表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/222

第15話 元S級ハンター、食す

実食回! どうぞ召し上がれ!

 ギルドの中から鉄板が出てくる。


 どうやら、ステーキパーティーを目の前の通りで始めるらしい。


 次々と石を持ってきて積み上げていく。あっという間に石竈の完成だ。通りの真ん中で迷惑千万なのだが、誰も文句を言わないところをみると、普段からやっているらしい。


 出来上がった石竈の上に鉄板を置く。


 油を塗布し、温度を安定させたところで、分厚くカットした三つ首ワイバーンの肉をそっと載せた。


 シュアアアアアアアアアアンンンンン!!


 鋭い音が耳をつんざいた。


 細かい油の粒が鉄板の上で細かくステップを踏む。


 直後、肉が焼ける匂いが漂ってきた。


「おいしそう……」

『ワァウ!』


 プリムとリルが同時に唾を呑む。耳をピクピク、尻尾を振り振り、目をピカピカ輝かせている。息が揃った動きは、まるで姉弟のように見える。


「肉の筋を切らなくていいのか?」


「あら~。ゼレットくぅん、料理に詳しいのね~」


「これぐらいは一般常識だろ」


 いくら新鮮といえど、魔物の肉だ。食用に作られた牛肉や豚肉じゃない。むしろそれ以上に硬い可能性は大いにある。


 特に身と脂肪の間の筋は、切っておくのがベターなはずだ。


「お肉を柔らかく食べたいなら、それもいいかもねぇ」


 ギルドマスターは、俺の質問に相づちを打ちながら、質問に答える。


「でも、それだと肉汁が出て、折角の旨みが抜けちゃうのよねぇ。だから、うちでは低温調理を推奨してるわ」


 確かに即席の石竈の火はかなり小さい。やっと肉が焼けるといった程度だ。


 竈の前に立った料理人は、銀蓋を置いたり、開いたりしながら細かく焼き加減をチェックしている。


 ひっくり返すと、桃色の身にいい感じの焼き目がついていた。


 こうなってくると、魔物の肉が普通のロースステーキに見えてくる。


 香りもいい。食をそそる香ばしい肉の匂いが、鼻腔の奥へと突き抜けていく。


「ごく……」


 無意識だったが、俺は唾を呑んでいた。


 魔物のハントだけできればいいと思っていた。元々食にこだわりがある方ではないし、パンだけで生活できると言われたら、そうしただろう。


 だが、今確かに俺は期待している。


 鉄板の上で焼かれている魔物の肉から、目が離せないでいた。


 弱火でじっくり中まで火を通す。


 ギルドマスターの言うとおりだ。普通に肉を焼くよりも、血汁(ドリップ)が少ない。肉の中の旨みを、うまく閉じこめられている証拠だろう。


 1度、鉄板から皿へ。銀蓋を置いて余熱で、熱をじっくり伝えていく。最後に強火で焼いて、軽く焦げ目を入れていった。


 香ばしい匂いがさらに強くなる。


 焼き上がると、木皿に盛りつけ、待望の1皿目が俺の下へとやってきた。


「おい。いいのか? 1皿目を俺が食って?」


「1皿目は食材提供者って、うちでは決まってるのよ、ゼレット」


「どうか。召し上がってください、ゼレットさん」


「いいなあ、師匠」

『ワァウ!』


 そんな恨みがましそうな目で見られてもな。


 譲ってやってもいいが、折角の気遣いだ。無下にするのも失礼というものか。


 それに――この魔物肉の味が気にならないといえば嘘になる。


「ありがたくいただこう」


 早速、ナイフを入れてみると、驚くほどすんなり入った。


 まるで薄皮をめくるようにあっさりとだ。


 断面も美しい。


 外の焦げ目に対して、中心は薄く桃色が残り、清流のように光る肉汁があふれ出て、皿の上にゆっくりと広がっていく。


「ソースないのか?」


「あらかじめ塩胡椒は振ってあるよ。ソースを付けてもいいけど、まずは何も付けないで食べるのが、1皿目の醍醐味だね」


 料理人は次の肉を焼きながら、俺の質問に答えた。


「じゃあ……」


 俺は言われるまま何も付けずに、肉を口にする。


 周囲の視線を痛いほど感じる。


 一挙手一投足を逃すまいと目を広げ、みんなが俺の口の動きに注目しているのがわかった。


 1皿目は光栄の至りだが、次からは断らせてもらおう。


 ゆっくりと咀嚼する。


 自分でも覚えがないほどスローに顎を動かす。


 上下あるいは左右に……。顎だけではなく、頻りに味を確かめようと舌を動かした。喉が頑なに飲み込むことを拒否し、肉をギリギリまで味わい尽くそうとする。


 気が付けば、俺は肉が口から消えても噛み続けていた。


「どう、ゼレット?」


 パメラが神妙に尋ねる。


 幼馴染みの顔が近づく横で、他の人間が固唾を呑むのがわかった。


 俺は顔を上げる。


「うめぇ…………」


 山羊のように鳴く自分がいた。


 うまい。なんだ、これは……。本当に魔物の肉なのか?


 食感はブランドものの肉と比べれば少し硬い。


 食べると消えるというような感覚はないが、確かな食感を味える分には、こっちの方がいいとさえ思えた。


 ぐっと歯に力を入れることができるから、余計に肉のジューシーさが引き立つ。


 具体的にいえば、噛めば噛むほど、濃厚な旨みを凝縮した肉汁が口の中へと広がっていくのだ。


 もはや肉を食べているというより、恐ろしく濃厚な肉のスープを味わっているのに近い。


 当然、その風味は味覚を刺激し、得も言われぬ多幸感をもたらす。


 カツッ……。


 ナイフが皿を叩く。


「あれ?」


 気が付けばステーキが消えていた。


 俺の指より太い厚切りステーキが、忽然と皿の上から消滅したのである。


「俺の肉……は…………?」


「ふふ……。ゼレットもご飯に夢中になることがあるのね。私の料理の時も、それぐらい熱中してくれる方が、作り甲斐があるというものだわ」


「パメラ、俺――完食したのか?」


「そうよ。あんた、すごい勢いで食べてたんだから」


 信じられん。


 記憶をなくすぐらい夢中になって食べるなんて、一体何年――いや、初めてのことかもしれない。


 でも、決して夢ではない。


 口の中で感じた肉の旨みや、風味が、ふっと息を吸い込むと、鼻の周りにまだ残っていた。


「気に入っていただけたようですね、ゼレットさん」


 オリヴィアはニコニコしながら、呆然と俺の顔を見ていた。


「で~も~、残念だけどゼレットくぅん。それだけじゃないのよ」


 ギルドマスターは不敵に笑い、厚い唇を歪める。


「たった1つの肉の種類を食ったぐらいじゃ、魔物肉を食べたという証明にはならないわよ~。お肉のおいしさでは、最高グレードの牛肉に負けるんだし」


 言われてみればそうだ。


 確かにおいしかったが、ブランド牛以上かと問われれば、そうでもない。


 魔物肉という前提ならば、非常に驚くべき味だったが、味のレベルでいえば最高級のブランド牛に1歩劣る。


 むろん、それでも十分おいしいのだが。


「悔しいけどぉ、仕方がないことよぉ。あっちは食べられるために生まれたのだからぁ。片や魔物肉は、野生100%のお肉よ~。ここまでおいしいだけでも奇跡的だけど、ブランド牛と比べると、ちょぉ~っと足りないでしょう~?」


「それでも魔物肉が選ばれる理由があるってことだな」


 ギルドマスターは再び微笑むと、今焼き上がったばかりの肉を差し出す。


「そのとぉ~り。さ~て、今度はこれを食べてちょ~だ~い」



 ゼレットくぅん、病み付きになっちゃうかもよ~。


※ 読者の皆様へお願い ※

ここまで読んでお気に召しましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。

下欄にある☆☆☆☆☆をタップいただけると評価ポイントが入ります。

本作を評価していただけるととても励みになりますので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最新作です!
↓※タイトルをクリックすると、ページに飛ぶことが出来ます↓
役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~

コミカライズ9巻1月8日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる⑨』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス8巻 11月12日発売!
50万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



シリーズ大重版中! 第5巻が10月18日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本5巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本2巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月25日!ブレイブ文庫様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large






好評発売中! 全編書き下ろしですよ~。
↓※タイトルをクリックすると、カドカワBOOKS公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる2』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large

小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ