第178話 元S級ハンター、後輩を叱る
「やる気か、先輩?」
【炮剣】の切っ先を向けられながらボンズはニヤリと笑った。
おぞましい蛇のような瞳に、背後のシエルがピクリと肩を震わせる。身を寄せたのは、プリムとリル、そして胸に抱いたスライム君だ。
俺はボンズを正面から見据えながら、口を開いた。
「お前がその気なら仕方がない」
「ククク……。いーねー。ボクもさ。1度やってみたかったんだよね。最強のハンターがどれだけ強いかをね」
ボンズの足元の氷が一気に溶ける。
それどころか黒い水のように溢れ出し、部屋の剥き出しになっている岩肌を溶かし始めた。
ボンズの『戦技』は【蠱毒】。
名前の通り、毒を生成する『戦技』である。世の中には様々な『戦技』があるが、その中には毒系といわれている『戦技』がいくつかある。その中でも、ボンズが持つ【蠱毒】は最強と評価されていた。
その証拠に、奴は7体のSランクの魔物を倒している。しかも、毒耐性の強い魔物を討伐していて、世界で名の知られた毒使いだ。
どうやら、俺がSランクの魔物にこだわりがあるように、ボンズにも毒耐性の強い魔物を狙うというポリシーがありそうだ。
「なるほど……。だからエシャラスライムか」
「ボクの目的に気づいた? ボクは君と違って不勉強でさ。結構最近までエシャラスライムのこと知らなかったんだよね」
「なら、なおさらお前にエシャラスライムは渡せんな」
「なんでだよ。それ、魔物でしょ? しかも、先輩が大好きなSランクの……」
「これは俺のものではない。俺の娘が所有するものだ。そして俺は保護者だ。娘が好きなものなら、親が守るのは当然だ」
「なにそれ? 訳わからないなあ。まあ、前からよくわからなかったけどさ。……説得がダメなら、そのエシャラスライムはボクがいただく。もっとも――――」
説得する気なんてはじめからないけどね。
黒い水が蛇の鎌首のように立ち上がる。
直後、水が槍となって襲いかかってきた。
恐ろしい光景だが、動きはさほどではない。
俺は冷静に【炮剣】で捌く。
黒い水は縦に割れた。
これで終わりだと思ったが、そうではない。
2つにわかれた水は、俺の背後で孤を描くと、俺の方に戻ってきた。
今度は双頭の竜のように俺の頭上に降り注ぐ。
「チッ!!」
俺は【炮剣】を振り回すが、川面に刃を突き立てるようなものだ。
手応えはあれど、黒い水の勢いは止まらない。それどころか、斬れば斬るほど別れ、増えて行く。
手数が多くなると、さすがの俺も手が回らなくなっていた。
「師匠!! 僕も!!」
『バァウ!!』
見るに見かねたプリムとリルが前に出ようとする。だが、俺はそれを止めた。
「ダメだ! お前たち、そこで死んでもシエルを守れ!」
「師匠……」
「俺の娘を連れてきた責任は果たせ。いいな」
『……ばぁう』
リルは反省するように頭を垂れる。
さて、いよいよ捌ききれなくなってきた。
「流暢にお喋りをしてる場合ですか、先輩。ほら、背中ががら空きですよ」
ボンズはヒステリックに笑う。
俺は背後を見ると、黒い水の槍が見えた。
それを捌くことに成功する。が、次が間に合わない。
ついに一撃、肩に貰った後、まるで瀑布のように黒い水が浴びせられた。
やがて俺の身体は黒い水に覆われる。
「師匠!!」
『バァウ!』
「ひゃははははは!! ボクの【蠱毒】を斬ろうなんてどだい無理な話なのさ……。最強ハンターも呆気ないものだね」
ボンズの高笑いが続く。
俺が黒い水に包まれる姿をじっと見つめていたのは、シエルだった。
泣き喚くことなく、父親が戦う姿を目に焼き付けている。どんなに劣勢にあっても、その視線は揺るがない。
それは1度父親を信じ切れなかった自分を戒めるかのようだった。
「パーパ……」
そして愛娘の信じる心に、俺は応えた。
ボウッ!!
突如、水が燃え上がる。
一気に火柱が上ると、黒い水を焼き上げた。さらに赤い炎から逃げるように黒い水が動き、ボンズの足元の影に隠れる。
「なるほどな」
「な、なんで? 生きてるのかよ、先輩?」
「何を驚くことがある。俺は『魔法』使いでもあるんだぞ。忘れたのか?」
「あっ!」
特殊な魔剣を操る『戦技』。
『火』『雷』の2つの属性の『魔法』。
世界でも希有な『魔法剣士』が俺だ。
「自分で名乗ったことはないが、あえて言おう。俺は『最強ハンター』だと……。だが、それだけでは最強にはなれない」
俺がおもむろにポケットから取り出す。
それは人差し指の爪よりも小さな黒い虫だった。
「これが『戦技』【蠱毒】の正体だ。お前の『戦技』は毒を操るのではない。毒虫を操る『戦技』。それも1度にたくさんのな」
こいつが水属性の『戦技』持ちでなくて良かった。
水のように見えていたのは、小さな虫の集合体。どおりで斬っても斬っても、追いかけてくるわけだ。
「だが、相手が虫と分かれば容赦はしない。俺の属性は『火』と『雷』……。燃やし尽くす」
「チッ!!」
ボンズは再びノーモーションで針を飛ばす。
対する俺は右手の人差し指をピンと立てただけだった。
バリッ!!
針が俺の身体に刺さる前に、落雷が落ちて叩き落とす。
針はそのまま硬い岩盤に突き刺さった。
「これで種切れか、ボンズ? 針も毒虫の攻撃も悪くないが、攻撃のレパートリーが少なすぎるんじゃないか。それでは魔物にすら覚えられるぞ」
「説教か、老害め」
「先輩を老害扱いか」
「今日は、これぐらいにしてやるよ」
「お前、何を言ってるかわかってるか?」
「見逃してやるって言ってるんだ。わからないのか?」
「それはこっちの台詞だ。いや、違うな。お前のような厄介な奴を、このまま見逃すわけがないだろ」
俺はタンッ! と地を蹴る。
一瞬にして、ボンズの前に踊り出た。
そのボンズの視線はまだ明後日の方向だ。
気づいたのは、0.7秒ほど遅れて。
実に間抜けな顔だった。
「最初の一撃……。娘を狙ったな、お前。……万死に値する」
「え?」
「くらえ……」
戦技――――【陰鋭雷斬】!!
「ぎゃああああああああああああああ!!」
ボンズの断末魔の悲鳴もかくやという声が、秘密のアジトの一室で響き渡るのだった。