ」
「ふふふ……。そうかも。あ、そうだ。ずっと気になっていたことを訊いていい?」
「なんだ?」
「なんでエシャラスライムはSランクなの? そりゃマグマでも平気なのは強力な長所だと思うけど……。特に恐ろしいってことはないし、見た目も愛嬌があるし。なんで??」
「ラフィナやギルマスから聞いてないのか?」
「夫と娘が危ない目にあっていて、こっちはそれどころじゃなかったのよ」
パメラはやや憤然と返す。
帰ってきた時は、目に涙を滲ませていたパメラだったが、やはり親子で危ないことをしていたことについては、許していないようだ。やれやれ……。
「さっきパメラも言ったろ。マグマでも平気なのは強力な長所だと」
「ええ」
「じゃあ、逆に聞くがマグマですら耐え切る魔物をどうやって駆除すればいいと思う……」
「それは…………えっと。どうやって?」
「答えは駆除できないだ」
エシャラスライムはマグマどころではない。
物理的にも、魔法的にも、精神的にはも無傷に近い。
つまりマグマに沈めようが、氷漬けにしようが、雷を撃ちこもうが生きている。ちなみに窒息死することはない。業界用語的に言えば、完全生物なのだ。
「そんな! え? でも、エシャラスライムだって生物なんだから増えていくでしょ? 今、何体あの島にいたのか知らないけど……。あ。でも、大丈夫か。エシャランド島に隔離しておけば。そもそも温厚な魔物だし」
「エシャラスライムの分裂期は10年に1度と言われている。それなりに長いが、駆除する方法を見つけなければ1000万年後にはエシャランド島の面積が埋まるほどの数になる」
さらに1000億年後には海を埋め尽くし、10000兆年後には世界を埋め尽くす。
つまり人類社会がエシャラスライムに乗っ取られるというわけだ。
「気の遠くなる話ね。だから、Sランクなの?」
「とはいえ、駆除する方法がないというのは大きな脅威だ。まあ、俺たちが生きている頃に乗っ取られることはないと思うがな」
いくらなんでも1000万年後ぐらいには駆除する方法は見つかっているだろう――――と思いたい。
「ついでに、もう1つ聞きたいことがあるんだけど」
「今日は随分と質問が多いな」
「何せ旦那が折角のバカンスなのに嫁を置いて、子どもと2人で大冒険してたものですから」
パメラはイタズラっぽく笑う。
昔のパメラに戻ったようだ。こっちも昔に戻った気分になる。
そういえば、こうして夫婦2人で話すのはいつぶりだろうか。
ちなみにシエルはリルの背中の上を占拠し、絶賛昼寝中だ。
俺の特等席は、今やすっかり愛娘のものになりつつあった。
「……すまん。心配をかけた」
「いいわよ。それで質問なんだけど……。前から思ってたんだけど、プリムさんって一体何者なの?」
「…………今、それを訊くか?」
「まだゼレットがハンターで……、そうそう! S級になりたての頃だっけ? 突然連れてきてさ。訳ありなんだろうなとは思ったけど、ゼレットも『知らん』『わからん』の一点張りだし、本人はなんだか『師匠』って感じだし」
「もう1度訊くが、なんで今なんだ?」
「毒が全然効かなかったって聞いて。ゼレットもそうだから、気になったのよ」
俺は眉を動かす。
あのバカ弟子と一緒にされているようで、ちょっと不快だった。
「それ! わたしも気になります!!」
突如割って入ったのは、オリヴィアだ。
さらにラフィアとギルマスが、わらわらと集まってくる。
こいつら、ずっと俺たち夫婦のことを見ていたな。
「獣人族は身体能力に優れているのは知っていますが……」
「プリムちゃ〜ん。ちょっと頭抜けているというか〜」
「そうですわね。いくらなんでも常人離れし過ぎていますわ」
どうやらずっと気になっていたらしい。
「話すと長いぞ」
「ちょうどいいじゃない」
「航海はまだ長いですし」
「お酒が欲しいところね〜」
「興味ありますわ、ゼレット様」
プリムの話か。
個人的に多分一生喋らないものだと思っていたのだが……。
やれやれ。果たしてどこまで信じてもらえるだろうか。
「今から5年前の話だ」
こうして俺は昔のことを語ることにした。