第169話 元S級ハンター、スライムを託される
◆◇◆◇◆ ??? ◆◇◆◇◆
エシャランド島の大規模遊戯施設では、今パレードが行われていた。
様々なスライムくんが決まった道を行進し、さらに絵本から登場した公式キャラクターたちも脇を固める。
犬の着ぐるみをした楽奏師が愉快な音を奏で、キャラクターたちは沿道の声援に手を振ったり、子どもたちとハグをしている。
華やかなムードに包まれる中、家族連れでもカップルでもない、2人の男たちが沿道につめかけた人の後ろを走り、時に周りを眺めていた。
1人は猩猩族といわれる猿顔の男だ。全身から伸びる灰色の毛、大きな体躯。大して目の色は群青で、スライムくんといかないまでも何か愛嬌のようなものを感じる。
もう1人はドワーフだ。小柄で細く、如何にももやし体型。その髪型は空気で膨らましたように大きく、全体的に椎茸に見える。
如何にも気弱そうな印象を受けるものの、つり目は鋭く、何か探していた。
「おい。ムトー! いたか!!」
先に口を開いたのは、ドワーフの方だ。
自分より大きい猩猩族に怒鳴り付ける。猩猩族の方も怒鳴り返すのかと思ったが、首を竦めて頭を掻くだけだった。
「ごめ~ん。ロージ……。見つからないよう」
「ちくしょう! どこへ行ったんだ?」
「あのさ、ロージ?」
「なんだよ?」
「おいらたち、何を探していたんだっけ?」
ロージというドワーフは思わずズッコケた。
「お前、馬鹿か!! アホか!! マヌケか? 探す対象を忘れてどうするんだよ」
「ご、ごめ~ん。で、でも……、失敗したのはロージだよね」
「…………お前、探す対象を忘れてるのに人の失敗は覚えてるんじゃねぇよ!」
「ご、ごめん!」
ロージはムトーの尻を叩く。
ピシャッといい音が出ると、ロージは目を瞑った。
「ともかく一刻も早くさがしださねぇと、ヤムの姐さんに叱られるぞ」
「や、ヤムの姐さんに! は、早くさがし出さないと」
「やっと本気になったか。なら、もうひとっ走り……」
「もう知ってるよ!!」
鞭を叩きつけるような声が、パレードの華やかな音に交じって聞こえる。
ムトーとロージは直立不動になると、恐る恐る後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、金髪と蠱惑的な紫色の瞳を持つ、美人だった。
如何にも男物の上着を着て、如何にもビジネスウーマンという感じの女性は、雌獅子のような鋭い視線を2人に叩きつける。
「「ヤムの姐さん!!」」
ムトーとロージは声を揃える。
するとヤムという名の女は、2人の首根っこを捕まえて、人気のないところに誘い込む。
大通りでは熱気に満ちたパレードが行われているのに、2人が連れ込まれた路地は氷の『魔法』が投げ込まれたみたいに冷ややかな空気が満ちていた。
「何をやってんだい、あんたたちは!!」
開幕壁ドンを食らわせたヤムは、早速2人を睨み付ける。
すっかりビビリ散らしたムトーは灰色の髪をビリビリと逆立たせ、横のロージは真っ青な顔をしていた。
「あれがどんな物かわかってるのかい? お上に知られたら、あんたたち2人ともこうだよ」
縛り首を示すジェスチャーを、2人に見せる。
死を連想させるポーズに、さらにムトー&ロージコンビは震え上がった。
「いいかい? なんとしでも探し出すんだ。騒ぎにならないうちにな」
「「「へ、へい!!」」
華やかな音楽が流れる中、ムトーとロージは狭い路地を抜け、大通りに消えていく。
その後ろ姿を見ながら、ヤムは厳しい視線を送るのだった。
◆◇◆◇◆ ゼレット ◆◇◆◇◆
「パーパ、この子を助けて」
シエルが手の平に乗せたスライムを見て、俺は自分の目を疑った。
細い首口の花瓶のような形状は、スライム君を思わせる。だが、愛嬌ある瞳は塞がれていて、どこか苦しそうだ。シエルが助けて、と訴えるのもわかる。
だが、俺はひと目見た時からわかった。
これがスライム君でないことをだ。
「ゼレットくぅん、これって」
覗き込んできた料理ギルドのギルドマスターが息を飲む。どうやらシエルが手にしているスライムに何か気づくところがあったらしい。
オリヴィアやラフィナたちは何も知らないようだが、俺とギルマスの空気を察し、様子を見る。
「ゼレット?」
パメラは心配そうに見つめる。
「大丈夫だ。大人しくしてるぶんには問題ない」
俺は膝をついて、シエルに手を差しだした。
「シエル、そのスライムを俺に預けてくれないか?」
「うん」
「ありがとう、シエル」
「その子、大丈夫?」
シエルは今にも泣きそうな顔で父親である俺を見つめた。
そんな顔をされて、「無理」とはさすがに言えない。
俺は娘を安心させるために笑った。
「任せろ、シエル」
さてどうしたものか……。
こいつはスライム君のような合成獣じゃない。間違いなく、スライム君に似た魔物だ。いや、スライム君がモデルの魔物の姿に近づけたというべきなのだろうが……。
弱ったな。
これまで魔物を倒してきたが、魔物を治すなんて初めての経験だぞ。
「どうするのぅ、ゼレットくぅん」
「ゼレットさん、それどうしたんですか?」
「スライム君ではないのですか?」
ギルマス、オリヴィア、ラフィナの順で俺を質問攻めにする
知りたいのはわかるが、今は静かにしてくれ。
弱ったな。
スライムでは意思の疎通もできないぞ。
誰か通訳してくれる奴はいないか。
「そんな都合のいいのはいないか」
「師匠、その子たぶんお腹が空いてるんだよ」
唐突に意見が言ったのは、プリムだった。
いつの間にいたのか。確か部屋で寝ていると思ったが……。
「お前、突然来て、何を言ってるんだ? お腹が空いてる? それはお前が、だろ?」
「違うよ。リルが言ってるんだよ」
「リルが?」
『ワァウ!!』
リルは舌を出して、ハッハッと息を吐きながら、頷いた。
プリムはリルと細かいところまで意思疎通できる唯一と言っていい獣人だ。
そして、馬鹿弟子はともかくリルが言っていることなら間違いない。
「つまり、飯を食べさせればいいんだな」
「うん」
よし。そうとなれば、話は早い。
「ちょっとリルと出かけてくる」
「どこへ行くの、ゼレットくぅん?」
「とりあえず人里から離れる。こんなところで餌付けしたら、また入ってくるかもしれないからな」
「なるほど。さすがハンターね」
感心したようにギルマスは頷く。
「パメラ、シエルを頼む」
「うん。わかった。気を付けてね」
俺はリルに跨がると、一先ず島の南へと向かう。
南国で暑いとはいえ、リルならひとっ走りだ。
事実、風のように遊戯施設を駆け抜けると、あっという間に外へと出てしまった。
◆◇◆◇◆ 後に残されたものたち ◆◇◆◇◆
ギルドマスターはゼレットを見送る。
いつになく神妙な表情を見たオリヴィアは上司に質問を投げかけた。
どうやらラフィナも知りたいらしく、ギルドマスターを睨め付ける。
「マスター、あのスライムは一体……」
「まあ……。展開的にいずれバレそうだから言っちゃうけど、あれはエシャラスライムといって、エシャランド島だけに住む魔物なの」
「エシャラスライム……。聞いたことがあるような」
ラフィナは顎に手を当て考える。
若い公爵令嬢を見て、ギルマスは「ふふ」と小さく笑った。
「1度ぐらいは耳にしてるかもね。だって、エシャラスライムは……」
スライム種の中で、唯一Sランク認定されている危険なスライムなんですから……。