第176話 元S級ハンター、悲しむ
本日、原作担当をしている『ごはんですよ、フェンリルさん』の更新日となっております。
こちらもおいしいお話になっておりますので、是非LINE漫画、ハイクコミックでお読みください。
よろしくお願いします。
「いたぞ!!」
人夫なのか、それとも警備員か。
ともかく荒くれ者たちが、俺たちの行手に現れた。
ほとんどの者たちが、燃えさかる帆船の消火活動に向かったが、内部の奥に行くと、人がウジャウジャと集まってくる。
見慣れぬ不審人物2人と、大きな狼を見るなり、ショートソードや短剣を抜く。
気勢を吐いて襲いかかってくるが、お粗末な動きだ。
【砲剣】を抜くまでもなく、俺は警備を無力化していく。
「ここのフィットネスは乱暴だな」
その時、別の足音が聞こえる。
俺たちがやってきた方向からだ。
前にはさらなる新手が迫ってくる。
「リル! 後ろは任せたぞ」
『くぅん……』
「リル?」
リルの動きが鈍い……。
まだ疲れが残っているのか。
あまり無理はさせられないな。
「プリ――――」
「あちょおおおおお!!」
後ろから来る悪漢たちに怪鳥蹴りを食らわせたのは、うちの馬鹿弟子だ。
なかなかナイスフォローだな。
3年ほどコンビを組ませていたが、今ならプリムの方が上手くリルを扱うことができるかもしれない。
それにしても、先ほどの奇声は一体なんだ。
馬鹿弟子の生態を考えている場合ではない。
俺もリルのフォローに回りながら、奥へと進む。
そしてお目当ての部屋を見つけた。
「これは……」
部屋にいたのは、檻に入れられた魔物たちだ。
プリムの話ではスライムだけかと思ったが、違う。
先日出会ったバイクプラントをはじめ、エシャランド島の固有の魔物や、グレイハウンドやケリュネアの子どもといった余所の土地のものまでいた。
「この基地自体が違法貿易の中継地になっているのか?」
多くの国が批准している国際法の中に、魔物の輸入・輸出を禁止する項目がある。
これはかなりの重罪で、場合によって死刑にもなり得る大罪だ。
魔物を輸入・輸出して、国に何がメリットがあるのかと思われるかもしれないが、魔物の密輸は割と昔から存在する。
用途は様々だが、大半が好事家によるものだ。
ヘンデローネとはまた違った魔物好きというのが、世の中には一定数いて、大金とスリルをかけて、魔物を買い上げている。
他には軍事目的だ。魔物を『戦技』などで操り、他国に戦争をしかけるというものである。その軍事的な効能は、ケリュネア教が起こした事件を見れば明らかだろう。
「師匠……」
「どうした、プリム?」
「こいつら食べれる?(ジュル)」
「食わん食わん。……涎を拭け!」
『バウゥ……』
「リルまでガッカリするな」
さっき焼肉を食ったばかりだろ。
食いしん坊どもめ。
最近、魔物食が一般的になってるから、魔物がみんな食材に見えるらしい。
やれやれだ。
「プリム。エシャラスライムはどこだ? ここにはいないようだが」
「こっちだよー」
プリムに案内されて、さらに奥の部屋へ。
そこには確かにエシャラスライムがいたのだが……。
「なんじゃ、こりゃ……」
思わず「げっ!」と声が出てしまった。
そこには確かにエシャラスライムがいたのだが、30匹ぐらいいるだろうか。
硝子張りの檻の中に押し込まれている。
まさか貴重なエシャラスライムを、すでに30匹も捕まえていたとはな……。
他の魔物はともかく、全員解放する方向でいいと思うが、肝心のシエルがお気に入りにしているスライムがどれかわからない。
どうしたものか、と考えていると、声が聞こえた。
「スライム……」
「ん? 何か言ったか、プリム」
「え? あ、いや。このスライムおいしそうだなって」
プリムが珍しく顔を青くしながら首を振る。
なにか変だな。プリムもそうだが、リルもさっきから何かおかしい。
体調が悪いように見えて、食欲はあるようだし。
もしかして、何か隠してる?
すると、リルのモフモフの毛がモコモコと動き出す。
毛の中から落ちてきたのは、小さな女の子だった。
「し、シエル???」
間違いない。
俺の娘であるシエルだ。
どうして、こんなところに?
というか……。
「リル、何故シエルを連れてきた!?」
リルの毛は長く、シエルぐらいの子どもなら十分隠れることができる。俺もリルの毛の中に、武装を隠していることがあって、ハントには重宝する特徴だ。
だが、今日――シエルが現れたことに俺は驚いた。
どうやらシエルが隠れていたから、リルは極力戦闘を避けていたらしい。
リルの次ぐらいに鼻が利くプリムも、シエルがいたことを知っていたのだろう。
知らなかったのは、親である俺だけだ。
俺の責める声に、リルはシュンと下を向いた。
そんなリルをかばったのは、他でもないシエルだ。
見たこともない父の形相を目の前にして、シエルは涙目で訴えた。
「パーパ、リルわるくない。わるいの、シエル」
「シエル?」
「シエルがリルにおねがいした。いっぱい、いっぱいおねがいしたの。だから、リルをおこらないで」
リルもシエルに弱いからな。
お願いされて、断るに断り切れなかったのか。
逆にリルには悪いことをしたな。
「……そうか。わかった。リルは責めない」
「ありがと、パーパ」
シエルの顔が輝く。
守りたい、この笑顔。
しかし、その輝きは一瞬だった。
俺がシエルの目を見て、話し始める。
父親の声のトーンに、シエルは敏感に反応した。
「でも、なんでこんな危険なことをした?」
「スライムくんが……、しんぱいで……」
「そうか。シエルは優しいな」
シエルの頭を撫でる。
ちょっとくすぐったそうに笑う。
でも、悲しげな父親の目に気づいた。
「パーパ……? おこってる?」
「怒ってないぞ。でも、ちょっと悲しいな」
「かなしい? パーパ、泣いてるの?」
「泣いてはいないよ。でも、パーパはシエルに必ずスライム君を助けると言った。けれど、シエルは待っててくれなかった。パーパのことを信じられなかった?」
「……ううん。パーパはとてもつよいよ。でも――――」
「早くスライム君に会いたかったんだな」
「……うん」
「そうか。じゃあ、仕方ない」
「パーパ」
「ん?」
「ごめんなさい」
「シエルが謝ることじゃない。でも、ちょっとだけパーパが悲しいと思ってることだけ覚えていてくれ」
「…………うん。わかった」
頷くシエルの頭を撫でる。
シエルは悪くない。
スライム君が好きなシエルが心配してしまうのは当然だし、早く会いたいと思うのもわかる。それを汲み取ってやらず、待つことを強要してしまった親である俺の責任でもある。
シエルの強さを、俺もまた信じてやらなかったのだ。
まあ、家族の問題はここまでにしよう。
まずはこのエシャラスライムをどうするかだな。
「パーパ!」
「どうした、シエル?」
「シエル、わかるよ」
「わかる? もしかして、スライム君をか?」
シエルは頷くと、硝子張りの檻の中を指差した。