第154話 女王登場
かくしてルカイニを主犯とする親子誘拐事件は幕を引いた。
ハンターギルドを通し、報告を受けた衛士は現場に急行。そのまま突入が敢行され、パメラ・ヴィンターとシエル・ヴィンターは屋敷の奥で発見された。
屋敷はゼレットによる砲撃によって、半壊状態になっていたが、パメラもシエルも無事だ。
その理由としては、親子はともにキュールという森の精霊に守られていたからである。
どうやら、ヴィンター家で拉致する際からこの状態になっていたらしく、そのまま屋敷まで運んできたらしい。
キュールが抵抗しなかったのは、火を付けると脅されていたからだ。
シエルを抱きながらホッと息を吐いたのもつかの間、パメラはつとルカイニの屋敷の入口で立ち止まる。
多くの衛兵が関係者を片っ端に縄を打つ中、それは目の前に現れた。
残念ながら、それは夫ゼレット・ヴィンターではない。
息を飲むほど豪奢な馬車だった。
家臣のものが降りて、そっと扉を開くと、赤い服を纏った近衛隊が花道を作る。頭を上げたまま、客車を降りてきたのは、美しい女性であった。
獅子の鬣を彷彿とさせるような赤い髪と、その情熱的な色と正対するような冷え冷えとした薄青い瞳。
堂々と胸を張るように花道を歩き、屋敷に向かうとした女性は、幼児を抱いたパメラに気づく。すると、パメラの方にやってきた。
「もしや、パメラ・ヴィンターか?」
「は、はい……。えっと……」
あなたは? 尋ねようとした瞬間、近衛兵に遮られる。
「控えよ。この方はヴァナハイア王国女王エミルディア・ロッド・ヴァナハイア様であるぞ」
「やっぱり! 女王様!」
思わず素っ頓狂な声を上げると、慌ててパメラは平伏した。
いくら夫が元S級のハンターで、公爵家に顔が利くといっても、所詮は市民である。隣国カルネリア王国では、図らずも王子と出会ったとはいえ、自国の君主となれば雲の上の人だ。
まして世界でも指折りの列強国といわれるヴァナハイア王国の女王となれば、他の君主やその子息とも格が違う。
そんな人物が手の届くところにいること事態、パメラにとって恐れ多いことであった。
その女王エミルディアは平伏したパメラにわざわざ膝を折って、声をかける。
「よい。面をあげよ、パメラ。……ん。その子がシエルだな」
「は、はい」
「シエルだよ。お姉さん、誰?」
「お姉さん……?」
「し、シエル!! し、失礼しました!!」
また慌ててパメラは頭を下げるのだが、聞こえてきたのは快活な笑い声であった。
「あははははははは! 妾をお姉さんか。そんなことは言われたのは初めてだ。良い良い。しかし、かわいいのぉ。シエルというのも良い名前だ」
「あ、ありがとうございます」
「妾はな。エミルディアという。仲良くしよう、シエル」
エミルディアの方から手を差し出すと、シエルも一瞬迷ってから、その手を握った。
「うん。シエルもエミルディアと仲良くしたい」
というと、後ろの近衛兵が眉を吊り上げた。
パメラとしては苦笑で返すしかない。
「そうかそうか。それでは次に会ったら、良い茶、いやまだミルクが良いか。ともかく、そなたが好きなものをやろう」
「ホント? じゃあ、うーんと! うーん! 何にしようかな」
「次に会う時までに決めて参れ」
エミルディアはシエルの頭を撫でると、「うん」と幼児は深く頷いた。
その無邪気な笑みを見た後、エミルディアはパメラに対しては申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すまぬ。パメラ・ヴィンター。今回お前たち親子を巻き込んだこと、ルカイニの専横を許したのは、妾の失策だ。深くお詫び申し上げる」
「い、いえ。夫から事情は聞いていましたし、事前に対応作も考えていました。キュール」
パメラが喚ぶと、森の精霊がどろんと出現する。
くるりと回って、エミルディアに頭を下げた。
「それが森の精霊か。なるほど。元S級ハンターの父に、精霊使いの母か。そんな両親に守られて、シエルは無敵だな」
エミルディアがまた頭を撫でてやると、満更ではない様子で、シエルはキャッキャと喜んでいた。
物心がつくようになって、女王に頭を撫でてやったのだと言ったら、本人は果たして信じるだろうか。
そんな他愛のないことを考えるぐらいには、パメラも落ち着きを取り戻し始めていた。
「陛下、そろそろ」
「ああ。そうだな」
「あの……。女王陛下、ここに来たのはやはり――」
「無論。ルカイニを捕縛しに来た。逮捕権があるのは、衛兵ではあるが、我が国の中でも大物中の大物だ。表にも裏にも通ずる人脈を持つ。事前に調べておいた関係先に対して、すでに一斉に踏み込むよう指示は出したが、なんらかの報復を受けるやもしれぬ。故に妾が出張ってきたというわけだ」
「陛下自ら、逮捕に……?」
「女王が縄を打ったとなれば、報復しようなどと思う者はそうおらんからな」
と言っても、思ったよりもルカイニ側の反撃が少ない。
当初予定していた人数よりも、少ないところを見ると、すでにルカイニは見限られていたのだろう。
屋敷に至っては、例のゼレットによる精確無比な砲撃に恐れをなした者も少なくないようだ。
「ではな、パメラ、シエル。……ゼレット・ヴィンターによろしく言っておいてくれ。といっても、近いうちに会うであろうがな」
「……?」
女王は近衛が作る花道に戻り、颯爽と屋敷に入っていく。
王者の風格。
女性としての美貌。
その二つをうまく共存させた君主を見て、パメラの頬は赤くなる。
「やだ……。初めてかも。女性がかっこいいと思ったの」
◆◇◆◇◆
エミルディアはルカイニの屋敷に入る。
被害を検分しながら、案内する近衛兵の後を追う。
特に目を引いたのは、砲撃の跡だった。
ルカイニの屋敷は王城の次に大きいのだが、その2階部分が丸いスプーンで抉られたティラミスみたいに穴が開き、中身が露出していた。
第2射と第3射がほぼ同じ所に着弾している。
最初、第1射にしても、ルカイニがいた部屋の隣の部屋である。
この砲撃を相棒の目と、伝声石から聞こえる音を頼りに撃ったと聞いたが、現場を見た今も信じられない気持ちであった。
「それで、件のルカイニはどうしたのだ?」
「こちらです、陛下」
案内されたのは、屋敷の地下だった。
そこにあったのは、巨大なワインセラーである。
ルカイニが貴族の間でも有名な健啖家であることは知られているが、ここまでワインに執着を持っているとは、エミルディアも知らなかった。
まさか最後に女王と極上のワインでも酌み交わそうとしているのか。
妙な思考がエミルディアに取り憑いた。
そして、ルカイニは発見される。
大きな酒樽と酒樽の間に、鼠のように小さくなっていた。







