第148話 元S級ハンター、不意打ちする
「あれが……。ゼレットの持つ【炮剣】『レーバテイン』……」
プリムに支えられたヴィッキーが息を飲む。
そうだ。
俺の『魔法』側の属性である『炎』の力を纏った『レバン』。もう1つの属性である『雷』を帯びた『ティル』。2つにして、1つである俺の愛剣は仇である魔族を討つために作られた。
この二振りが出てきたということは、同時にあることを意味する。
「ゼレットが本気を出すということか」
ガンゲルは顔を強ばらせる。
空気が変わる。魔物であるダイタリアサンも何かを感じ取ったようだ。強者の気配というのは、人間よりも獣の方が敏感だ。大の大人が根を上げる厳しい自然界で生きる魔物たちにとって、自分たちに大きな深傷を負わせるような強者の接近は、絶対に避けなければならないからである。
『キシャアアアアアアアア!!』
ダイタリアサンは威嚇する。
俺はそのまま【炮剣】『レーバテイン』を構えながら、近づいていく。
右手に持った『レバン』は炎を上げ、左手に握った『ティル』からは鋭い破裂音のようなものが響いた。
ダイタリアサンの身体が発光する。身体中を覆う光は徐々に口内に収束していく。
次の瞬間、青白い閃光をダイタリアサンが解き放った。
空気を削りながら、その光は俺に向かってくる。
俺は青白い光の中に消えた。
「ゼレット!!」
「ゼレット!?」
「師匠!!」
『バァウ!!』
轟音の中でもはっきり聞こえるぐらい悲鳴じみた声が聞こえる。
誰もがやられた――そう思ったのだろう。
だが、俺は青白い光の中から脱出する。
「悪いが、俺には『雷』は効かん」
俺の『魔法』は『雷』である。
獲得してからは、雷の攻撃に耐性がついていた。
さらに言うと、いつも妻やオリヴィアから暑そうとよくいわれる黒のコートも、『雷』によって発生する熱すら遮断する。
ダイタリアサンの元となる魔物『海竜王』リヴァイアサンを初めて単独討伐できたのも、俺の体質と装備のおかげだった。
「相手が悪かったな、ダイタリアサン」
俺は『レーバテイン』を掲げる。
激しく燃えさかる炎と、鋭い音を轟かせる雷の力。
これで壊せぬものはない。
「くらえ!!」
俺はついに『レーバテイン』を叩きつけ、ダイタリアサンに肉薄する。
俺の『レーバテイン』はあっさりと魔物の皮膚を通り、バラバラにするかと思われた。
ギィン!
硬質な音が耳朶を打つ。
(刃が…………通らない…………??)
俺は眉宇を動かす。
その反応に戸惑っていると、横合いから何かが飛んできた。
ダイタリアサンの尻尾の部分である。
気づいた時には、俺は吹き飛ばされる。
『バァウ!』
リルが飛び出すと、地面に叩きつけられそうになった俺のクッションになってくれた。
それでも頭がクラクラする。骨などに異常が見られないのは、リルのおかげだが、まともに食らっていたら立つことすら難しかったかもしれない。
俺はリルの頭を撫でた。
「ありがとう、リル」
『バァウ!』
この状況下でも、リルは元気だ。
モフモフの毛を撫でながら、俺は立ち上がる。
しかし、空気は最悪だった。
「ゼレットの【炮剣】が……」
「弾き返された……」
「…………?」
ハンターからもどよめきが起こる。
それはそうだ。
『レーバテイン』による攻撃は俺の秘技中の秘技。
これによって幾多のSランク、さらにそれ以上の『王』と呼ばれる魔物を駆逐してきた。
それが弾き返されたのだ。
即ちそれは――――。
「ダイタリアサン……。魔物の『王』以上の力を持っているということか」
ガンゲルは今にも倒れそうな顔で告げる。
「ガンゲル! 他の者も何をぼさっとしている早く逃げろ!!」
俺が一喝すると、残っていたハンターたちは我先とばかりに逃げ始める。
だが、甘くはなかった。
ダイタリアサンが再び発光する。
青白い閃光を放つと、俺たちにではなく周囲の壁を削る。
すると、唯一の脱出口であった場所が瓦礫によってに閉ざされてしまった。
「チッ! 先に退路を断たれたか」
俺は舌打ちする。
「クソ! これでは逃げられないぞ」
「こうなったら、あたしたちも戦うしかない」
ヴィッキーは落ちていた大剣を拾い上げる。だが、勇ましいのはヴィッキーだけだ。他のハンターたちは完全に戦意を喪失していた。
「やめておけ。お前の膂力でもあっても、斬れない。跳ね返されるのがオチだ」
「やってみなくちゃわからないだろ」
「諦めろ」
「でもよ! このままあいつの餌になるしかないのかよ」
「諦めろ、ヴィッキー。私だって悔しい。だが、ゼレットの『レーバテイン』が通じなかったのだ。今ある戦力の中で、あれ以上の攻撃があるとは思えぬ」
ガンゲルは項垂れると、観念したかのように地面に胡座をかいた。
「もう好きなようにしろ、獣め。私はハンターだ。いつかこうなる覚悟はしていた」
ガンゲルの行動を見て、他のハンターたちもそれぞれ武器を捨てる。
みんな、同じ想いらしい。
確かにそうだ。
ハンターは魔物を狩るのが仕事だ。必然――死と隣合わせの状況になる。
何度も魔物とギリギリの戦いをする中で、その心境は達観していく。
自分たちはいつか魔物に食われ、最期を迎えるのだろう、と……。
ヘンデローネは魔物の保護を訴えたが、別に俺たちだって好きで虐殺してるわけではない。命を奪えば、それはいつか自分たちに返ってくる。
そうやって、一斬一発を魔物に込めてきた。
そして、今その時が来ただけ。ただそれだけなのだ。
「あたしは嫌だ! まだ戦う。最後の最後まであがいてやる!」
ヴィッキーの戦意は衰えない。
大剣を握り、目の前のダイタリアサンを睨んだ。
「勝手にしろ。ここで逆転できたら、お前は英雄だ」
「ゼレットも戦うだろ! あたしも付き合うよ――――って何をやってるんだよ!」
コートから紙を取り出した俺を見て、ヴィッキーは叫ぶ。
「わからんか? 遺書を書いてるのだ」
「遺書! はあ?? こんな時に?」
「こんな時だからだ。俺には妻も子どももいる。俺と違って、未来あるものに言葉を託すのは当然だろう。……まあ、この遺書が無事パメラやシエルに届けばの話だがな」
「遺書なんて何をふざけたことをしてるんだよ! それでもあたしのライバルであるゼレット・ヴィンターか。簡単に諦めるなよ!!」
「なるほど。遺書か。私もかみさんと子どもに送るか」
「ガンゲルまで!! んもぉお! 諦めるのが早いんだよ!!」
周囲がしゅんとなる中、ヴィッキーだけが地団駄を踏んでいた。
その光景が滑稽なのか。
ダイタリアサンは口を開き「シャシャ」と笑ったようにみえた。
ゆっくりと身体を動かし、徐々に俺たちの方へと迫ってくる。
ヴィッキーは宣言通り、大剣を構えたが、ダイタリアサンは気にも留めない。
『シャアアアアアアアアアアアア!!』
ついに俺たちに牙を剥いた。
ヴィッキーはダイタリアサンに向かって行く。
その前に、俺は動いていた。
再びコートから【炮剣】『レーバテイン』を引き抜く。
「今だな」
「え?」
惚けるヴィッキーの横を通り抜け、俺は二振りの剣を振るう。
今度は全力でな。
戦技――――【竜虎炮哮斬】!!
炎の赤と、雷の青が混じり合う。
先ほど跳ね返された刀身は、ダイタリアサンの皮膚をものともせず食い破り、ついに深々と突き刺した。
ぐるり、とダイタリアサンの目が回る。
先ほどまでピンピンしていた魔物は、一瞬左に寄った後、右へと倒れた。
轟音ともいうべき音の後、聞こえてきたのは無音。即ち静寂である。
「え? え……?」
「な、な、なななな……」
ヴィッキーもガンゲルも、そしてハンターたちも固まる。
総じて倒れたダイタリアサンを指差して、叫んだ。
「なにぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」