第156話 元S級ハンター、育児に悩む
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ヴァナハイア王国に巣くう害虫。
悪の親玉。
大物貴族。
今日も今日とて、新聞紙面はルカイニ逮捕で賑わっている。
ルカイニの権力は絶大だった。
それは王宮内部だけではなく、本来公正で開かれた報道機関にまで及んでいた。
ルカイニにすり寄った記者たちが、提灯記事を書き、一方でその横暴を書こうとする記者たちは口を閉じるように戒められていた。
ルカイニの威光が怖くて、逮捕直後は同情的な意見が多かったほどだ。
しかし、ルカイニは素直に自供しており、世論の流れは変わった。
徐々にルカイニを糾弾する記事が出始めると、今まで圧力によって握りつぶされていた悪事が白日の下に明かされることとなった。
今やその波はこれまでルカイニの元で甘い汁を吸っていた畜産や農業などを管理するセクションや、提灯記事を書いてきた報道機関にまで及んでいる。
世論が分断された形だが、圧倒的に優勢なのはルカイニを糾弾する側である。
それにしても、あの爺が素直に取り調べに応じているところを見ると、俺が据えたお灸はよほど効いたと見える。
さて、そのルカイニを改心させるきっかけを作った俺だが、元の生活に戻っていた。
自分でいうのもなんだが、本来なら俺は英雄的な立場なのだろう。
でも、そうはならなかった。
簡単だ。俺が望まなかったからだ。
はっきり言って、英雄だの、勇者だの、祭り上げられるのは好きじゃない。
ハンターだった頃、Sランクの魔物を倒すと被害に遭っていた村から称賛された。でも、俺は称賛を受けたいから村を救ったわけじゃない。
Sランクの魔物を倒したかったからなのだ。
今回の件にしてもそうである。
家族を守りたかったからそうしただけだ。
それは無事に果たされた今、俺はそれ以上の結果は望まない。
そもそも勇者や英雄だの言われるのは、たった1人――俺の師匠だけで十分だ。
ラフィナを通して、王宮側から俺たち家族に対して過度な報道は慎むように通達してもらった。
それでも、最初の頃は宿の前に記者たちがたむろっていたが、パメラの「営業妨害よ」と睨みを利かせると、どこかへ言ってしまった。
母は強しだ。
まあ、今度見たら、リルをけしかけてやるつもりだがな。
さてお茶目なジョークはこれぐらいして、元S級ハンターにして、英雄にならなかったゼレット・ヴィンターは何をやっているかと言うと、シエルと遊んでいた。
最近のシエルがハマっているのは人形遊びである。
人形といっても高いものじゃない。
俺やパメラが昔親が作ってくれたような手作りの人形で遊んでいる。
初めは店で売ってるような人形で遊んでいたのだが、どうやら俺たちが作った人形の方がお好みらしい。
シエルが好きなのは、あのプリムが作ったスライムの人形である。
丸い円形の生地に綿を詰めただけのシンプルなデザインなんだが、シエルはいたく気に入ったようだ。
元ハンターとしては魔物を好きになる我が娘の将来を心配してしまうのだが、これも個性だと割り切っている。
今もリルの背に乗ったシエルはスライムの人形を掲げ、悪のハンターを倒すところだった。
「びしゃぐじゅじゅじゅっぐごおおおおご!」
魔法なのか、スキルなのか。
あるいは【砲剣】による砲声なのかわからない。
父が撃った【砲剣】の音がシエルにはそう聞こえたのだろう。
「や、やられた……」
かくして悪のハンター、ゼレットはスライムの前にやられたのであった。
シエルはキャッキャと声を上げて喜んでいる。
子どもの前では俺も形無しというわけだ。
それにしても、遊び方が男の子っぽいのは、俺の影響なのだろうか。
シエルは女の子なのだから、親としてはお淑やかに育ってほしい。
決して、ノックもせず、いきなりフライパンで叩いて幼馴染みを起こしてくるような野蛮な女性にはなってほしくないものだ。
バンッ!
突然、ドアが開く。
ノックもせずにだ。
すると、部屋に入ってきた闖入者は開戦を告げる銅鑼のように、お玉でフライパンを叩いた。
「こーら。ドタバタしない! 階下のお客さんに迷惑でしょ!」
部屋に入ってきたのは、幼馴染みで今は俺の妻であるパメラである。
ちなみに今、俺とシエルが遊んでいる部屋は元俺が借りていた部屋だ。
今も俺の部屋になっていて、武器を手入れする道具が揃っている。それがいつの間にか、シエルの遊び場になっていて、俺の武器の横にはシエルの人形が置かれている。
なかなかミスマッチな雰囲気になっていた。
俺としてはシエルに入ってきてほしくないのだが、すっかり本人は気に入ってしまったらしく、外以外ならここでしか遊ぼうとしない。
どうやら俺が扱っている武器もお気に入りらしい。たまに【砲剣】をぼうっと見つめていることがある。
益々興味が淑女から遠ざかっていて、俺としては頭が痛いことだ。
一応安全対策は万全にしてある。
万が一のことが起こらないように、俺とリルがいる時だけ部屋で遊ぶようにしていた。
リルがいれば、何か起こっても部屋から脱出はできるからだ。
パメラはそのことをあまり良く思っていないみたいだが、半ば容認している。
この部屋ではシエルがご機嫌になるからだろう。
「お前が一番うるさいじゃないか。なあ、シエル」
俺がシエルに同意を求めると、気持ち良く人形遊びをしていた娘は「ふごふご」と頷いた。
「悪かったわねぇ。……それにしてもゼレット。育児をしてくれるのはいいけど、この部屋もうちょっと綺麗にならないの? ほら。依頼書の束もこんなに。受けないなら、処分しなさいよ」
「明日やろうと思っていたところだ」
「そういうのは、『今やろうと思っていたところだ』っていうものよ。なんで明日に回すのよ」
「俺はシエルと遊んでいるから忙しい。な、シエル?」
「いそがしい!」
シエルもきっぱりと言い切る。
愛娘の態度を見て、パメラは額を指で押さえた。
「もう……。どんどん娘が男の子っぽくなってる」
「うん。それは俺も否定しない」
「だったら、掃除ぐらいしてよ。ほら、これも料理ギルドからの通知じゃない。依頼じゃないわよ」
おっと、そういうのも紛れていたのか。
消印を見たところ、5ヶ月前?
2週間前にも似たタイトルで来ているな。
『福利厚生について』ってなんだ? よくわからんぞ。
「あ。思い出した。ゼレット、お客さんよ」
「お客さん?」
シエルを一旦パメラとリルに預け、階下にある食堂に行くと、見知った二人が座っていた。
「ヤッホー! ゼレットくぅん。しばらくぶりね」
「こんにちは、ゼレットさん。急に来てすみません」
誰かと思えば、料理ギルドのギルドマスター(名前不詳)と、オリヴィアだった。
ギルドマスターは人懐っこい笑顔を浮かべれば、いつも通りオリヴィアは小さい。
一瞬、声がどこから出てきたのかわからなかったほどだ。
「ゼレットさん、今そこはかとなくわたしを馬鹿にしませんでしたか?」
「それは被害妄想だと思うぞ、オリヴィア」
俺は否定するのだが、当人から疑義が消えないらしく、半目で睨んでくる。
口に出して言っていないのに、よくわかったな。
「それで、俺の家まで来て何の用だ?」
すると、オリヴィアは持ってきた鞄の中から書類を出す。どこかで見たことがあるなと思ったら、先ほど俺の部屋で転がっていた『福利厚生云々』という書類だった。
「なんだ、これは? 何度かもらっていたが、中身を読んでもさっぱりだったのだが」
「そんなに難しいことは書いてないはずなんだけどねぇ」
「あはははは……。ゼレットさんの性格上信じられないのかもしれませんね」
まったくその通りなのだ。
料理ギルドにしては、詐欺紛い内容がつらつらと書かれていたのである。
「だってそうだろう。旅行が無料でいけるだの。家族を連れてっていいだの。場所と日時は自由とかって。本気にするの方がどうかしている」
「本当ですよ」
「はっ?」
オリヴィアがさらりと言うと、俺は固まった。
「あそこに書いてあることは全部本当です。ゼレットさん――――」
社員旅行に行きませんか?
おかげさまで2月に発売された『公爵家の料理番様』のコミックス1巻が、再重版されました。
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まだ読んでないという方は是非読んでくださいね。