第14話 元S級ハンター、解体作業を見学する
活き締めができていることを確認すると、職人たちは手分けして解体の工程に入った。
解体と言っても、まず鱗を取り除かなければ話にならない。
竜種の鱗は総じて硬く、そのめんどくささは、先のスカイサーモンの比ではない。
三つ首ワイバーンは特に鱗が複雑だ。
頭から首下にかけて鱗は大きく、分厚い。急所というのもあって、硬く進化したのだろう。
一方、背中の鱗は細かく、薄いが剥がれにくい構造になっていた。
最後に腹だが、こちらには鱗はない。代わりに非常に弾力性と伸縮性に富んだ皮膚になっていて、刃物が非常に通りにくくなっており、打撃の吸収力も高い。
竜種は厄介な特徴のものばかりだ。
今思えば魔物食が流行らなかったのは、単純に食べにくかったからだろう。
職人たちが今主にやっている作業は、首側の鱗だ。鱗と鱗の間に専用の包丁を入れ、少しずつ身から鱗を剥がしていく。
「手慣れているな。竜種の解体には慣れているのか?」
横に立ったギルドマスターに質問する。
パメラとプリム、そしてリルの2人と1匹は、より近くで職人の手さばきを見ていた。
パメラは勉強のようだ。頷きながら、熱心にメモを取っている。
一方プリムとリルは、涎を垂らしながら解体作業を見守っていた。
「そうねぇ。うちのギルドって、他の街とは違って、結構優秀な食材提供者がいてね~。竜種は今月だけでもう3体は捌いているわねぇ。ここにいるのは、うちの専属の解体屋だけど、フル稼働してるわよぉ」
「そんなに魔物の需要があるのか?」
「特に竜種は人気よぉ……。ドラゴン肉って手間はかかるけど、その分のリターンはとても大きいの。ドラゴン肉って食べると強くなるって迷信もあるから、騎士団から依頼もあるわねぇ」
ふむ……。未だ信じられない。
俺は長い間、魔物を相手にしてきたが、こいつらを食材として見たことは、これまで1度もなかった。
たとえ、数ヶ月獲物を待つために山に籠もり、食糧が尽き欠けても、その発想には至らなかった。
それは魔物がまずいというイメージが昔からあったからである。
「三つ首ワイバーンはね。なんと言っても首の肉が絶品なのよ~」
「ほう……。どんな味なんだ?」
「それは食べてみてからのお楽しみねぇ。ゼレットくぅんの驚く顔が、今から楽しみだわぁ~」
ギルドマスターはイヤらしい笑みを浮かべる。
その1時間後――。
ようやく3つの首の鱗が取れた。
時間はかかったが、これでもかなり早い方だ。
そこに薄く包丁で切れ目を入れて、手で外皮を剥く。
現れたのは、鮮やかな桃色の身である。
「「「おお!!」」」
解体を見物していた民衆から声が上がる。
メモを取っていたパメラも手を止め、プリムとリルは姉弟のように同じ顔をして尻尾を振っていた。
「こりゃすげぇな……」
解体屋の1人が参ったと白髪を掻いた。
「ここまで淡い桃色の身は初めてだ」
ん? どういうことだ? 初めてって……。
この職人たちは何度も魔物の肉を捌いてきたんじゃないのか?
「何がすごいんだ? 普通の魔物の肉の色だろう?」
しん…………。
沈黙が下りた。
おい。今日度々同じ事が起こっているが、常識のない人間を見るような目でこっち向かないでほしいんだが。
「ぜ、ゼレットくぅん、魔物の肉の色って、どっちかていうと青に近いわよ」
「活き締めが早ければ、赤に近い色だが、こんな桃色は初めて見たよ。これが多分、魔物本来の血の色なんだろ」
職人も「参った」と頭をペンペンと叩いた。
つまりどういうことだ? 1人だけ置いてけぼりの俺に対して、職人がレクチャーを始めた。
「さっき説明したろ? 魔物は興奮すると、おいしくない物質を出すって。魔物も平常時には、血の色は赤いと言われるけど、興奮すると血液とその物質が混ざり合って、青くなってしまうんだよ」
は? 魔物の血が青い? バカな?
「ちょっとゼレット。魔物の血が青いなんて、常識よ」
パメラが忠告する。
嘘だろ!
俺、今まで何体も魔物を狩ってきたが、青い血を流してる魔物なんて……いや、いたか。
他の未熟なハンターが魔物と戦っている時、魔物の血が青かったような気がする。
「あれって……。ハンターが毒を使用したとかじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ! 普通が青なの」
「ふふふ……。魔物学者以上の知識を持っているかと思えば、根本的なところで抜けていたりして。面白いハンターね、ゼレットくぅんは」
昔から師匠に付いて、ハンティングしていたからな。
師匠も凄腕のハンターだったし。たいてい急所に1発で仕留めていた。というか、外して2発目を撃つぐらいなら、一旦仕切り直せと教え込まれていた。
子どもの頃から急所打ちを教えてもらって、身体に染み付いているから、魔物の血が青いだなんて、今の今まで知らなかったし、たまに見ても、他のハンターが使った毒が原因だと本気で思っていた。
「ゼレット、今日のスカイサーモンの身って、ちょっと紫がかったでしょ?」
「あ……。そう言えば――――」
なるほど。確かにあの時すでにスカイサーモンは、興奮状態にあったからな。
それで身が薄紫だったのか。てっきり、スカイサーモンの身は薄紫だと思っていたのだが……。
「師匠、そんなことも知らなかったのー」
プリムはケラケラと笑う。
「プリム、お前知ってたのか?」
「うん。師匠と出会う前に、よく魔物と戦ったりしてたからね」
ガーン……。
ショックだ。まさかプリムにまでバカにされるとは。
ゼレット・ヴィンター、一生の不覚だ。
「まあまあ……。それよりもやっと食べられそうよ」
職人は首の上側の部分に当たる場所に、包丁を入れる。
硬いかといえば、そうでもなさそうだ。静かな湖水に刃を入れるように、すっと包丁は身の中に沈んでいった。
何度か包丁を入れると、パカリと開く。
そこにも現れたのは、桃色の身と胸骨を思わせるような無数の骨だった。
職人はまず長い食道を取り除いていく。そして身と骨の間に専用の包丁を入れると、数人がかりで一気に包丁を滑らせた。
見事に骨だけが取れると、その様を見て、拍手が鳴る。
残った骨と腹骨を取り除き、3つに分けると、1つ目の首肉の解体が終わった。
「三つ首ワイバーンの首肉は、大きく3つに分かれるの。頭の方から首頭、首中、首下って具合にね~。ちなみに首下が一番おいしいんだけど、それは依頼主に権利があって、あたしたちは食べられないのぅ。残念ね~。でも、首中でも十分おいしいから、楽しみにしててね~」
「楽しみにしていてって……。どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ……。焼くのよ」
「焼く?」
「こんなに新鮮なお肉なんですものぉ~」
ステーキにしないともったいないでしょ?
次回実食!
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