第150話 元S級ハンターの上司は唸る!
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コミックノヴァにて『魔物を狩るなと言われた最強ハンター』第12話後半が更新されました。
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「に、20億グラ……!」
ルカイニから提示された破格の値段を聞いて、ガンゲルは声を上擦らせる。
別に自分がヘッドハンティングを受けたわけでもないのに、身体を震わせ、伝声石から聞こえてきた言葉に驚愕している。
金にがめついガンゲルである。
仮に自分が受けていれば、2つ返事でOKしていただろう。
しかし、今ここで誘いを受けたのは俺だ。
『どうだ? 食材提供者のお前では、一生拝めない金額だろう。下れ! ゼレット・ヴィンター……。我に傅くがいい』
伝声石の向こうで、ニヤついた老人の顔が見えるようだった。
「ん?」
気が付けば、皆の視線がすべて俺に集まっていた。厄介な合成獣を倒した後だというのに、空気は張り詰めている。
ちょっとだけ雰囲気が違うのは、弟子とリルぐらいだろう。その弟子の口元には涎が垂れていた。20億グラの価値もわからないだろうが、きっとおいしいご馳走に違いないことは、周りの空気から察したようだ。
やれやれ……。
しばしの沈黙の中、俺はついに口を開いた。
「少ない」
あっさりと切り捨てる。
横で聞いていたハンターたちがざわつくが、一応理由はあった。
「確かに20億は破格だろう。だが、俺は今お前たちが作った合成獣の肉を持っている。うまいか不味いかはさておくとしても、市場価値はかなり高いことは間違いないはず。お前のような骨董品貴族にはわからないだろうが、魔物の食の市場価値は年々上がり続けているらしい。機が熟せば、20億どころではなくなるぞ」
「では――――」
100億グラでどうだ?
ポンと金額が跳ね上がる。
まさに舌の根も乾かぬうちにとはこのことだろう。
横でガンゲルが金額を叫んで、青ざめていた。
途方もない金額を聞いて、開いた口が塞がらない者もいる。
100億グラか。
確かに想像もつかない金額だな。
しかし、公爵とはいえ、城1つ買えてしまいそうな単位の金だ。
果たして出せるのだろうか。
『まだ不満かな?』
「というより、お前本当にその額を出せるのか?」
伝声石から聞こえてきたのは、答えではなく気味の悪い笑い声だった。
『ふぉふぉふぉ……。我を舐めてもらっては困るよ、ゼレット・ヴィンター。公爵家と聞いて、アストワリ家を思い起こすのだろうが、あいつらなど公爵家でも下の下よ。領地こそ大きく、たしか財政的にも安定しているが、商売が下手だ』
「お前はそうじゃないと?」
『この世の中で1番高く売れるものとは何だと思う?』
「そんなもの、人によって答えが違うだろう」
『いや、そんなことはあるまい。……我が思うに、それは〝未来の情報〟だと思う』
「未来の情報?」
俺は眉宇を動かす。
いつしかその場にいる全員が、呪いにかかったようにルカイニの言葉に耳を傾けていた。
『未来の情報を受け取るのは、簡単なことではない。だが、我にはわかるのだよ』
薄く皮の張った頭蓋を叩く音が聞こえる。
「スキルか?」
『違う違う。そんな安易な力ではない。……強いて言えば経験か。これでも、我は124歳のエルフだ。若いお前さんの5倍以上は歳を取っている。だから見えてしまうのだよ。次に何が起こるのか。膨大な知識と経験によってな』
俺が魔物の行動を予想するのと同じようにか。魔物だったらわかるが、社会はそう簡単に予想がつくものではない。事実、それが本当だったとしたら、ルカイニが王座についていてもおかしくないはずである。
『政治、経済、金融はもとより、消費者の動向、税の増減、市場の成長率、為替の行く末……。金に絡むことなら、すべてと言ってもいい』
「そうやって、不確かな未来を吹聴して、財産を作ってきたと。それでは詐欺だろ。公爵家とあろうものが、三下悪党みたいにのし上がったのか?」
『詐欺は当たらないから、詐欺といわれる。だが、その未来すべてが当たっていたならどうだ? それを詐欺というのか?』
「1度も外したことがない、と?」
『ああ。君が狙いを外さないのと一緒にね。……意外と簡単なものだよ、未来の情報を作るなんてものは。良ければ君に高説してやってもいい』
「是非ご教授いただきたいものだな」
俺は肩を竦めると、それが見えたのか、またルカイニは笑った。
『さっきも言ったが、簡単なのだ。我が未来の情報を作り、そうなるように絵を描き、最後に人を誘導すればいいだけだ』
「やはり詐欺じゃないか。結局お前がそう仕向けているだけだろう」
『選択肢は与えているつもりだがね』
「ほう……。その度に、金貨袋で人を殴ってきたわけだな。今のように……」
『悪いことかね? 我が良いと思ったから、代価を与えている。ただの経済的行為だ』
ルカイニの声音に、まったく悪びれる様子はない。
それはそうだろう。
こいつの思考はもはや人間のそれではない。120歳以上の生きていればそうなるのか、万能を謳う神の思考だ。
だが、実際のところこいつがやって来たのは、近いところである。奇跡を起こして従わせるのか、それとも暴力と金で従わせるかの違いだがな。
「まるで子どもだな。考え方が稚拙すぎる。俺の娘の方がまだ賢い」
『なんだと??』
「思い通りになればキャッキャと喜び、思い通りにならなければ駄々をこねて暴れる。……まるで自分は神だと言わんばかりだが、そんなもの子どもとなんら変わらない」
『貴様……』
「ルカイニ……。俺はな、子どもと仕事がしたいんじゃない。子どもは子ども同士が1番だ。そして大人は大人同士が一番だ。得物をひけらかすことぐらいしか知らなくても、俺を信頼してくれる雇い主がいるのでな」
『交渉は……』
「決裂だな」
俺は明確に否定する。
はっきり言って取引相手としては、ルカイニはリスキーすぎる。
ラフィナを例に出して言うなら、彼女は俺の好きなようにやらせてくれるが、ルカイニはそうではない。
こいつが敷いた未来とやらに乗っかって、ただふんぞり返るような人生は俺はお断りだ。
『わかった。君の意見を尊重しよう。……だが、他のものはどうかな?』
「なに?」
伝声石の向こうでルカイニが笑ったような気がした。
『そこにいるゼレット・ヴィンターを殺した者に、100億グラをやろう』
瞬間だった。
ハンターたちの目の色が変わる。
それぞれの得物を抜き、俺に向けた。
その代わり身の早さに、ヴィッキーは驚く。
「お前ら! 何をしてるんだよ! ゼレットを殺したら、犯罪者だぞ!」
喚き立てるが、ハンターたちは顔色を1つ変えない。すると、1人のハンターが口を開いた。
「確かにな。でも、100億グラがあれば、刑務所ごと買っても、お釣りがくるぜ」
「そうだ」
「100億グラ!」
「俺はほしい!!」
「悪いな、ゼレット!!」
次々とハンターたちは喚き散らす。
ルカイニが話していた時には、静かだったハンターたちが鬨の声でも上げるように沸き上がった。
俺は黙って成り行きを見守っている。
ここにいるハンターの多くが、生活に困窮してる者たちだ。
そんな者たちが、100億グラなんて金額を聞いたら、色めき立たない訳がないだろう。
たとえ相手が自分たちを殺し損ねた犯罪者であってもな。
「お、おい! ゼレット!! どうするんだよ、これ!!」
ヴィッキーは周りの雰囲気に戸惑っている。
「お前、そっち側に行くなら構わないぞ」
「馬鹿! 行くわけないだろ! あたしの目的はあんたが仕留めた魔物よりも強い魔物を仕留めることなんだから! ライバルがいなくなったら、張り合いがないだろ!!」
ライバル? ヴィッキーのヤツ、俺をライバルだと思っていたのか。
「光栄だね。……さて、お前はどうなんだ、ガンゲルよ? さっきから黙ってはいるが?」
俺は目の前に立ったガンゲルを見据える。
すると、やや髪が薄くなったハンターギルドのギルドマスターは、眼光を鋭く光らせた。
「ふざけるな!!」
持っていた手斧を投げつける。
それは俺の横をかすめると、背後にあった例の伝声石に突き刺さった。
皆が唖然とする。
伝声石を持っていた男も、尻餅をついて驚いていた。
「いい加減にしろ、金持ちどもが! 確かに私がお前ら貴族どもの言いなりになってやってきた! だが、それはな! 組織のため、家族のため、引いてはハンターの発展のため、そして金のためだ!! だから、お前らみたいなゴキブリどもに頭を下げてきた! けどな!! どうだ!? お前らの言うことを聞いて、私はどうなった? 部下は言うことをきかない、娘は口も聞いてくれない、髪の毛は薄くなる一方だ! 私には何のメリットもなかった! 何が未来の情報だ! 未来を操れるというなら――――」
こんなに不幸せな私でも、金持ちにする未来を描いてみろ!!!!!
ビシッとガンゲルは手斧が突き刺さった伝声石を指差した。
「もう私は騙されんぞ! 私のような人間から巻き上げた汚い金なんぞ! 頼まれたっているものか!!」
と、最後に付け加えるのだった。
本日、拙作「劣等職の最強賢者」がニコニコ漫画で更新されました。
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