第15話 元S級ハンター、食す
実食回! どうぞ召し上がれ!
ギルドの中から鉄板が出てくる。
どうやら、ステーキパーティーを目の前の通りで始めるらしい。
次々と石を持ってきて積み上げていく。あっという間に石竈の完成だ。通りの真ん中で迷惑千万なのだが、誰も文句を言わないところをみると、普段からやっているらしい。
出来上がった石竈の上に鉄板を置く。
油を塗布し、温度を安定させたところで、分厚くカットした三つ首ワイバーンの肉をそっと載せた。
シュアアアアアアアアアアンンンンン!!
鋭い音が耳をつんざいた。
細かい油の粒が鉄板の上で細かくステップを踏む。
直後、肉が焼ける匂いが漂ってきた。
「おいしそう……」
『ワァウ!』
プリムとリルが同時に唾を呑む。耳をピクピク、尻尾を振り振り、目をピカピカ輝かせている。息が揃った動きは、まるで姉弟のように見える。
「肉の筋を切らなくていいのか?」
「あら~。ゼレットくぅん、料理に詳しいのね~」
「これぐらいは一般常識だろ」
いくら新鮮といえど、魔物の肉だ。食用に作られた牛肉や豚肉じゃない。むしろそれ以上に硬い可能性は大いにある。
特に身と脂肪の間の筋は、切っておくのがベターなはずだ。
「お肉を柔らかく食べたいなら、それもいいかもねぇ」
ギルドマスターは、俺の質問に相づちを打ちながら、質問に答える。
「でも、それだと肉汁が出て、折角の旨みが抜けちゃうのよねぇ。だから、うちでは低温調理を推奨してるわ」
確かに即席の石竈の火はかなり小さい。やっと肉が焼けるといった程度だ。
竈の前に立った料理人は、銀蓋を置いたり、開いたりしながら細かく焼き加減をチェックしている。
ひっくり返すと、桃色の身にいい感じの焼き目がついていた。
こうなってくると、魔物の肉が普通のロースステーキに見えてくる。
香りもいい。食をそそる香ばしい肉の匂いが、鼻腔の奥へと突き抜けていく。
「ごく……」
無意識だったが、俺は唾を呑んでいた。
魔物のハントだけできればいいと思っていた。元々食にこだわりがある方ではないし、パンだけで生活できると言われたら、そうしただろう。
だが、今確かに俺は期待している。
鉄板の上で焼かれている魔物の肉から、目が離せないでいた。
弱火でじっくり中まで火を通す。
ギルドマスターの言うとおりだ。普通に肉を焼くよりも、血汁が少ない。肉の中の旨みを、うまく閉じこめられている証拠だろう。
1度、鉄板から皿へ。銀蓋を置いて余熱で、熱をじっくり伝えていく。最後に強火で焼いて、軽く焦げ目を入れていった。
香ばしい匂いがさらに強くなる。
焼き上がると、木皿に盛りつけ、待望の1皿目が俺の下へとやってきた。
「おい。いいのか? 1皿目を俺が食って?」
「1皿目は食材提供者って、うちでは決まってるのよ、ゼレット」
「どうか。召し上がってください、ゼレットさん」
「いいなあ、師匠」
『ワァウ!』
そんな恨みがましそうな目で見られてもな。
譲ってやってもいいが、折角の気遣いだ。無下にするのも失礼というものか。
それに――この魔物肉の味が気にならないといえば嘘になる。
「ありがたくいただこう」
早速、ナイフを入れてみると、驚くほどすんなり入った。
まるで薄皮をめくるようにあっさりとだ。
断面も美しい。
外の焦げ目に対して、中心は薄く桃色が残り、清流のように光る肉汁があふれ出て、皿の上にゆっくりと広がっていく。
「ソースないのか?」
「あらかじめ塩胡椒は振ってあるよ。ソースを付けてもいいけど、まずは何も付けないで食べるのが、1皿目の醍醐味だね」
料理人は次の肉を焼きながら、俺の質問に答えた。
「じゃあ……」
俺は言われるまま何も付けずに、肉を口にする。
周囲の視線を痛いほど感じる。
一挙手一投足を逃すまいと目を広げ、みんなが俺の口の動きに注目しているのがわかった。
1皿目は光栄の至りだが、次からは断らせてもらおう。
ゆっくりと咀嚼する。
自分でも覚えがないほどスローに顎を動かす。
上下あるいは左右に……。顎だけではなく、頻りに味を確かめようと舌を動かした。喉が頑なに飲み込むことを拒否し、肉をギリギリまで味わい尽くそうとする。
気が付けば、俺は肉が口から消えても噛み続けていた。
「どう、ゼレット?」
パメラが神妙に尋ねる。
幼馴染みの顔が近づく横で、他の人間が固唾を呑むのがわかった。
俺は顔を上げる。
「うめぇ…………」
山羊のように鳴く自分がいた。
うまい。なんだ、これは……。本当に魔物の肉なのか?
食感はブランドものの肉と比べれば少し硬い。
食べると消えるというような感覚はないが、確かな食感を味える分には、こっちの方がいいとさえ思えた。
ぐっと歯に力を入れることができるから、余計に肉のジューシーさが引き立つ。
具体的にいえば、噛めば噛むほど、濃厚な旨みを凝縮した肉汁が口の中へと広がっていくのだ。
もはや肉を食べているというより、恐ろしく濃厚な肉のスープを味わっているのに近い。
当然、その風味は味覚を刺激し、得も言われぬ多幸感をもたらす。
カツッ……。
ナイフが皿を叩く。
「あれ?」
気が付けばステーキが消えていた。
俺の指より太い厚切りステーキが、忽然と皿の上から消滅したのである。
「俺の肉……は…………?」
「ふふ……。ゼレットもご飯に夢中になることがあるのね。私の料理の時も、それぐらい熱中してくれる方が、作り甲斐があるというものだわ」
「パメラ、俺――完食したのか?」
「そうよ。あんた、すごい勢いで食べてたんだから」
信じられん。
記憶をなくすぐらい夢中になって食べるなんて、一体何年――いや、初めてのことかもしれない。
でも、決して夢ではない。
口の中で感じた肉の旨みや、風味が、ふっと息を吸い込むと、鼻の周りにまだ残っていた。
「気に入っていただけたようですね、ゼレットさん」
オリヴィアはニコニコしながら、呆然と俺の顔を見ていた。
「で~も~、残念だけどゼレットくぅん。それだけじゃないのよ」
ギルドマスターは不敵に笑い、厚い唇を歪める。
「たった1つの肉の種類を食ったぐらいじゃ、魔物肉を食べたという証明にはならないわよ~。お肉のおいしさでは、最高グレードの牛肉に負けるんだし」
言われてみればそうだ。
確かにおいしかったが、ブランド牛以上かと問われれば、そうでもない。
魔物肉という前提ならば、非常に驚くべき味だったが、味のレベルでいえば最高級のブランド牛に1歩劣る。
むろん、それでも十分おいしいのだが。
「悔しいけどぉ、仕方がないことよぉ。あっちは食べられるために生まれたのだからぁ。片や魔物肉は、野生100%のお肉よ~。ここまでおいしいだけでも奇跡的だけど、ブランド牛と比べると、ちょぉ~っと足りないでしょう~?」
「それでも魔物肉が選ばれる理由があるってことだな」
ギルドマスターは再び微笑むと、今焼き上がったばかりの肉を差し出す。
「そのとぉ~り。さ~て、今度はこれを食べてちょ~だ~い」
ゼレットくぅん、病み付きになっちゃうかもよ~。
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