第17話 元S級ハンター、お腹を鳴らす
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「痛ぇ!!」
俺は思わず飛び起きた。
布団をめくると、案の定バカ弟子が俺を抱き枕代わりにしている。細い脇腹に噛み付き、モゾモゾと俺の鍛え上げた筋肉にしゃぶりついていた。
「むふふふ……。ステーキおいしい~……むにゃむにゃ」
昨日のステーキを夢の中でも絶賛堪能中らしい。
あれほど食べたのに、まだ食べたりないようだ。
耳を垂れ、モフモフした尻尾を動かし、実に幸せそうな顔をしている。血が上った自分が馬鹿らしくなるほどだった。
ベッド代わりにしているリルも、気持ちよさそうに寝息を立てている。
こちらも頻りに牙を舐めていた。昨日のステーキの味が、まだこびりついているのだろう。
「――――ったく」
ポコッと軽い音を立てて、プリムの脳天に手刀を落とす。
すっかり目が開いてしまったが、案外目覚めは悪くない。
Aクラスとはいえ、久しぶりに魔物を仕留めることができたからだろうか。
それにステーキ2枚も食ったのに、胸焼けすることもない。どっちかと言えば、すっきりしている。
さらに――――。
ぐぅ……。
腹の音が鳴った。
起きたばかりだというのに、腹が減っていたのだ。あのステーキによって食欲が刺激されたのか。それとも魔物食には、胃腸の調子を整える作用でもあるのか。
ともかく俺は安らかに眠っているプリムとリルを残して、階下へ下りた。
「できた!」
いきなりでかい声が聞こえて、階段から転げ落ちそうになった。
厨房からだ。おそらくパメラだろう。
いつも通り朝食を作っているのだろうが、今日はいつになく気合いが入っているように見える。
俺の気配に気付くと、エプロン姿のパメラは笑顔を浮かべた。
「おはよう、ゼレット。よく眠れた?」
「ああ。まあな。今日は一段と勇ましいな。階段のところまで、声が響いてたぞ」
「ふふーん。自信作ができたのよ」
「自信作?」
パメラは厨房から皿を持ってくる。わざわざ蓋をし、もったいぶる演出付きでだ。
俺を食堂のテーブルに座らせると、皿を目の前に置いた。
「じゃーん!!」
謎の擬音とともに、蓋を開く。
「これは!?」
それは丸いバンズの間に、何種類もの食材を挟んだ食べ物だった。
挽肉を固めたものを焼いたパテ。朝日に光る瑞々しいレタスとトマトに、さらにはチーズが挟まっている。
ハンバーガーだ。
携帯食の1つで、老若男女に愛される大衆フードである。
しかもただのハンバーガーじゃない。
いや、もはや普通のハンバーガーの大きさではなかった。
「お、おい……。パメラ! 俺、寝起きだからか? パテが3重に見えるんだが?」
普通、ハンバーガーのパテと言えば、1つ。多くても2つだ。
だが、このハンバーガーにはパテが3つも挟まれている。
トリプルバーガー……とでも言えば、いいのだろうか。いや、チーズも挟んでいるから、トリプルチーズバーガーだ。
「昨日ね。オリヴィアに頼んで、三つ首ワイバーンの首肉をちょっと分けてもらったの。さすがにもらえたのは、首上の方だったけど、それを挽肉にしてみたのよ。ゼレット、昨日凄い喜んで食べてたから、気に入るかなって」
「いや、昨日あんなに食べたんだぞ。今日はさっぱりとした魚が――――」
ぐぅ……。
また腹が鳴る。
まるで「素直になれ」とエール……いや抗議を送られているようだ。
いつの間にか、俺のお腹はよく喋るようになったらしい。
果たして本当に俺の腹なのか、疑いまである。眠っている間に、弟子の腹と入れ替わっていたりしないだろうか。
「誰かさんとは違って、お腹は正直ね」
「そのようだな。まさかこんな朝っぱらから、肉を三段も重ねたハンバーガーを食べるとは。今度こそ胃が――――」
はむっ……。
「うまい!!」
俺は、実は結構ハンバーガーが好きだ。
狩りに行く時も、携帯食として必ず1つ買ってから現地に向かう
別に好きとか、何かしらのこだわりがあるわけじゃない。
携帯しやすく、色々なものを食べられるし、寒い日などは特に重宝し、高蛋白な肉は身体の熱になりやすい。
冬に山籠もりしながら、獲物を待っている時には最適な料理なのだ。
そういう意味で、よく口にしていたのだが、今咀嚼しているトリプルチーズバーガーは、今まで食べたどんなハンバーガーとも違う。
出来たてのフワフワバンズに、なんと言っても3枚のパテが最高だ。
おそらく3種類すべての肉をそれぞれ固めたパテなのだろう。まだ舌に残るあの時の味が、まざまざと蘇ってきた。
柔らかで噛み応えのある食感。
口の中で弾けるジューシーな肉汁。
後を追うようにピリッとした辛さが、また溜まらない。
そこにシャキッとしたレタスと、酸味の利いたトマトが3枚の肉と絶妙に調和を果たしていた。
そしてなんと言っても、チーズだろう。
薄くスライスされたチーズは、バンズのパテの熱で、とろりと溶けて一体化しつつある。
肉の味の中に、チーズの酸味と甘みが混じり、重めの味をうまく軽減してくれていた。
単純に肉を三枚重ねしたハンバーガーというわけではない。
まさに調和だ。
ふかふかのバンズも、3枚のパテも、キレのいい食感のレタスも、酸味の利いたトマトとチーズも……。
どの食材も過不足なく、俺の舌を刺激している。
まさに見事な連携だった。
気が付けば、またトリプルチーズバーガーは、俺の手からなくなっていた。
残っているのは、口に残った肉汁の旨みと、カッと火照った身体だけだ。
「どう? 気に入った?」
「あ、ああ。うまかった」
「良かった。気に入ってくれて。3種類のパテで、トリプルチーズバーガーってなんか安直かなって思ってたのよ」
それはまあ……思ってた。
「ねぇ、ゼレット……。私ね。昨日、ゼレットの活躍とか見てて、自分も頑張らなくちゃって思ったの」
「お前は十分頑張ってるだろ。その年で、荒くれ者の多いこのアパートメントを切り盛りしているんだからな」
「うん。でも、ここは父さんと母さんが残してくれたものだから。私は父さんと母さんがやってきたことを、そのまま引き継いでいるだけ」
それだけでも十分すごいと思うがな。
俺はパメラが入れてくれた食後の珈琲を啜る。
「私は自分自身の手で頑張って、何か1つを成し遂げたいの」
「良い決意表明だと思うが、具体的には何をしたいんだ、お前は?」
「解体を覚えたい!」
パメラは手に力を込めながら、言った。
「あと魔物の料理も……。私が解体を覚えたら、ゼレットだっていっぱい魔物を食べられるでしょ。今みたいに」
「俺は魔物をハントできればいい。それもSランクのな」
「今も昨日も、子どもみたいに夢中に食べてた人がよく言うわ……」
「ふん。なんの事だ……」
夢中というのは否定しがたいが、子どもみたいとはなんだ。
俺とお前、一応同い年なんだぞ。
「だから、ゼレット……。応援してくれる?」
パメラは少し不安そうに上目遣いで見つめた。
俺は手を伸ばし、金髪を撫でる。
「宿のことで、今まで精一杯だったんだ。お前がやりたいなら、好きにしろ。その…………俺も応援する、から」
「ありがとう、ゼレット」
パメラは俺に飛び込んでくると、強く抱きしめた。
ちょ! パメラ! お前までくっつくな。
昔から嬉しいことがあるとこうして抱きついてくる癖があるのだ、こいつは。
お互いいい年なのだから、いい加減子どもの頃の癖は抜けてほしいものだが。
全く……嫁入り前だってのに。おじさんとおばさんが見たらどう思うか。
俺がやれやれと肩を竦める横で、パメラは歓喜したまま目を輝かせた。
「私は私のやりたいことをする。頑張って魔物の解体を覚えて……。そうね。魔物料理専門店でも開こうかしら。……ゼレット! 食材提供者を失業したら、あんたを雇ってあげてもいいわよ。あんた、結構顔は良い方だしね」
すぐ調子に乗る。これもパメラの悪い癖だな。
「ふん。俺が失業するようでは、魔物食とやらのブームも終わって、お前の店も閑古鳥が鳴いているだろうよ」
「あ……。確かにその通りだわ。だったら、もっとおいしい食材を探してこないとね。S級ハンターさん」
「はいはい」
俺は腰を上げる。
いつも通り、黒いローブを纏い、手には指出しグローブをはめた。
すでに武器のメンテナンスは昨日のうちに済ましてある。
俺はいつも通り宿屋『エストローナ』を出ると、強い夏の日差しに目を細めた。
さて、今日こそはS級の魔物を撃ちたいものだ。
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