第166話 元S級ハンター、地元牛を食す
エシャランド島には2つの名物がある。
1つは島を囲う海の幸だ。
島の東と西では潮流の速度が違い、そのおかげで2つの潮流がぶつかる地点では、約700種類以上もの魚がいて、良い漁場となっているらしい。
しかしながら、魚は客船で嫌というほど食べてきた。
そこでエシャランド島では、魚に変わる名物を作るために発見したのが、エシャランド島特有の種――エシャランド牛である。
元々野生の牛だったそうだが、牧畜化に成功。今やエシャランド島といえば、エシャランド牛というぐらい、ブランド化したようだ。
まあ、俺は知らなかったのだが……。
前に来た時に、牛なんて見ただろうか。
本当にエシャランド島原産なのか?
露天風呂から上がり、ホッコリしながらあの広い部屋へと帰ってくると、すでに従業員たちがエシャランド島の名物料理を用意していた。
普通のお客はホテルの大会場で食べるのが普通らしいのだが、スイートルームでは基本部屋の中で食べるのが一般的らしい(大会場が良ければそっちでも食べることができる)。
普通の部屋とは違ってスイートルームには食堂があるので、料理の匂いを気にすることなく、くつろぐことが可能だ。
それに周りの目や喧噪を気にすることなく、食事を取れるのも贅沢の1つと言えるだろう。
「おいしそうね~」
「わわわわ……。彩りも綺麗ですぅ」
「エシャランド島特有の料理というのは初めてですが、如何にも南国といった料理で華やかですわね」
「師匠! 食べよう! 早く食べよう!!」
『ワァウ!!』
とはいえ、大食堂並みにヴィンター家の食卓は騒がしい。
「馬鹿弟子はともかく、お前らもいるんだな」
「あ~ら。何か不安げね、ゼレットくぅん」
「私が誘ったのよ。みんなで食べる方がおいしいでしょ」
何故か自分の部屋に帰らず、食堂の椅子に座っているギルドマスター、オリヴィア、ラフィナを睨むと、パメラが事情を説明した。
みんなで食べるのは確かに悪いことではないが、俺はもう少し静かに食べたかったものだ。
ただでさえ馬鹿弟子がいるのに。
「師匠、何か言った??」
「何も言ってない。……それよりもリル、元気になったか?」
『ワァウ!!』
リルは元気よく返事する。
潮風の影響でゴワゴワになっていた毛はいつも通りモフモフになり、さらに冷たいところで寝ていたからか、顔色もいい。戻ってきてからは活発的に部屋の中を動き回っていた。
モフモフの毛を触ってみると、まだ冷たい。風呂上がりの身体には気持ち良く、柔らかいモフモフの毛と相まって最高の触り心地だった。
今日はリルを抱いて寝ようかと考えるぐらいだ。
「ほらほら。ぐだぐだ言ってないで食べましょう」
仕切り屋のパメラが食事を促す。
リルもお子様プレートの前で、フォークを持って食べる気満々らしい。
それぞれ杯に酒や果実水を入れる。
『乾杯!』
本日のディナーが始まった。
まずは1献とばかりに、俺はジョッキに注いだ麦酒を呷る。
「むっ!」
うまいが、露天風呂で飲んだのとは少し違う。爽やかな後味に、先ほどよりも断然フルーティーさを感じる。
麦酒の中に果実の汁を入れたような味だが、作り方はそうではないだろう。
「う~~ん。おいしい。フルーティーな味わいの麦酒だわぁ。エシャランド島の地麦酒らしいわよ」
如何にも訳知り顔のギルドマスターが半分残った麦酒の杯を軽く揺らす。
こうして見ると、俺がよく知る麦酒よりも若干色が薄いように感じる。その色がさらに果実っぽさを感じさせた。
後味も尾を引くわけでもなく、酒精の強さを感じさせないから、飲みやすい。
それでおいしいんだから、ちょっと危険な麦酒だ。
「はむはむはむはむはむはむ!」
酒などに目もくれず、酒肴を食べていたのはプリムである。
横でリルも必死になって、そのペースに食いついていた。
すでに4分の1の料理が食い尽くされつつある。
馬鹿弟子はともかく、リルもお腹が空いていたようだ。
「酒を嗜んでいる場合ではないな」
放っておいたら酒肴がなくなる。
露天風呂で酒肴を摘まんだが、俺もまた腹ぺこだ。
チェイサーの水を流し込んだ後、目の前にあったユッケっぽい料理に箸を伸ばす。
口元まで運んで気づいたら、肉ではなく魚らしい。ただ肉厚で如何にも歯ごたえが良さそうに見える。何より刻んだ葱や玉葱があるとはいえ、身が通常よりも重く感じた。
見たことがない料理だから、これもエシャランド島の料理なのだろう。
口に入れてみる。
咀嚼すると、モニュッとした軟らかさと歯ごたえの間にある絶妙な感覚が口の中に広がった。
「うまっ!」
海鮮と侮っていたが、これはこれでうまい。
玉葱と葱のシャキシャキした食感に肉厚に切られた魚の身。恐らくだが、マグロだろう。よく脂が乗っていて、身が切れて瞬間、詰まっていた旨みが口の中で霞のように広がっては消えていく。
「ゼレット、何を食べてるの?」
横でシエルの面倒を見ていたパメラが気になって、俺の前の器に手を伸ばす。
早速、口に付けると、咀嚼しながら妻は1つ頷いた。
「あ。私、これ好きかも」
太鼓判を押す。
「素材も新鮮でおいしいけど、味付けも独特ね」
「これですか?」
オリヴィアも手を伸ばし、口に入れる。
「あ。おいしい。味付けもいいですね。多分濃い目の魚醤に、味醂、檸檬水、多分胡麻油を使ってるのだと思います」
料理ギルドの受付嬢だけあって、オリヴィアの舌も侮れない。
「味付けはシンプルだけど、素材がおいしいからこれだけで何杯も食べれそうね」
ギルドマスターも笑顔を見せた。
「熱々の銀米でお茶漬けをしたら、おいしそうだな」
「「「そう。それ!」」」
パメラ、オリヴィア、ギルドマスターが同じ意見で一致する。
ちょっと残しておいて、後で熱々の銀米を追加注文するか。
さて、海鮮を味わったところで、今度はいよいよ肉である。
客船の中でまったく食べなかったわけではないのだが、エシャランド島特有の肉牛というのは、なかなか気になる響きだ。
「肉料理ですか、ゼレット様。では、まずこちらはいかが?」
ラフィナが進めてくれたのは、エシャランド牛のテール肉を調理したものだ。
「エシャランド牛のテールを炙ったものですわ」
「炙り焼きか……」
思わず息を飲んだ。
見た目からおいしそうだったからだ。
炎の『魔法』で付けられた焼き目に加え、見るからにプルプルの脂が震えている。
俺はナイフとフォークを使って、分けようとしたが、ラフィナが止めた。
箸でも楽に切れそうだ。
試してみると、確かに簡単に切れる。
そしてプルプルしてる。
……何だかちょっとかわいい。
食べ方は色々とあるだろうが、まずはそのまま食べる。なんでもすでに醤油と砂糖で甘塩っぱく味付けはされてるらしい。
「いただきます」
パクッ!
「むぅっ!」
と俺は思わず叫んだ。