第158話 元S級ハンター、釣りをする
☆★☆★ ニコニコ漫画で更新 ☆★☆★
後追い更新ですが、ニコニコ漫画で15話前半が更新されました。
すでに先週の金曜日に更新されているのですが、もし良かったら読んでください。
近々新刊の発表もあるので、Webの方も合わせてよろしくお願いします。
頑丈な船端に寄りかかると真っ白な飛沫が俺の黒い髪にかかった。
眼前に広がっていたのは、水平線まで広がる大海原だ。遮るものはなく、海鳥の姿もいない。一瞬何か取り残されたような気分になる光景に空恐ろしくなることもあるが、普段見慣れないものを見て、思わず口角が緩む。
4つの帆を目一杯広げて進む客船は、ややしけた海原を突っ切る。波が丘のように盛り上がると同時に舳先が空へと向けられる。すると、浮いているような気分になるのだ。
白波が立つ中でも海の男たちは忙しなく動いている。客のほとんどが船室に待機していて、海が穏やかになるのを待っていた。
水夫たちは手慣れた動きで飛沫が掛かる中、仕事をしている。これぐらいの波ならどうってことないらしい。談笑しながら仕事をする水夫たちも少なくなかった。
しばらくして波が穏やかになっていく。
風もだいぶ柔らかくなり、破れてしまいそうだった帆は緩やかに靡いていた。
やがて雲間に、青い空がのぞく。
「綺麗ね」
客室から甲板に出てきて、パメラは声を上げた。その胸にはシエルを抱いている。どうやら軽い時化の中で、我が家のお姫様は堂々と眠っていたらしい。
パメラも船酔いすることなく、ピンピンしていた。
そのシエルが目を覚ます。
360度広がる海原を見て、目を輝かせた。
「おみずいっぱい! いっぱいだよ、ぱーぱ」
初めて見る海原に目を輝かせている。
エシャランド島に渡るためとはいえ、船旅を選択したことは悪いことではなかった。
これがシエルのいい経験値になればいいと思う。
パメラを筆頭に甲板下の客室から客が上ってくる。甲板はたちまちドレスや正装した貴族で埋まってしまった。
その中でシエルが楽しそうに興奮している。
海もそうだが、大きな船を見て、はしゃいでいた。
船端によじ登ろうとする我が子を見て、俺は慌てて抱き上げる。
甲板は子どもが歩くには危険な場所だが、シエルには常にキュールが付いている。
何かあった時は、キュールが助けるようになっていた。まあ、その前に俺が海に飛び込んでなくもないのだが……。
俺の目線から見る海に、シエルはキャッキャと喜んでいる。
愛娘の喜んだ顔を見ているだけで、癒やされる。
まだ始まったばかりだが、今回の旅行は正解だったようだ。
ところで……。
「なんでお前たちがいる?」
くるっと振り返ると、そこには見知った人物がいた。
1人は脚の細いビーチベッドに大きな身体を載せた性別不詳の人物。その側で、小さなホビットぐらいの娘がオイルを塗っている。
そう。
料理ギルドのギルドマスターと、オリヴィアだ。
2人ともすでに水着を着て、甲板の上で日光浴の態勢を作ろうとしていた。
「あ~ら、ゼレットくぅん。何か言いたげな顔ねぇ」
「なんでお前たちが俺たちの家族旅行についてきているんだと言ってるんだが……」
「別にいいじゃな~い。あたしたちだって~。社員旅行へ行く権利があるんだしぃ」
「それでも、同じ場所にすることないだろ? エシャランド島なんて知る人ぞ知る秘境なんだぞ」
「あ~ら、ゼレットくぅん。知らないの?」
ギルドマスターはニヤリと笑った。
「何がだ?」
「エシャランド島は近年開発が進んで、世界的に見ても1、2にを争うリゾート地なのよ??」
「なっ! 何っ!?」
「知らないで選んだんですか、ゼレットさん?」
ずっとギルドマスターの身体にオイルを塗りたくっていたオリヴィアは、手を止めて驚いていた。
それにパメラが同調する。
「知らなかったの、ゼレット? 私、てっきり知ってるものと」
どうやら我が妻も知っていたようだ。
俺がエシャランド島のこと知ったのは、まだハンターの見習いみたいことをしていた時だ。
ハンターギルドの先輩から、この島のことを聞いて以来、1度行ってみたかった。
何せこの島には――――。
「エシャランド島にはすべてが揃っているんですよ」
別の方向から声がかかる。
見ると、ラフィナが立っていた。
ギルドマスターの横に折りたたみ式のサマーベッドを並べる。かかっていた上着を脱ぐと、大胆な水着姿を披露した。
その行動力に俺たちだけではなく、集まった船客も目を見張っている。
客船に乗っているのは、ほとんどが貴族だ。もちろんラフィナの身分もよく知っているだろう。
淑女の手本ともいえる公爵令嬢が、素肌を思いっきり露出しているのを見て、男たちは鼻の舌を伸ばし、女たちはそれぞれのパートナーの耳を引っ張っていた。
「ラフィナまで来ていたのか?」
「ええ。ここのところ、色々と立て込んでいたので。たまには息抜きをしませんと。――オリヴィア。わたくしにも塗っていただけませんか?」
「はい。ラフィナ様」
息抜きが豪華客船の旅か。公爵令嬢の金の使い方は凄いなあ。
「ところで、あとの2人はどうしたんですか? まさか置いてきたと?」
「2人? ああ。リルなら船室だ。あまり潮風に当たりたくないみたいでな。船の中央の船室で、ずっと待機してる。……あともう1人だが」
「ぱーぱ……」
話をしながら抱えていたシエルが俺の肩をパンパンと叩く。
あっち、と指差す方向にあったのは、大きな釣り竿である。
マダッケという頑丈な魔樹の幹でできた黒い竿が大きくしなっていた。
「どうやら大物がかかったようだ」
俺は竿を持ち、引っ張る。
だが、逆に引きずり込まれそうな力で竿が曲がる。
しばらくすると、海面に何か浮き上がってきた。
「な、なんですか、あれ?」
「かなり大きいわよ」
「やーん。何かしら?」
「鮫? 小型の鯨かしら?」
オリヴィア、パメラ、ギルドマスター、ラフィナが船端から海を覗き込む。
野次馬も集まってきて、歓声を上がってきた。水夫たちが集まってくると、一緒に俺が握る竿を引っ張る。
「せーの!!」
力を揃えると、次の瞬間何か大きなものが青空に浮かぶ太陽を隠す。
ドンッという音ともに、甲板に着地したのはわかめまみれになった我が弟子のプリムと、それに噛まれたダブルランサー――別名『二槍魚』という魔物だった。
まだ生きてるらしく、尾を激しく振っているが、プリムの馬鹿力には及ばない。
嘴が二刀の槍のような形状にっていて、海の中では無類の強さを誇るダブルランサーも、地上でしかも、うちの馬鹿弟子の前では形無しらしい。
とはいえ、このままでは危ない。
俺はシエルをパメラに預ける。
ドンッと音がした時、一振りの剣が黒のローブの下から現れた。
こんなこともあろうかと、武装は万全にしていて良かった。
俺は長銃の【砲剣】ではなく、剣の方の【炮剣】を握る。
そして、ダブルランサーの頭を突く。
神経が詰まった部分を断つと、ついにダブルランサーは大人しくなった。
「ダブルランサーとはなかなかいいものを釣ったわねぇ、ゼレットくぅん」
「釣ったっていうより、捕まえたという方が正しいと思いますが」
感動するギルドマスターの横で、オリヴィアは苦笑いを浮かべていた。
「どう? 師匠? 偉い? 僕、偉い?」
ダブルランサーはどちらかと言えば、深海を好む魔魚だ。
それを捕まえたプリムの怪力と人並み外れた肺活量は「偉い」なんて言葉では片付けられない。
我が弟子ながら、相変わらず底が知れないヤツである。
「ああ。よくやったな、プリム」
「わーい。師匠に褒められた!」
頭を撫でてやると、子どものように喜ぶ。
俺は振り返る。
すでにラフィナやギルドマスターたちは、目を輝かせながら、ダブルランサーを見つめていた。
俺は肩を竦める。
「で?」
食べるんだろ、それ?