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第16話 元S級ハンター、奇跡を見る

 ギルドマスターが差し出してきたステーキは、先ほどまでとちょっと違っていた。


 外側を軽く炙った感じで、赤い身の部分が残っている。


 単なる焼き方の違いだろう、と思って咀嚼した俺は、完全に油断していた。


「やわらけぇ……」


 なんだ、この柔らかさ。


 溶けるような感じではないが、歯で押すと優しく押し返してくる。


 そう。優しいのだ。


 極上の柔らかさを持った枕のように、俺の口内が優しさに包まれていく。


 外につけた焼き目が、香ばしい風味が、口の中に広がっていった。


 赤身は先ほど食べたものよりも淡泊だが、独特の旨みがまた甲乙付け難い。


 最後に振り回したと思われる粗挽きの胡椒は、舌を程よく刺激した。


「どう?」


 ギルドマスターは勝ち誇ったように笑う。


「味が全然違う。食感も……。部位が異なるからとか? それとも焼き方か?」


「ふふ……」


 鈴を鳴らしたように笑ったのは、横で見ていたオリヴィアだった。


「部位が違うというのは、半分正解です。……部位は同じですが、違う首から取った部分なんですよ」


「は? 別の首というだけで、ここまで味が変わるのか?」


「でしたら、今度はこれを食べてみてください」


 また料理人が焼き上がったステーキを持ってくる。


 おそらく今日ほどステーキを食べた日はないだろう。


 それでも、俺の食指は香り立つステーキに動いた。


「もしかして、これも……」


「はい。別の首のお肉ですよ」


 早速食べてみる。


「おお!」


 俺は思わず席を立ってしまった。


 身体がカッと熱くなる。辛い。辛いのだ。


 胡椒のかけすぎかと疑うも、違う。


 肉そのもの味が、非常に辛い。


 歯ごたえは柔らかく、ぷりっとした食感は鶏の胸肉に近い。だが、やはり驚かされるのは、赤身肉から溢れる辛さだ。


 涙が出るほど、辛いなんてことはないが、舌を強く刺激し、つんと鼻から突き抜けていくような気持ちのいい辛みに、食欲が湧き水のように溢れ出てくる。


 辛い肉料理は多種多様に存在する。

 けれど、肉そのものが辛いなんて初めて知った。


 そして気が付けば、また完食している。


 最初は1枚丸ごと。他2種類は、半切れずつ。計2枚のステーキをお腹に収めた。


 断っておくが、俺は大食漢などではない。正確な射撃には、バランスの良い身体が必要になるので、過度な食事は控えている。


 だから、ステーキ2枚なんて食べたのは、初めてだった。


 つまり、そんな俺でも躊躇なく食べられるほど、三つ首ワイバーンの首肉は美味だったのだ。


 ブランド牛にも負けないジューシーな肉。

 淡泊でありながら、脂がのった回遊魚のそれを思わせる柔らかな肉。

 赤身そのものに辛みがあるという前代未聞の肉。


 それぞれ個性が極まっていて、かつうまい……。


 中でも俺を1番驚嘆させたのは、この肉がすべて同じ魔物から取れた肉だということだ。


 それぞれの首で味が違うなんて、そんなことがあり得るのだろうか。


 俺が首を傾げていると、オリヴィアは笑った。


「これはある学者さんが言っていましたが、三つ首ワイバーンの味の違いは、それぞれの栄養の摂取量が違うからだと言っていました」


「栄養の摂取量が違う?」


「犬猫でも生まれてきた個体によって、成長の速度が違うでしょ? あれは他の兄弟との生存競争で淘汰されて、満足にお乳を吸えていないからなんですよ。単純な話、栄養の摂取量の違いから来るんです」


 なるほど。犬猫でも限らず、雛鳥もそうだったりするな。


 ま、人間でもよく起こることだが……。


「つまり、三つ首ワイバーンでも同じ事が起こっている、と?」


 基本的にワイバーンは雷雲から魔力を摂取しているが、雷雲を見つけられなければ、人間をはじめ動物や植物からも摂取する。


 その時に、好み味や食感、果ては魔力の属性などが、三つ首それぞれ違うということだろう。


「三つ首ワイバーンにはとても長い食道があります。そこから漏れる唾液は非常に強力で、胃に到達する前にある程度溶かしてしまうんですよ。長い首の中で食べ物が詰まったら大変ですからね」


「そこですでに栄養がある程度吸収されるから、首肉が特にうまく、さらに味の違いが顕著に出るということか」


「その通りです」


 なるほど。あり得るな。


「面白いな……。魔物食……」


 気付けば、そんな言葉が口に吐いていた。


 すると、オリヴィアとギルドマスターはにんまりと笑う。


「でしょでしょ!」


「ふふーん。ようやくゼレットくぅんがデレたわねぇ~。最初は『俺は狩れればそれでいい』って言ってたのにぃ~。ああ……。人の成長って! 素晴(すんば)らしいわぁ!!」


「別に嘘は言ったわけではない。俺は魔物を狩れればいい。その考えは変わらない。だが――――」



 魔物食に、少し興味が出てきたことは認めよう。



「ふふふ……。素直な子は好きよぉ、あたし! ようこそ魔物食の世界へ」


 ギルドマスターは投げキッスを送る。


 当然、全力を以て躱したがな。


「ゼレットさん、魔物は普通の生物ではありません。自然界に3つの首を持っている生物なんて、魔物以外いません。だから、魔物食というのは時々わたしたちに考えもしない奇跡を見せてくれる。それが魔物食の魅力なんだと思います」


「オリヴィア、あなたなかなか良いこというじゃな~い」


「わ、わたしは正直に話しただけです。茶化さないでください、ギルドマスター!」


 オリヴィアはポカポカとギルドマスターを叩いた。やっぱ子どもにしか見えないな。


 自然界に生まれた奇跡か……。ふむ、悪くはないな。


「ちょっとゼレット! そんなにまったりしてていいの?」


 先ほどまで解体方法のメモを取っていたパメラが、慌てて駆け寄ってくる。


「どうした、パメラ?」


「どうしたもこうしたもないわよ! あの子たちに全部食べられるわよ」


 指差す方向にいたのは、プリムとリルだった。


「おいしい! このお肉、とてもおいしいよ、ししょー!」

『ワァオオオオオオオオンン!」


 プリムとリルが、ステーキにがっついていた。


 まだそれはいい。あいつらも功労者だ。ステーキを食べる権利ぐらいはある。


 だが、その2人の横には堆く積み上げられた皿が存在した。


 軽く50皿はあるだろう。1人と1匹を合わせれば、100皿はとうに過ぎていた。


 その積み上げられた皿を見て、オリヴィアたちも呆気に取られる。


「す、すごい食欲……」


「あ~ら。これは…………。依頼人分のお肉があるかしらぁ~。もしかしたら、ゼレットくぅんに、600万グラを払ってもらわなければならないわねぇ~」


 お、おい……。

 それって、完全なる赤字じゃないか。


「すごーい。辛いお肉とか初めて食べたよ」

『ワァオオオオンンン!!』



 お前らぁぁぁぁぁああああああああああ!!



 俺の絶叫は三つ首ワイバーンの嘶きよりも大きく、街にこだますのだった。


※ 作者からのお願い ※

おかげさまで、週間総合2位になりました。

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