第146話 元S級ハンター、魔族を語る
以前、ドラゴンキメラと呼ばれるものが合成獣の最高峰だと言った。
だが、それは自然の中で生まれたものであって、人工的に生み出された合成獣は違う。
人工合成獣の研究は、かなり前から行われてきた。
人類の中ではタブーとされているが、ずっとそれを研究しているヤツらがいる。
魔族だ。
昔、勇者によって魔王と連なる者が討たれた。だが少数となっても、魔族は人間社会の闇の部分で暗躍し、ついには仇であった勇者を討つに至った。
奴が勇者を倒すために目を付けたのが、魔獣である。
ヤツらは徹底的に魔獣を研究し、操り、強化し、賢くさせてきた。
勿論、人工合成獣もまた魔族の研究対象である。
そして、あいつらが1つの目標として掲げているのが、Sランクの魔物同士の合成化だ。
いや、その先……。
王といわれる魔物との合成化であろう。
『王禽』スカイ・ボーン。
『地戦王』エンシェントボア。
『角王』キングコーン
『女帝』プリシラ
魔物の王たちは、人間よりも遥かに基礎能力が高い魔族たちですら手を焼く相手である。
それらを合成し、強い生物兵器を作るのが、魔族の目的であると、俺は睨んでいる。
今、目の前にいる闇を纏った巨大な竜。
伝説の黒竜から名前をとって、ダイタリアサンとでも呼ぼうか。
Sランクの魔物ダークマンダー。
そのSランクの魔物を凌駕する王の一角――『海竜王』リヴァイアサン。
その合成獣となれば、現状のキメラにおいて最強といっても過言ではないだろう。
「逃げよう……」
最初に呟いたのは、ガンゲルだった。
他のA級ハンターがリヴァイアサンと聞いて、震え上がっているのに、ハンターギルドのギルドマスターはかろうじて考えていることを口にした。
「そうだな……」
俺はガンゲルの意見に賛同する。
「珍しく意見があったな、ゼレット」
「ああ。ただし帰る方向がわかればの話だがな」
「なに?」
ガンゲルは周りを見る。
どうやらほとんどのハンターが気づかなかったが、いつの間にか周囲は闇で覆われていた。地面の感覚はあるが、すでに方向感覚が狂いつつある。
星の消えた空にでも放り込まれたようだ。
「ダークマンダーの闇の巣だな」
ダークマンダーは蚕のように闇を纏った細い糸のようなものを吐き出す。
これを静かに吐き出すことによって、己の領域を作り、入ってきた獲物を捕食するのだ。
領域に入ったが最後――今のように方向感覚はなくなり、いつの間にかダークマンダーのお腹の中ということもあると聞く。
まさに魔物界の暗殺者である。
ちなみに最初、ここに入った時に嗅いだ匂いはダークマンダーが糸と一緒に吐き出す体臭だろう。
これも獲物を油断させるための野生の知恵である。
自然の中で培った暗殺技術に加えて、リヴァイアサンの能力……。
厄介なことこの上ない。
「へっ! そんなにビビることねぇよ、ガンゲルのおっさんよ」
「ヴィッキー……。随分と頼もしいな。お前の大言壮語はあまり信用できないが、今はその言葉が心地いい」
ガンゲルが冷や汗を流しながら喋ると、後ろのA級ハンターたちも「うんうん」と頷いた。
ヴィッキーの威勢は留まるところを知らない。大剣を構え、ダイタリアサンを指差した。
「リヴァイアサンは海竜王っていわれているんだろ。海の中なら最強でも、ここは地下だぞ。怖いことなどあるか」
「おお……」
A級ハンターたちはどよめく。
一理はあるな。
「はっ! 海の中なら怖いけど、水もない場所であたしたちが負けるはずがない!」
ヴィッキーは断言する。
こうして喋っている間にも、闇が濃くなっていく。
「どんどん闇が濃くなってくるぞ!」
「まるで海の底だな」
「え?」
ヴィッキーは息を飲む。
いつの間にか濃くなった闇によって、ダイタリアサンが消えていたのだ。
ただ何かが蠢く不気味な音がするだけだった。
「あれ?」
最初に気づいたのは、プリムだった。
「師匠! おかしいよ」
「何がだ?」
「う~ん。1、2、4、5、7、8、10」
突然、人の数を数え始める。
「なんで3の倍数だけを綺麗に外すんだお前は」
「待て! ゼレット! 先ほどよりも人が少なくなってるぞ」
「何?」
確かにその通りだ。
先ほどガンゲルが呑み込まれそうになっていたが、おそらく知らぬうちに闇に呑み込まれているんだろ。
「全員! 固まれ! 死角をなくすのだ」
ガンゲルが指示を飛ばす。
的確ではあるが、固まっていればそのまま丸のみされかねない。
「プリム!! ダイタリアサンを見つけろ」
「あい~!」
弟子は早速闇の中を覗く。
「いたよ! 師匠! 右上!!」
「そこか!!」
「あ! ちょっと待って! 師匠!!」
「なんだ?」
「人がいる?」
「人?」
「まさか! いなくなったハンターか!!」
ガンゲルが喚く。
そうか。
この闇は闇にあらず。
細い黒糸が、闇のように見えているだけだ。
ダイタリアサンはその中を動いているだけに過ぎない。
「ハンターが糸にからまっているのか?」
ガンゲルが舌で巻き取られたのを見たからてっきり巻き取られたのかと思ったが、そうではない。
おそらく黒い糸を吐き出しながら、ハンターたちを糸で絡め取っていたのだろう。
最初の舌での攻撃が、この伏線だとしたら、かなり賢い。
しかもプリム曰く、そのハンターたちを盾にしながら動いているらしい。
かなり根性がひねくれていると言わざるを得ない。
だが、野生の動物もそうだが、生きるためには卑怯なこともやる。
それは人間もそう変わらない。
「どうするんだよ、ゼレット! このままでは攻撃もできないぞ」
「ああ。だから、まずはあの闇をどうにかしないとな」
俺は【砲剣】を構えた。
ドォン、と砲撃を放つ。
弾はハンターがいない箇所に着弾した瞬間、灰色の煙を吐き出した。
俺は連射する。
煙は天井方向、つまり闇の巣がある方向へと広がっていく。
すると、あちこちから咳が聞こえた。
「おお! ハンターたちの声が聞こえるぞ」
「気配もする。あ、あれ……!!」
ヴィッキーは気づいた。
徐々に煙が晴れてくると、灰を纏ったような巨龍の姿が露わになる。
「スキル封じの煙を使ったな、ゼレット」
「ああ……」
そもそもダークマンダーが吐き出す糸には、気配や音を消すといった効果がある。それがダークマンダーの【スキル】の1つなのだろう。
なんの気配もなく、ハンターたちが連れ去られたのも、そのスキルのおかげだ。
それがスキルというなら、そのスキルをまず封じればいい。
「ガンゲル……」
「わかっておる。我々はさらわれたハンターを救出する」
そう言って、後ろの方を見る。
スキル封じの煙のおかげで退路もはっきり見えていた。
「俺とプリム、リル、そして――――」
「あたしだな、ゼレット」
「ああ。俺たちはあいつを引きつけるぞ。今なら体勢を立て直すことも可能だ」
「よっしゃ! ぶっ倒してやる」
ヴィッキーは意気込む。
俺もまた【砲剣】を構えるのだった。