第187話 元S級ハンター、相棒を失う
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『魔物を狩るなと言われた最強ハンター』単行本4巻がいよいよ発売です。
リヴァイアサンとの決戦を全て網羅。
奥村先生が描く、Sランクの魔物とハンターの戦いを是非読んでください。
「お前、その髪……」
声は背後から聞こえた。
新手かとも思ったが違う。
目の前の魔族が急に消えて、次の瞬間には俺の後ろに立っていたのだ。
1秒にも満たない刹那。
魔族がとった行動は、俺の髪を触るというものだった。
「オレたちみたいな真っ黒な髪をしているな」
振り向きざまに俺は【炮剣】を払う。
しかし、もう魔族の姿はない。
次に気配に気づいた時には、また後方10歩ほどの距離に魔族が立っていた。
純魔族はニヤリと笑う。
「お前たち人間の中で、そんなに黒い髪の人間は珍しいはずだ」
「何が言いたい……」
「ケケケ……。お前の中にオレたち魔族の血が混じってるんじゃないかって話さ」
「ふざけるな!! お前らの薄汚い血が入っていてたまるか」
俺は激昂する。
今のところ【竜虎咆哮斬】によるダメージは見当たらない。
確か「スーツ」と言ったか。
おそらく俺が今まで見ていたのは、魔族の鎧のようなものだったのだろう。
その純魔族は俺の怒りに対してやや肩を落とし、軽く息を吐いた。
「お前は強い。どうやら『戦技』と『魔法』、それも『魔法』に関しては2種類の属性を使いこなしているな。確か人間の間では『魔法剣士』とか言われていたはず」
「珍しいな」
「あん?」
「お前たちはもっと人間というものに興味ないと思っていた」
「お前、いくつだ?」
「何故、お前に答える必要がある」
「エルフが長寿といっても、そのなりで200歳というわけでもないだろう。オレたち魔族は1000年以上前からお前たちと争ってきた。しかし、お前のいうとおりだ。オレたち魔族は人間どものことを蚊ほどの興味もない。だが……」
1000年という月日も経てば、自ずと蚊のことを知ることになる。お前たちはオレたちにとって、そういう存在なんだよ。
ニッと口を開けると、黄ばんだ鋸のような歯が見える。血の臭いが混じった腐臭が辺りに漂うと、俺は眉間に皺を寄せた。
「お前は違う。お前は人間でありながら、『スーツ』の耐久限界値を超える強さをオレに見せた。そいつは称賛に値する」
「何が言いたい?」
純魔族は俺の方に手を差し出す。
「オレはダール……。オレたちの仲間になるがいい。お前にはその資格がある」
タンッ!
怒りよりも先に俺は雷を履くと、ダールの側面に回り込んでいた。
さしもの魔族様も、この奇襲には虚を突かれたらしい。一瞬こっちを向いた直後、【炮剣】が唸る。
鋭い刃の音が戦場となった森に響いた。
俺は顔を顰める。
ダールは一旦距離を取った。
その右手首から先がなくなっていたが、すぐに再生させてしまう。
「やるな、お前。オレの手首を切った人間はかなり久しぶりだぞ。だが……」
お前は強くても、その剣は強くないようだがな……。
俺が持つ二振りの【炮剣】のうち、雷属性が付与された剣の刃がボロボロになっていた。
師匠が使っていた槍から再製したものだが、こんなことになったのは初めてだ。
「『スーツ』を何度も斬って、そこにさらなる負荷をかけた。折れないだけ凄いとは思うがな。どうする? まだやるか? オレはお前を殺したくはないんだけどなあ」
「黙れ!」
残った1本の【炮剣】の切っ先を向ける。
1本刃を失っても、戦意は落ちていない。
むしろ共に戦場を巡った友が壊されて、怒っているぐらいだ。
一方で、俺の中には常にハンターとして冷静に判断する己がいる。
忌ま忌ましいことだが、ダールの言う通りだ。【竜虎咆哮斬】は刃に極端な負荷を強いる。それを連発すれば、如何に頑丈な金属を使ったところで、負荷に耐えられるわけがなかった。
失策というより、こいつらが出鱈目に固いということではあるのだが……。
(さて……。どうする?)
【炮剣】1本だけで倒せる相手ではない。そもそも【竜虎咆哮斬】はもう使えない。最大火力を失った今、俺がやれることは1つしかない。
そう。勝機はある。
というよりは、ずっとその機会を待っていた。
多分、まだ向こうも気づいていないだろう。
「お前、本当にオレたちの仲間になるつもりはないんだな」
「何度も確認するぐらい、俺がその返答に迷ったように見えたか?」
「はあ……。仕方ない。じゃあ、殺すか」
魔族がまた消えた。
俺は先読みして、腰を回して【炮剣】を払う。
だが、後ろに魔族の姿はない。
殺気を感じた瞬間、背後から喉を掴まれていた。万力のような力に抗えず、一気に気道を絞られ、息ができなくなった。
「ぐはっ! はっ!!」
「やっぱ人間は脆いな……。いくら鍛えたところで、オレたちの頑丈さに比べたら、紙以下だ。興ざめだな。せめて名前ぐらい聞いてやるよ」
「ぜれ…………ぜ……」
「ああ。この態勢じゃ声も出せないか。ほら、少し緩めてやったぞ。これで声を出せるんじゃないか?」
「ゼレッ――――」
ジャンッ!!
ダールの力が緩む。刹那、俺は無理やり【炮剣】を払った。背後にいたダールの胸を切り裂くが、ついにはもう一振りの【炮剣】が折れてしまう。
ついに手元から武器がなくなった。
それでも俺の戦意は落ちない。
復讐と、味わった悲しみが後退を許さない。
何より俺の背後の森の向こうには、最愛の娘がいる。たとえ相打ちになったとしても、こいつはここで仕留めてみせる。
(あいつは言った……。1時間だと……)
魔族が大量の魔力が必要としているのは知っている。おそらく魔族が棲息する住処よりも、こちらの大気に含まれている魔力量が少ないからだろう。活動時間が限られているのだ。
言わば『スーツ』といったのは、人間の世界で活動するための『潜水服』と思われる。
(今、何分経った? 30分……。いや、15分か)
残り45分。
果たして武器なしで猛攻を受け切れるかどうか。
「オレの活動時間を読んでるなら無駄だ。何故なら、その前にお前を絶対に殺すからな」
ゾッとするような殺意に、俺はこの時初めて目の前の魔族が「怖い」と思った。
肌がビリビリする。一瞬、金縛りのように動けなくなった。
「もう容赦しない! さらばだ、ゼレ!!」
ダールは拳を固める。
それは攻城戦に使うような鉄球よりもはるかに迫力あるものだった。
(やられる!)
うっかり死を覚悟した時、俺の人生がまざまざと脳裏を駆け巡っていった。
最後に浮かんだのは、シエル、パメラの姿が浮かんだ。
直後、それは起こった。