第18話 元S級ハンターがいないギルド
早くも第二部更新です。
ハンターギルドに、その大声が響き渡ったのは、陽気な午後の昼下がりだった。
「なんだと!!」
ギルドマスターであるガンゲルは、思わず立ち上がる。
鼻息を荒くし、顔を赤らめた姿は闘牛を思い起こさせた。
報告を告げに来たギルド職員は、その迫力に押され書類を取り落としそうになるが、結果落ちたのはガンゲルの前に山と積まれた書類の束であった。
「ほ、本当なのか、それは……」
ガンゲルは若干息を整えながら尋ねる。
胸を鷲掴み、30年以上職務のストレスに耐え続けてきた心臓をいたわった。
そんな鬼気迫る姿に戦きつつ、ギルド職員は頷く。
「間違いありません。海竜王リヴァイアサンがチチガガ湾沖合にて現れました」
海竜王リヴァイアサン。
名前の通り海竜種と呼ばれる中でも、一際巨大な海竜の王である。
大型船舶でも一飲みできるほどの大きさ、それにも関わらず水中では無敵のスピードを誇り、その水中衝撃だけで巨大な波を引き起こすことができる。
海中での生活が基本だが、異常な跳躍力を持ち、空に浮かぶ雨雲にまで届くという。
ハンターギルドが定めたランクは、説明するまでもなく“S”。
そのリヴァイアサンを狩った例は、過去に2例しか存在しない。
そしてチチガガ湾とは、ハンターギルドがあるヴァナハイア王国の中でも、有数な漁場である。
北からの寒流と、南からの暖流のおかげで様々な魚が集まり、そこで捕った魚が冷凍魔法によってヴァナハイア王国各地の市場へと出回る。その水揚げ量は王国の3割に届き、なくてはならない好漁場となっていた。
さらに岸から少し沖の方に出るだけで、海底が見えないほどの深さを持つことも1つの特徴である。
そのチチガガ湾にリヴァイアサンが居座り始めたのは5日前のこと――近場の漁師からの報告で発覚した。
危険すぎて、このままでは漁船を出せないと訴えてきたのだ。
「なんで、よりによってリヴァイアサンなんだ!」
ガンゲルが頭を悩ますのは、他にも理由がある。
リヴァイアサンを初め、各地でSランクの魔物が活発に活動を始めたのだ。
すなわち――――。
『王禽』スカイ・ボーン。
『地戦王』エンシェントボア。
『角王』キングコーン
『女帝』プリシラ
そして『海竜王』リヴァイアサン。
Sランクの中でも、特に厄介な魔物の王たちが、まるで示しを合わせたかのように各地で暴れ始めているという報告が、各所からガンゲルの机に上がっていた。
しかも、タイミングが悪いことに、ゼレットがギルドを辞めた後になってだ。
(これではまるで、ゼレットが辞めるのを待っていたかのようではないか……)
ガンゲルはすとんと1度椅子に腰掛け、爪を噛む。
すでにその爪はボロボロで、フォークのようにギザギザになっていた。
「漁師から早く駆除してくれ、と多数依頼が来てますが、どうしましょうか?」
「うるさい! 黙れ! 今、考えているんだ!!」
ガンゲルは机の上にあった爪切りを部下に投げつける。
再び爪を噛み、ガリガリと音を立てながら黙考した。
例えゼレットがいなくても、ハンターギルドにはまだ多くのハンターが残っている。Sランクの魔物を討ち取った経験もあるハンターも、在籍してもいる。
しかし、ゼレット以上に確実に討伐できると、実力的に信頼に足るハンターはいない。
まして相手は『海竜王』リヴァイアサンだ。一筋縄ではいかないだろう。
さりとて、ゼレットに今から頭を下げるなんて死んでもイヤだった。
「よし。こうなったら、ハンターギルド総出で当たる……」
いよいよガンゲルは腹を決めた。
再び腰を上げ、指示を出そうとした時、執務室の扉が開く。
入室者の姿よりも早く漂ってきたのは、香水の香りだ。その強い香りに、思わずガンゲルとギルド職員がむせ返る。
程なくして、侍従と思われる男たちが現れると、ガンゲルの執務机に向かって真っ直ぐに赤いカーペットを引いた。
その上をゆったりとした足取りで現れたのは、妙齢の女性だった。
アイシャドウの入った陰険そうな垂れ眼と、濃い目のチーク。首から厚手のファーをかけ、全体的に黒っぽい衣装を着た淑女である。
「ヘンデローネ侯爵夫人!」
ガンゲルは素っ頓狂な声を上げる。
デリサ・ボニス・ヘンデローネ。
女だてらヘンデローネ侯爵家を継いだ現当主で、社交界にも顔が利く権力者だ。
その彼女がご執心なのは、なんと言っても魔物の保護政策である。
どんな獰猛な魔物も、彼女からすれば「オールドブル」に生きる命。当然、尊ぶべきものであり、人間が魔物を狩ることはエゴだ、とヘンデローネ侯爵夫人は訴えている。
それも割と民衆を巻き込む過激な方法でだ。
しかし彼女ほどの身分の者が声高に訴えても、なかなか魔物狩りは終わらない。
そこでヘンデローネ侯爵夫人は、驚くべき行動に出た。
ハンターギルドのパトロンになったのだ。
お金に困っていたハンターギルドに、自分が直接資金を出す代わりに、その活動の自粛を迫った結果、Sランクの魔物の全面禁猟という荒唐無稽な提案を押し通したのである。
ゼレットの前では憤然としていたガンゲルも、この判断には断腸の思いがあった。
けれど、ギルドの運営のために、お金は喉から手が出る程ほしい。
ヘンデローネ侯爵夫人の申し出は、渡りに船というより、川で溺れかけていたハンターギルドにとっては、その舳先にしがみつくしかなかったのである。
そのヘンデローネが目の前にやってくると、先ほどまで憤然と指示を送っていたガンゲルは急に顔色を変える。
腰を低くして揉み手をスリスリと鳴らし始めると、侯爵夫人を出迎えた。
「侯爵夫人! これはこれは急なお越しで、いかがいたしましたでしょうか?」
「聞いてるでしょ、チチガガ湾の件……」
ヘンデローネ侯爵夫人は、扇子を開くとパタパタと扇ぎ始める。その風圧で顎下の不摂生の塊がプルプルと震えていた。
「り、リヴァイアサンのことでございますか?」
ガンゲルはこれでもか、と頭を下げ、こびへつらう。
「そうよ。あそこにはね。ヘンデローネ家が所有している船が停泊しているの。こんなおんぼろギルドなら、3回は建て直せるぐらいの最新式の帆船よ。そこで今度沖に出て、船舶パーティーを開こうと思っているんだけど、リヴァイアサンのおかげで船が出航できなくなったでしょ?」
「ははっ! 即刻、ハンターを派遣して、リヴァイアサンを討――――痛ッ!!」
ガンゲルの下げた頭に何かが当たる。
見ると、床に侯爵夫人の扇子が落ちていた。
その扇子を侍従が拾い、もう1人の侍従がスペアの扇子を差し出すと、侯爵夫人は再びパタパタと扇ぎ始めた。
「誰が討伐を頼んだのよ。何回言わせるの、あなた……」
ヘンデローネ侯爵夫人は、ついに机を叩く。まるで金を取り立てにきた金貸しみたいな剣幕で、ガンゲルにまくし立てる。
「魔物も1つの命だと言ってるでしょ。人間の欲望のために、その命を奪うなんて言語道断だわ。それもエゴだって、あなたにも説明したわよね?」
「お、おっしゃるとおり! まさしくその通りです!」
「追い払う! もちろん、一切傷付けずによ。いいわね」
ならば、船上パーティーするために、Sランクの魔物を追い払うのは、欲望でもエゴでもないのか、という言葉を飲み込み、ガンゲルは再び頭を下げる。
「かしこまりました!」
ガンゲルの言葉を聞き、ようやく溜飲が下がったらしい。
ヘンデローネ侯爵夫人は、警告だけをして、さっさと出て行ってしまう。残ったのは、きつい香水の香りだけだった。
「はあ……」
ガンゲルは椅子に座り、直す。
ずっとやりとりを見守っていたギルド職員は、椅子の背もたれにもたれるガンゲルを覗き込む。
その顔は侯爵夫人が入ってくる前よりも、10年老けてみえた。
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