第182話 元S級ハンター、身体の秘密
◆◇◆◇◆ ボンズ ◆◇◆◇◆
うまく言ってるはずだった……。
ゼレット・ヴィンターを最初から舐めてかかっていたわけではない。Sランクの魔物をまるでスライムでも倒すかのように狩っていたことは、ハンターの中では有名な話だ。Sランクの魔物以上の化け物であることはよく知っている。
長期間に亘って、何年も計画を練り込んできたわけではないが、念には念を入れて、事に当たったつもりだった。実際、ボクの策はうまくいき、先輩はおろかその娘も毒に冒すことができた。
なのに、何故だ?
何故、毒が効かない?
ボクの『戦技』の『蠱毒』は毒に関わるものなら、どんなものでも操ることができる。毒虫、毒草、毒薬など、様々だ。
すでに先輩は24種類の毒に侵されている。
なのに、何故そこまで動くことができる。
立って、歩くことすらできないはずなのに。
キュン!!
不意に風切り音が聞こえた。
【砲剣】による独特の砲声を聞いて、ボクの身体は反応する。
反射的に側の茂みに逃げ込んだ。
「くそ! もう追いついてきたのかよ!」
どこだ? 辺りを窺った瞬間、不意に辺りが暗くなる。
上だと思ったが、確認する前にボクは横に避けた。
我ながら良い反応だったが、相手はさらに上手だ。
ボクの動きに楽々ついてくると、針を投げようとした手を掴まれた。同時に見えたのは、獣人の娘の得意げな笑顔だ。
「悪い奴、捕まえた」
「馬鹿か。お前、毒使い相手に不用意に飛び込みすぎなんだよ」
ボクは口の中に仕込んでいた毒液を、目の前の獣人娘に吐きかける。これで怯むだろうと掴まれた手を引っ張ったが、全く動かない。ただゴーレムのような力強さが返ってくるだけだ。
「なんだ? お前??」
「何これ気持ち悪い? 変わった味のジュースだね」
「はああああああああ??」
獣人娘の唇は愚か、目の中にも毒は入ったはず。
なのに獣人娘はケロッとしていた。それどころか自分の顔にかかった毒液をペロペロと舐め取っている。大型の猛獣でも、卒倒する毒なのに、なんで? 先輩は一体、何を弟子にしてるんだ。
「ジュースありがとう。でも、師匠の言いつけだからね。ちょっと壊させてもらうよ」
次の瞬間、小枝でも折るかのように獣人娘はボクの手首を捻りあげる。そのままポキリと音を立てて、骨が折れるのがわかった。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
思わず絶叫する。
こんなに喚いたのは、久しぶり。いや、初めてかもしれない。
毒が通じないことですら驚きなのに、この膂力。こいつ、マジで一体何ものなんだ。
続いて獣人娘はさも当たり前のようにもう片方の手を折る。
いや、折るというよりは握りつぶすと言った感じだろう。
完全に手首の先がうまく動かせない。
「これで針が投げられないでしょ」
「お前! 覚えてろよ」
「覚えてろ? うーん。ごめん。僕、結構忘れっぽいんだよね」
「はあ?」
「だから、師匠によく叱られるんだ」
「お前、何を言って……」
すると別の気配がする。
現れたのは、大きな大狼。そして先輩――ゼレットだった。
「師匠、とりあえずこいつの手の骨を折っておいたよ」
「そうか」
ゼレットはボクに【砲剣】の先を向けた。
砲口がまさに咆哮をあげたのは、その直後だった。
「やめ……」
ドンっ!!
先輩は容赦なく【砲剣】の銃把を引く。
焼けた鉄を押し当てたような痛みがボクの足を貫いた。
「いてぇぇええええええええええ!」
「喚くな……。そのまま魔獣の餌になりたいのか?」
「な、なんだと?」
「お前に打ち込んだのは雷属性の『魔法』が入った麻痺弾だ。しばらく動けないぞ。そんな身体で魔物が跋扈する森に置き去りにされたいか?」
「なっ!」
ボクは無理やり足を動かしてみたが、先輩の言う通りまったく言うことをきかない状態になっていた。
「理解したか、ボンズ。最初からお前など相手にならない」
「ふん。得意げな顔をしてるけど、先輩。最愛の娘が毒に冒されてちゃ世話ないですよね」
「…………!」
「取引しましょうよ。というか、先輩もそのためにここにやってきたんでしょ? 娘さんの毒を治す薬はボクが持ってます。その代わりそのエシャラスライムをボクに譲ってもらえません」
『バァウ!』
「なんだよ、犬っころ――じゃない。狼だっけ? いきなり吠えるなよ」
「リルの言う通りだ。話にならんな。自分の状況がわかっているのか? 生殺与奪の権利はこっちにあるんだぞ」
先輩は【炮剣】の砲口をボクの額に当てた。
ボクはわかっている。
親にとって、子どもはどういう存在か。
「子どもの命を、ボクみたいなクズの命……。そんなの釣り合うわけがないでしょ。先輩にとって、娘が1番大事じゃないの?」
「……何が言いたい?」
「ボクが死んだら一生娘さんは毒に冒されたままだよ。子どもの体力がいつまで保つだろうね。1日、いや半日だって保たないかもしれない」
「…………」
「先輩、親が子どもを大事にするなんて当然だよ。それは自分の信念とか、正義とか覆すに十分な理由だと思うんだ。たとえ、ボクにエシャラスライムを渡しても、誰も先輩を責めたりしない。……さあ、取引しよう。エシャラスライムをボクに」
「ボンズ……。お前は先ほどから何を言っているんだ?」
「強がったって、意味ないよ。先輩はボクと取引するしかないんだ?」
「強がる? わからんな。それにお前の命と俺の娘の命を何故、天秤にかけなければならない。そもそも――――」
俺の娘はピンピンしてるぞ。
「へっ?」
先輩は振り返る。
すると、木の影からこちらを向く子どもの姿があった。
怯えるような瞳で、ボクの方を見つめている。
顔色は悪くない。先輩の言う通り、ピンピンしているように見える。
「嘘だろ!? 何故だ? 先輩にしても、そのガキにしても、なんで毒が通じないんだよ!」
「ヴィンター家の家系……。いや、エルフでありながら、黒い髪で生まれてきた俺の特徴だな」
「どう言うことだ?」
「ボンズ、お前の言う通りだ。子を思わない親はいない。それは確かだ。だが、俺の親は毒を使って、『忌み子』と呼んだ我が子を何度も殺そうとした。毒を使って、小さな頃から」
「子どもの頃から……」
「『忌み子』と言われた俺の特徴らしい。先天性のものなのか、あるいは子どもの頃から飲んできた毒のおかげか。俺の身体は毒が通じない身体になっていた。…………その身体的特徴を、俺の子どもであるシエルが受け継いでいても、何もおかしくないだろ」
「ど、毒が通じない身体……」
「そもそも毒を使う魔物はたくさんいる。そのため少量の毒を含み、身体をならしている。ボンズ、毒はお前の専売特許ではないと言うことだな」
そして、先輩は勝ち誇るように薄く笑みを浮かべるのだった。







